『死の森』の洗礼、そして起死回生のレベルアップ
「ニア、お前、今から俺の『パーティ』に入れ」 「ぱ、ぱーてぃ……? 宴会、ですか?」
空中に浮かぶシステムウィンドウを操作し、俺はニアに【パーティ招待】を送った。
この世界の住人である彼女にはウィンドウは見えないようだが、脳内に直接システム音声が響いたのか、ニアはビクッと肩を震わせた。
『レオンよりパーティ招待が届きました。受諾しますか?』
「な、なんか頭の中に声が……!」
「いいから『はい』と念じろ」
「は、はいっ!」
『ピロリン♪』
【ニアがパーティに加入しました。これより獲得経験値が分配されます】
よし、これで第一段階はクリアだ。
あとは俺が魔物を狩りまくれば、安全圏にいるニアにも経験値が入り、彼女のレベルも爆上がりしていく算段だ。
「よし、ニア。お前は俺の後ろから絶対に離れるな。これからこの森の魔物を片っ端から――」
――狩り尽くす。
そう言いかけた瞬間だった。
ゾワァッ……!!
全身の産毛が逆立ち、背筋に強烈な悪寒が走った。
超人的な感覚を手に入れた俺のステータスが、周囲の大気の『異常』を警鐘として鳴らしているのだ。
「坊ちゃん……? なんだか、森が……暗く……」
ニアが怯えた声で俺の背中にしがみつく。
朝日が差し込んでいたはずの森が、まるで黒いインクを零したように急激に暗闇に飲まれていく。
いや、違う。森が暗くなったんじゃない。
木々の隙間から、黒い『モヤ』のようなものを纏った魔物の群れが、無数に湧き出してきたのだ。
「シャドウウルフ……それに、オーガの変異種までいるのかよ……ッ!」
俺は血の気が引くのを感じた。
Bランク指定の凶悪な魔物たち。それが10や20ではない。ざっと見渡しただけでも100体以上。
さらに群れの奥には、周囲の魔物すら喰い殺しながら進む、体長5メートルに及ぶ漆黒の巨狼――Aランク指定の災害級魔物『デス・フェンリル』が、赤い双眸をギラつかせてこちらを見下ろしていた。
「グルルォォォォォォォッ!!」
デス・フェンリルが咆哮を上げる。
それを合図に、100体を超える黒い津波が、一斉に俺たちに向かって殺到してきた。
「……ッ、これが、『死の森』と呼ばれる所以かよ!」
俺は舌打ちをし、拾った宝剣を構えた。
俺一人なら、このステータスで逃げ切れたかもしれない。
だが、背後には【敏捷5】のひ弱なメイドがいる。俺が躱せば、彼女は一瞬で肉片になる。
「ニア、伏せろォッ!!」
俺はニアをかばうように前に立ち、殺到するシャドウウルフの群れに宝剣を振り下ろした。
――ガァンッ! ギィンッ! ザシュゥッ!!
「ぐ、おォォォッ!」
狂ったように剣を振るう。
一匹、また一匹とウルフの首を刎ね飛ばすが、群れの数が多すぎる。
俺の視界の端で、HPゲージが恐ろしい勢いで削れていくのが見えた。
【HP】 85/120 【HP】 50/120
「ぼ、坊ちゃんッ! 坊ちゃんッ! 【治癒】ッ!!」
背後からニアが泣き叫びながら回復魔法をかけてくれるが、熟練度Eの微弱な魔法では、削られるHPに全く追いつかない。
オーガの丸太のような腕が俺の脇腹を薙ぎ払い、肋骨が数本折れる嫌な音が響く。
ウルフの牙が俺の肩口を食い破り、鮮血が宙を舞った。
【HP】 12/120
「……がッ、はぁっ、はぁっ……」
全身が血に染まり、膝がガクガクと笑う。 右目はウルフの爪で切り裂かれて血で塞がり、宝剣を握る手は感覚がない。
【HP】 2/120
「あ……ああ、坊ちゃん……! 逃げて、私を置いて逃げて……ッ!」
絶望に染まったニアの叫び声。
デス・フェンリルがゆっくりと顎を開き、俺の頭を噛み砕こうと迫る。
終わる。
ここで、俺の二度目の人生は終わる。
普通なら、誰もがそう絶望する場面だ。
だが、俺の口角は、限界まで引き攣りながらも『笑って』いた。
「……馬鹿野郎。逃げるわけ、ねぇだろ」
これだけの数の高レベルモンスター。
そして、俺が命と引き換えに道連れにした、十数体のBランク魔物。
その『経験値の清算』が、今、神ゲーのシステムによって弾き出された。
『ピロリン♪』『ピロリン♪』『ピロリン♪』『ピロリン♪』『ピロリン♪』
脳内が弾け飛ぶような、連続するファンファーレ。
【経験値を獲得しました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが上がりました】
【レベルが 15 → 38 に上がりました】
【ステータスポイントを 115 獲得しました】
――よし、来たッ!!
レベルアップによる恩恵。それはステータスの上昇だけではない。
神ゲーにおいて、レベルアップした瞬間に起こる『絶対の仕様』。
【レベルアップに伴い、HPおよび魔素量が全回復します】 【状態異常『出血』『骨折』『毒』を解除します】
「……ガァ?」
迫っていたデス・フェンリルが、怪訝そうに動きを止めた。
背後で泣いていたニアも、信じられないものを見るように目を丸くしている。
ボロボロだった俺の身体が、一瞬にして淡い光に包まれる。
砕けた肋骨が繋がり、えぐられた肉が再生し、塞がっていた右目がカッと見開かれた。
HP、全快(120/120)。
「ステータスポイント115。全部、【筋力】と【敏捷】にぶち込む」
コンマ一秒の思考操作。
俺のステータスは、人間の限界を遥かに超えた領域へと変貌した。
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【筋力(STR)】 25 → 80 【敏捷(AGI)】 30 → 90
バキバキバキッ!! と、俺の筋肉と骨格が再構築される凄まじい音が響く。
全身から噴き出す莫大な魔力と圧倒的なプレッシャーに、100体の魔物の群れが本能的な恐怖を感じ、一歩後ずさった。
「さあ……お前ら。ダメージ計算の時間は終わりだ」
俺は、無傷の状態でスッと立ち上がった。
剣を軽く一振りすると、それだけで突風が巻き起こり、周囲の木々が半ばからへし折れる。
「こっからは、俺の無双だ」
ダンッ!!
俺が地を蹴った瞬間、足元の地面がクレーターのように陥没した。
【敏捷90】の速度は、すでに音速を超えている。
デス・フェンリルが反応するより早く、俺はその眼前にワープするように出現していた。
「まずは一匹」
宝剣を一閃。
災害級魔物と呼ばれた巨狼の首が、なんの抵抗もなく宙を舞い、巨大な血の噴水が立ち上った。
「アッ……!?」 「ギャウンッ!?」
残されたシャドウウルフとオーガたちが、パニックを起こして逃げ出そうとする。
「逃がすかよ。お前らは全員、俺とニアの経験値だ」
そこからは、一方的な蹂躙だった。
俺の姿は誰の目にも見えない。森の中に幾重もの蒼い閃光が走り抜けるたびに、5体、10体と魔物が細切れになって吹き飛んでいく。
悲鳴を上げる暇すら与えない。
たった数十秒。たったそれだけの時間で、100体を超えていた『死の森の絶望』は、ただの静かな肉塊の山へと変わっていた。
「……ふぅ。ちょっとやりすぎたか。宝剣がボロボロだ」
刃の欠けた宝剣を肩に担ぎ、俺は振り返った。
そこには、口をポカンと開け、へたり込んだまま硬直しているニアの姿があった。
「あー……大丈夫か、ニア。腰抜かしたか?」
「ぼ、坊ちゃん……? 今、いったい何が……」
信じられない、という顔をするのも無理はない。
死にかけの人間が一瞬で完全回復し、音速を超えて災害級の魔物を全滅させたのだから。
だが、驚くのはまだ早い。
『ピロリン♪』『ピロリン♪』『ピロリン♪』
【経験値を獲得しました】 【パーティメンバー『ニア』のレベルが上がりました】
俺が大量の魔物を虐殺したことで、パーティを組んでいたニアにも、莫大な経験値が流れ込み始めていた。
「ニア。お前のステータス画面も、今頃とんでもないことになってるはずだぞ?」
「へっ?ステー……タス………?」
俺は悪戯っぽく笑いながら、落ちこぼれメイドの魔改造計画の第一歩を見届けた。




