20XX年 9月6日 精神病院に移送完了
地下駐車場に、彼女を乗せた車が入っていった。
女子高生は、後ろ手に手錠を掛けられ、アイマスクを外されることもないまま、左右の男たちに腕を取られるがまま、車から降ろされた。
と、大人の女性たちの声が聞こえる。
「移送、完了致しました」
「了解。対象者を受理しました」
女子高生を連れてきた男たちと、事務的なやり取りの後。
男たちの固い腕が放され、代わりに女性たちの柔らかい手が、女子高生の腕を掴んだ。
「さあ、行きましょう。アイマスクは、部屋についたら外してあげますからね」
そっと引かれて、女子高生は連行されて行くしかなかった。
何も見えない。
ここがどこかも分からない。
これからどうなるかも分からない。
後ろ手に手錠を掛けられていて、アイマスクを自分で外す事も出来ない。
左右を挟むのは女性たちに変わったからといっても、そのまま逃げられる訳もない。
女子高生は、ただ、従うしか、なかった。
~ ・ ~
部屋に入れられたあと、アイマスクを外して貰えた女子高生。
十畳ほどの部屋の中に、ベッド、洗面台、テーブルとイスなど、生活に必要なものは一通りそろっていた。
外部との通信用に、電話とナースコールも備えられている。
病院の個室。
女子高生は、自分が病人として扱われるのだという事に気が付いた。
彼女を連れてきた女性たちは、スーツを着ていることから、看護師というわけでなさそうだ。恐らく、この病院に常駐している警察関係の職員なのだろう。
「上着は脱いでもらうわね。でも、そこのハンガーに掛けておくから」
警察の留置所の時と、同じだ。身体検査の後、きっと下着姿のままで、また手錠を掛けられちゃうんだ。
抵抗しても、無駄だと知っているので、女子高生は素直に身を任せた。
彼女たちは手際よく、女子高生のブレザーとワイシャツを脱がせていく。
キャミソール姿にさせられて、再び手錠を後ろ手に掛けられた後で。
「この赤い蝶ネクタイは、必要なのよね?」
女性職員はそういって、再び首元に付けてくれる。
なにも、言わなくても、そうしてくれた。
警察の留置所で受けた、あの冷たい扱いではない。
いや、あの時お世話してくれた女性職員は、規則だからと冷たかったけど、その中であっても、優しく接してくれたんだ、と思う。
私は、人間として扱われている。
自分ではどうにもできない状況への恐怖に震え、ありえない理不尽に対して精一杯抗ってきた女子高生にとって、その優しさは、身に染みた。
~ ・ ~
警察署員らしい女性職員が、部屋を出て行った。
しばらくすると、白衣を着た女性職員が入って来る。恐らく、看護師なのだろう。
「ここは病院で、あなたは患者だわ。拘束するのはしかたがないけど、手錠はあまりにもひどい扱いよね?」
そんな事を言いだし始めた。
どんなに抵抗しても、どんなに暴れても、いや、だからこそ、拘束されてしまうんだ。
嫌というほど思い知らされた女子高生は、ただ頷くこと位しか出来なかった。
「患者さん用の拘束具に交換するから、そこに座ってください」
丸椅子の上に座る彼女の後ろに、看護師が回り込んで。
そのまま手錠を、外してくれた。
「え?」
半ば諦めていた女子高生が、驚く。
「痛かったでしょう? よく頑張ったわね」
看護師は優しく声を掛けてくれた。
「手で、お互いの、手首を掴んでいてくれる? そう、そのままでいてね」
背中側にパットがついている帯状のベルトで、看護師は女子高生の二の腕を固定し、そのまま手首にもベルトを掛けた。
「痛い所とか、ない?」
女子高生は手や腕を動かしてみた。
相変わらず不自由ではあったが、擦れたりするということはなさそうだ。
看護師が頷くと、室内の内線電話で通話を始めた。
~ ・ ~
もう一人の看護師が、トレイに乗せた食事を運んできた。
温かい湯気が、いい匂いを運んでくる。
彼女に拘束具を施した看護師が、椅子に座るように促して、彼女は真向かいに座る。
「ゆっくりでいいからね。ここは病院で、あなたは患者なんだから」
優しく声を掛けて、スプーンで白米を掬い、女子高生の口元に運ぶ。
美味しい。何て、美味しいんだろう。
今朝は、刑務所で朝の点呼が終わったあと、そのまま着替えさせられて、車に乗せられて、だったので、まだ食事をとっていない。
食事を出されたとしても、また、惨めな思いをしながら、口を直接つけて食べなければならないのだと思っていた。
こうして、優しく食べさせて貰えるだなんて。
味噌汁も、加減しながら椀を持ってもらえる。
おかずも、どれも本当に美味しい。
女子高生は、夢中で食事を続けた。
~ ・ ~
「しばらく、洗髪していないのよね?」
看護師が、洗面台の前に座るように促した。
洗髪なんて、それどころではなかった、この数日間だった。
そんなこと、望むべくもなかった。
人として、扱ってなんて貰えなかった。
頭を濡らしてもらい、シャンプーで泡立って行く、女子高生の茶色の髪。
人に、こうして頭を、髪の毛を触って貰える。
丁寧に、清潔にして貰える。
あまりの気持ち良さに、女子高生の口から歓喜のため息が漏れた。
別の職員が、濡れた髪の毛をタオルで拭きとって、さらに顔も拭いてくれる。
こんな風に扱われるだなんて、女子高生は思っても見なかった。
これまでの、散々な目に遭った出来事ごと、キレイにぬぐい取ってくれているかのようだった。
恍惚の表情を浮かべて、女子高生は目を閉じた。
~ ・ ~
すっかり一息ついて、落ち着いた女子高生の元に、看護師を連れた医師がやって来た。
また、私の名前とか住所とか、生年月日とか、聞かれてしまうんだろうか?
そんなの、関係ないのに。
私は、何も知らないし、何もやっていないのに。
不安に思った女子高生だが、医師はアレルギーとか、病歴などを聞いて来た。
本当に、患者に接するかのように、扱われた。
ちょっと分からない、と答えると。
現在の体調とか、不安に思っていることなどを聞かれた。
この拘束を外して欲しいというと、医師は苦笑して、出来るだけ早く、そうなるようにしたいと思っている、と答えてくれた。
私は医師だから、いつでも患者のためになるように考えている。
患者が上手く気持ちを伝えられない事であっても、総合的に診断するから、出来るだけ協力して欲しい。でも、あなたの身体はあなたのものなのだから、無理強いはしない。
そう、言ってくれた。
私の身体は、私のもの。
女子高生は、そう、小声で繰り返した。
私、そう、自分に言い聞かせていたことが、あるような気がする。
「先生、私、記憶喪失なんでしょうか?」
思い切って尋ねてみた。この先生なら、私の話をきちんと聞いてくれるかもしれない。
「そうかもしれませんね。まだ今の時点では分からないので、これから診断を進めていきましょう」
安心するように、医師は頷いた。
~ ・ ~
医師が去って、しばらくすると。
女子高生のお世話をした、そして医師に付き添っていた看護師が、薬と水が入ったトレーを運んできた。
見慣れない、薬。
看護師は、優しく、でも事務的な手つきで、彼女の前に薬を並べていく。
女子高生は、嫌な予感が胸をよぎった。
何だろう、こんなに優しく扱われているのに。
とても、嫌な予感がする。
私の身体は、私のもの。
嫌なものは、嫌だと言ってもいいんだ。
女子高生は、そう、口にしてみた。
「私、飲みたくありません」
看護師は、困った表情をして彼女を見つめる。
「どうして、飲みたくないの?」
理由を聞かれて、女子高生は困った。
嫌な予感がするのだ。飲みたくないものは、飲みたくない。
「なんとなく、です」
「この薬は、あなたのためなのよ? 医師の診断によって処方されているのだから、きちんと飲まないと、病状が良くならないでしょう?」
病状。
私は、病気なんかじゃない。
ただ、何も知らないし、何もやっていないだけだ。
なのに、どうして病人扱いされるんだろう。
どうして、自由にしてくれないんだろう。
「でも……」
そう、口には、出来ない。
優しく、親切にして貰ったのに、そんな風には、言えない。
ここでまた反抗したら、あの留置所や刑務所に戻されてしまうのかもしれない。
それは嫌だ。もうあんな所には行きたくない。
「どうしても、飲みたくないの?」
看護師が促すと。
「……分かりました。飲みます」
女子高生は、頷くしかなかった。
~ ・ ~
看護師が笑顔で、薬を飲ませてくれる。
その笑顔をみると、胸の不安が少しだけ和らいだ。
丁寧で安心できる手つきに、女子高生は素直な気持ちになる。
そう、処方された薬を飲む、ただそれだけなのに。
どうして私、反抗してしまうんだろう?
なんでもない、事なのに。
~ ・ ~
なんか、頭がぼぉっとする。
どうしたんだろう。
あの薬のせいかもしれない。
やっぱり、何か入っていたんだ。
飲みたくないって言ったのに。
嫌だって言ったのに。
どうして、私を自由にしてくれないの。
どうして、私を閉じこめようとするの。
どうして、私を……
その様子を、看護師は冷静な視線で、観察していった。




