カスタマイズ機能とメイドの乱入
「ひ、ひぃぃッ! 覚えてろよこの化け物ォォッ!!」
気絶した次兄ライルを引きずりながら、護衛の騎士たちが蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げていく。
あとに残ったのは、静寂を取り戻した森と、彼らが落としていった高品質な剣だけだった。
「……ま、とりあえず当面の武器はこれでいいか」
俺は刃こぼれした錆びたナイフを捨て、ライルが落とした宝剣を拾い上げた。
軽く振ってみるが、今の俺の上がった筋力では、少し軽すぎるくらいだ。
大きく息を吐き出し、アドレナリンが引いていくのを感じながら、俺は再び自分のステータスウィンドウを空中に呼び出した。
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[NAME] レオン [Lv] 15 [HP] 120/120 [MP] 240/240 [STR] 25 [VIT] 15 [AGI] 30 [INT] 4 [LUK] 1
「…………」
先ほどのライルとの一瞬の攻防を思い返し、俺は腕を組んでウィンドウを睨みつけた。
(……このアルファベット表記、少しだけ『ラグ』があるな)
前世でコントローラーを握ってゲームをしていた頃は、これで全く問題なかった。
だが、今は違う。ここは一度死んだら終わりの、血肉飛び散る現実だ。
戦闘中、相手の動きを見て「敏捷(AGI)で躱すか」「体力(VIT)で受けるか」と判断するコンマ一秒の間に、脳内でアルファベットを意味に変換する作業が生じる。
画面をじっくり眺めていられるゲームとは違い、命懸けの白兵戦において、その直感に反するわずかなタイムラグは、いずれ致命傷になりかねない。
「もっと直感的に、俺に馴染みのある『日本語』にならないか……?」
俺はダメ元で、ウィンドウの文字を強く念じてみた。
UIのカスタマイズなんて、よほどの神ゲーでなければ実装されていない機能だが、この【数値化】のシステムならあるいは――。
『ピロリン♪』 【表示言語のローカライズ設定を適用します】
軽快な電子音と共に、ウィンドウの文字がグニャリと歪み、見慣れた日本語へと再構築された。
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【名前】 レオン 【レベル】 15 【HP】 120/120 【魔素量】 240/240 【筋力】 25 【体力】 15 【敏捷】 30 【知力】 4 【運】 1
「おおっ……! マジかよ!」
思わず声が出た。
これなら一目で自分のステータス状況を把握できる。
UIの細かなカスタマイズまでプレイヤーの思考を汲み取ってくれるなんて、完全に俺仕様に作られた神ゲーシステムじゃないか。
「最高だ。これで戦闘中の思考ラグも消える。次は【知力】あたりにもポイントを振って――」
これからの育成方針を考え始めた、その時だった。
――ガサガサッ。
背後の茂みが、不自然に揺れた。
風ではない。何かが、こちらに向かって歩いてくる足音だ。
魔物か? それとも、先ほどの騎士たちが増援を連れて戻ってきたのか?
俺は拾ったばかりの宝剣を構え、【敏捷】に任せて一気に距離を詰めようと腰を落とした。
だが、茂みを掻き分けて現れた『それ』を見て、俺は危うくズッコケそうになった。
「うぅ……こわい、です……でも、レオン坊ちゃんを……探さなきゃ……」
現れたのは、ボロボロに破れたメイド服を着た、小柄な少女だった。
泥だらけの顔に涙を浮かべながら、手には護身用のフライパンを震える両手で握りしめている。
「……は? ニア……か?」
「ひゃあッ!? ま、魔物――っ! べ、ベーコンにしてやるですッ!」
「待て待て待て! 刺さる、フライパンの柄が刺さるから!」
目を瞑ってフライパンを振り回す少女の額を、俺は指一本でコツンと押さえて止めた。
「落ち着け、ニア。俺だ、レオンだ」
「あ……え? レ、レオン……坊ちゃん……?」
恐る恐る目を開けた少女――俺の専属メイドであったニアは、目の前に立つ俺の顔を確認するなり、フライパンを放り出してポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「ぼ、坊ちゃぁぁぁんッ!! よかった……生きてらっしゃったんですね……ッ!」
ドンッ、とすさまじい勢いで胸に飛び込んでくるニア。 俺は剣を持ったまま、戸惑って宙で手を泳がせた。
ニア。
名家で「無能」として虐げられていた俺に、唯一優しく接してくれた平民出身のメイドだ。
Bランクスキル【治癒】を持っているが、回復魔法は怪我人が出た時にしか使えないため熟練度が上がりにくく、家の中では「役立たず」と評価されていた。
「なんでお前がここにいるんだよ。ここは『死の森』だぞ。一歩間違えれば、お前みたいなひ弱なメイドなんて一瞬で魔物の餌だぞ」
「だって! 坊ちゃんが追放されたって聞いて、居ても立っても居られなくて……! 気づいたらお屋敷を飛び出してました!」
ぐすっ、と鼻を啜りながら、ニアは俺の服の裾をギュッと握りしめる。
「私、知ってます……! 坊ちゃんは無能なんかじゃありません。誰よりも本を読んで勉強して、私みたいな平民にも優しくしてくれて……っ。私、坊ちゃんに一生お仕えするって決めてるんです!」
……バカな奴だ。
才能至上主義のこの世界において、何の力も持たない俺についてきたところで、待っているのは悲惨な死だけだというのに。
だが、そんな損得勘定を抜きにして、危険な森まで俺を追ってきてくれた彼女の「心意気」は、俺の冷え切っていた胸の奥をほんの少しだけ温かくした。
「……しょうがねえな。まあ、怪我はしてないみたいで良かった」
「へへっ……あ、あれ? でも、坊ちゃん……なんだか雰囲気が変わりました?」
涙を拭ったニアが、不思議そうに俺の顔を見上げる。 当然だ。今の俺は、【筋力】も【体力】も上がり、一晩で体つきすら少し逞しくなっているのだから。
(そういえば、ニアのステータスはどうなってるんだ?)
俺はふと疑問に思い、ニアの頭上に【数値化】のシステムを向けてみた。
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【名前】 ニア 【レベル】 - 【HP】 15/15 【魔素量】 50/50 【筋力】 3 【体力】 4 【敏捷】 5 【知力】 8 【運】 10 【スキル】 治癒(Bランク/熟練度E)
……ひ弱すぎる。
よくこれで、死の森を無傷で歩いて来られたな。【運】の数値が10もあるおかげか?
だが、それよりも俺の目を釘付けにしたのは、彼女のステータスウィンドウの右上に、小さく表示されていた『あるアイコン』だった。
『対象を【パーティ】に招待することが可能です』
「……なんだと?」
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
【パーティ】。それはハクスラRPGにおいて、仲間と協力して戦うための基本システム。
そして何より――【経験値を仲間と共有する】ための、最強の育成システムだ。
「なぁ、ニア」
「はいっ? なんですか、坊ちゃん」
「お前……レベル上げて、聖女になってみないか?」
俺の口角が、再び三日月のように歪む。
この神ゲーの『経験値分配システム』が使えるなら、才能に見放されたこの落ちこぼれメイドを、世界最強のヒーラーに魔改造することだって可能なのだから。




