↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
109/142

青の虚構は、されど空虚な空想を語る。

 メラルテンバルに飛び乗って南へ向かう。空の月は相変わらず赤く、何処かから何かの咆哮が聞こえる。森が騒がしくなっているのを感じるし、星座の消えた空っぽの空に浮かぶ月は凄まじい憎悪を感じさせていた。

 けれど、本気の月紅を凌ぎきった俺からすればその憎悪は温いとすら感じる。背筋を駆け抜けていた鳥肌はいつの間にか消えており、荒くなっていた鼓動も殆ど平常時と変わらない。


 やはり、無条件に破滅を撒き散らして嘲笑っていたあの月に比べれば、今宵の月はまだ恐怖するに値しない。この分ならロードたちはきっと大丈夫だろうと確信して、俺達が向かうべき南を向いたとき、電子音と共に通知が飛んだ。


【クラン『ポラリス』所属の黒剣士様、RTA様によるパーティー『黒い閃光 ミ☆』が天地跋扈の天雲海のエリアボス『クラウドドラゴン』を討伐しました】


【神聖国家『ヴァルフェスタ』への道のりが解放されます】


【以降、『クラウドドラゴン』は弱体化します】


【町の住民の態度が軟化しました】


「うぉ……タイミングが良いな。……にしても晴人、パーティー名が中々……」


 恐らく月紅で凶暴化したクラウドドラゴンをたまたま近くにいた晴人とRTAが仕留めたのだろう。良く考えれば、南の果てに向かうのならエリアボスであるクラウドドラゴンが邪魔だった。他のエリアボスであるエルダートレントやエルドウルフならばメラルテンバルの最高速で飛んでいけば無視できたかもしれないが、相手は竜種だ。間違いなく最悪な空でのドックファイトが待っていただろう。


 その可能性を摘んでくれた晴人達に感謝しつつ、パーティー名にどうしても目が行く。多分パーティー名を二人で考えて、RTAの提案を受け入れつつ晴人が茶目っ気を出してイタズラをしたのだろう。今頃彼はパーティー名についてRTAに問い詰められ、青い顔に笑顔を浮かべて必死に弁明しているのだろう。

 間違いなくタイミングが悪すぎた……俺達が向かう先でRTAにしばかれているであろう晴人に南無、と念仏を送った。



 ――――――――



 暫く進むと、眼下に広がっていた樹海が途絶え、広い平地に出た。目を凝らすと、遠くに町らしき物が見える。そこそこな高さの城壁に囲まれた町にはあわただしく走る幾つもの灯りが見え、NPCも突然の月紅に大慌てしていることが良くわかった。夜の草原には幾つもの黒い影とランタンらしき光が絡み合っているのが散見でき、貴重な人間プレイヤーの営みが見れた。


「おぉ……あれが始まりの地ロドリオンかぁ……」


『確か……周囲を多くの勢力に囲まれながらも、柔軟な対応と中継地としての価値の高さから何処からも攻められない空白の中立地、だったかな』


 イベントの通達の際に知った町の名前を呟くと、相変わらずの知識量から情報を引き出したメラルテンバルがしっかりと解説してくれた。本人は、人間の国にはそんなに詳しくない、と言っているが間違いなく俺に比べれば情報通だ。


「人間も頑張ってるなぁ……」


『しぶとさと強かさとずる賢さが彼らの売りだからね。そう簡単に消えたりはしないよ』


「言い方が悪いな……」


『そうかい?これでもかなり褒めてるつもりなんだけど』


 確かにどれ一つとっても人間の美点だろうが、そこは忍耐力があるとか、他に比べて賢い、とかオブラートに包んでくれても良いだろう?ズバリと端的に人間の事を評価したメラルテンバルの褒め言葉に苦笑しながら、遠い人間の町を見つめる。


「……まあ、俺たちには基本的に用の無い場所か」


『そうだね。そうそう気軽に立ち寄れる場所じゃないだろうし、何より今押し掛けたら間違いなく攻撃の対象になるよ』


「門番の相手は御免だな」


 門番のレベルは一人当たり驚異の25。ばらつきはあるだろうが、二十台はほとんど確実だ。それが何人も集まって門を守っているのだ。基本的に俺たちは町に近づくことも出来ないし、近づいたら近づいたで一斉攻撃の果てにくたばり果てるだろう。魔物は人間の町を遠くから眺めることしか出来ない。

 門番というのは魔物プレイヤーにとって現時点で最大の畏怖の象徴であり、最強の門番そのものだ。


 町には入ってみたいし、ゆっくり晴人と駄弁りながら綺麗な町並みを歩けたらと思うこともある。が、門番がいかんせん邪魔だ。彼らがいる限り俺は町に入れないだろうし、手痛い反撃を食らって死ぬことは避けたいので、一人で町に入るつもりも毛頭無い。

 つまる所、あの町は結局俺からすれば背景もいいところなのだ。触れないオブジェクト、スキップできるチュートリアル。そもそも触れることの無い場所だ。


 だが、遠くから眺める分には中々綺麗だ。流れていく景色の中でじっと町を見つめていると、唐突にまた誰かに見られている感覚に陥った。勿論視線の主を探そうとも誰もいないし、そもそも何処から見られているのかさっぱりだ。さっきまで不気味きわまりなかったこの現象は、姿の見えないスピカによって引き起こされているということが判明した。

 そうなればこれは『不気味な現象』ではなく、何処か遠くにいる少女が自分と同じ景色を見ていることと同義だ。


 それならば、恐れることなど何もない。見られている感覚が強い内に、何処かに居るスピカへ言葉を投げ掛けた。


「スピカ。多分君は今、俺の事を見つめてるんだと思う」


「……」


「俺には君が何処に居るか分からないし、君が誰なのかも分からない。声だって聞いた事がないんだ」


「……」


 虚空に語りかける言葉に返答はない。スピリチュアルな現象が起きることもなく、ただひたすらに俺の言葉は独り言に相応しい反響をした。それでも、確かに俺の近くに――あるいは隣に誰かが居る感覚だけがする。

 あやふや過ぎるそれに、不定形ながら最大限の笑顔を浮かべて、言った。


「でも、安心していてほしい。俺は、きっと君を見つけ出す」


「……」


「俺が世界中を駆け回って、君を見つけるよ。そして――」


 俺はゆっくり空を見上げた。いつもの何倍も暗いそれに、笑い掛けて呟くように言葉を吐いた。


「俺は君を、連れ出すよ」


「――」


「君を連れ出して、きっとあの空に連れ帰る。だから、安心して待っていてくれ。俺は……絶対に君を見つけるよ」


「……――、――!」


 吐いた言葉に返信は無い。相変わらずな風の音色と、メラルテンバルの翼の音が聞こえる。言い終わってみれば独り言を大きな声で言うようで、中々恥ずかしかった。けれど、きっとこの独り言がスピカに届いてくれていますように、と心から願った。



 ――――――――



 暫く空の上を進んでいるとロドリオンは見えなくなり、それと共にいつの間にかスピカの視線は消えていた。もしかしたら今も俺を見つめているのかもしれないが、俺にはそれを察知する術は無い。本当に、彼女は何処に居るんだろう?

 一方的に俺を見つめられる場所といったら……うーん、空ぐらいしか思い浮かばない。空に彼女が居たらそもそも問題が起こっていないだろうし……駄目だ。さっぱりわからん。


 悩む俺に、メラルテンバルが控えめな声を送った。


『ライチ、右を見てみなよ』


「……ん?右――っうぉ!?なんだあれ!」


『あれが神聖国家って奴だね。人間史上主義で亜人と魔物を毛嫌いしてて、至高神【ヴァリアント】とその恩恵の魔法を崇拝してる危ない連中さ』


「随分な言い様だな……」


 だって事実なんだもん、とメラルテンバルは言った。それが本当に事実なら……俺たちにとってここほど危険で住みにくい場所はないだろう。地形は……平地そのものって感じだな。薄い森が広がっていて、その森の中にポツンと巨大な国がある。遠くから見てもわかるほどの大きな城?教会?のような建物がある。

 なんだろう、あれは。城と教会を足して二で割った後に二倍したみたいだ。


 また、ロドリオンと大きく違う点がひとつある。大きな防壁が無いのだ。それゆえに自由に拡大された土地には多くの建物や灯りが散見され、ロドリオンに比べて大きく繁栄しているように見える。国の中心らしき謎の建物は白い尖塔を幾つも生やし、大きなステンドグラスと堀に囲まれていた。夜の暗闇の中でもそれが理解できるのは、一重に謎の建物が派手にライトアップされているからだ。


 松明やキャンドル、ランタンなどの照明は見られない。なのにも関わらず建物は淡い暖色の光に包まれており、城下を照らしていた。あれはなんだろう、とメラルテンバルに尋ねる前に、メラルテンバルが青い瞳を細めながら俺の疑問に答えてくれた。


『ふむふむ……多重結界と自動拡張、照明化に硬質化……わかりづらいけど自動再生と魔物避けの術式が見えるね』


「……というと?」


『あの建物を中心に、固くて明るくて壊れたら再生する魔物避けの結界が張られてるってこと。僕たちじゃまず近づけないだろうね。いやぁ、とんでもない人間も居るもんなんだ。完全に化け物だよ、この結界を張った人間は』


 メラルテンバルが人間をべた褒めしている。その言葉尻には微かな畏怖が感じとれ、余程あの結界とやらを産み出した人物が凄まじいのだろうと理解できた。

 そんな化け物染みた人間があの国に居るなら、絶対に近づかない方がいいだろう。多分レグルとかなら鼻歌混じりに結界と結界の主を含めた神聖国家を潰せるだろうが、あれと一般のNPCを比べてはいけないだろう。


 取り敢えずあの国はヤバイということを覚えておこう。現在進行形で星達が捜索を試みているらしいが、大丈夫だろうか?彼らは一人一人が有名な星座の星なのだ。それが欠けてしまったりしたら空にとってとんでもない損失だろう。


 彼らの無事を祈りながら進行方向を見ると、そこにははじめての光景が広がっていた。


「海だ!」


『おや……本当だ。あそこの国を気にしすぎて気がつかなかったよ』


「よそ見運転は厳禁だぜ?」


『はいはい。運転されてるのは僕自身なんだけどね』


 進行方向の先の地面が砂浜になっていた。そしてその先に見切れている景色は……赤い月の浮かぶ海。このゲームを開始してはじめての海だ。近づけば近づくほど、海の光景は鮮明になっていく。

 白い砂浜は海に沿って何十キロも続いているし、歪んだ海岸線に波が進んだり引いたりしているのが見えた。


 海は夜の暗闇を吸って黒々としており、穏やかなさざ波とそれに掻き立てられた泡がコントラストを披露する。星明かりを反射しない海は沈黙するかのような凪の様子で、風のうねる音や夜の暗さも相まって、地獄の入り口のように感じられた。

 そんな黒い海の上にポツンと朱の月が浮いており、波に合わせてゆらりと揺れていた。


 俺達は海の上を飛行していく。


 明るい国は遠く離れていき、暗く静かな世界に足を踏み入れていた。星の無い空は暗く、それを反射した海も暗い。それら二つが産み出した黒い水平線は、あたかも終わりの無い闇のようで、一瞬だけ冷ややかな恐怖を感じた。

 海上を進んで行くと、四方八方が黒で埋め尽くされてしまい、どうにも気分が悪かった。気を紛らわす為にメラルテンバルに話し掛けてみる。


「メラルテンバルは海に来たことってあるか?」


『うん、あるよ。でも海の風ってなんだか変で、鱗がベタつくからあまり好きじゃないんだ。なんだか海って塩っぽい臭いするし』


 確かに海は独特の臭いを放つ。磯臭さというか、とにかく独特の臭いだ。俺はそこそこ自分で外に出掛けたりもするので、海の臭いは知っている。夏休みなんて晴人と男友達を誘って野郎共と大はしゃぎをした。

 だから、分かるのだ。


「違う……これは海の臭いじゃないな」


『ん?どういうことだい?』


 首をかしげるメラルテンバル。だが、それよりもこの海の香りが気になった。海はこんな臭いじゃない。少なくとも、これほどまでにしょっぱい……まさに塩そのものを連想させるような空気では無いはずだ。もっと苦味を含んだ複雑な臭いのはず。

 この塩味を帯びた水はまるで……まるで、涙のような匂いだった。


 だが、一面の涙の海だなんて、どうやったら出来るというのだろう。思考を巡らせていると……そんなことなどぶっ飛んでしまうような事態が起きた。それはまさに青天の霹靂で、矛盾という言葉が最も相応しい。それを見た瞬間、知覚した瞬間、俺とメラルテンバルは同時に無言になった。

 大声をあげるだけの余裕すらない、そんな出来事だった。


「……」


『……』


 進む先、南の空から太陽が登ってくる。何を言っているのか分からないだろうが、俺たちだって何がなんだかさっぱりだ。物知りなメラルテンバルですら目を見開いているのだから、この世界において完全に異常な事態であることはわかる。


 真っ暗な世界に白い光が差し込み、暗い海と空を照らしている。その光は暗い水平線から登り出て、目を疑う早さで空に上っていった。慌てて空を仰ぐと、藍色の空は既に朝焼けの色を呈していたが、赤い月だけは例のごとく空にふんぞり返っていた。星たちもまだ眠る時間ではないとばかりに白む空に光を照らしている。


「メラルテンバル」


『ライチ……僕に質問をしないでくれ』


「ああ、分かってるよ……」


 俺の視線の先で、空が白む。月を空の真ん中に宿したまま、白い太陽が上がる。空は混沌としていた。夜と朝が何食わぬ顔で同居し、両方に挟まれた空は役割を放棄して太陽に傾倒していく。

 空は晴れ渡り、青く澄む。太陽が登るのに合わせて、海から僅かなさざ波さえ消えていく。空には赤い月と太陽がランデブーを決行しようとしており、本来向かい合うことのない二者の邂逅に脳が大きく首をかしげていた。  


 見上げた空は青い。見下ろした海も青い。太陽は遂に月の隣に寄り添い、満天の快晴を明るく照らしていた。海は死んだように沈黙し、空の景色を寸分違わず写し混んで合わせ鏡になっていた。

 水平線が()()()、空と海の境界線が消失する。

 まるで宇宙空間を飛んでいるように、俺達は自分の場所を見失っていた。メラルテンバルは上に行くか下に行くかの二択にすら困窮していた。海面すれすれまで降下し、揺れる海にようやく自分達の居場所を知った俺達に、安心させる間も無く情報が飛び込む。


「メラルテンバル……前に」


『人……かな』


 世界という概念を狂わせるこの空間で、俺たちの視線の先にポツンと人影が映った。それは一人の男で、海面に立って空を見上げていた。足元の海に反射した虚像が深い深海を見上げている。

 男の装いはこの世界に全くそぐわない、デニムのジーンズと青いコート。コートの下には灰色の服が見えていた。


 空を見上げている男の髪色は黒。そして瞳は空間に溶け込むような青だ。その瞳はビー玉のように無機質で、光を反射していないように見えた。コートのポケットに手を突っ込んで空を見上げていた男は、ゆっくりと空から視線を外して俺たちを見た。


「……この海は立って歩ける。わざわざ飛ばなくてもいい」


 そこそこ遠くから呟かれた男の言葉は何故かすっと耳に入ってきた。メラルテンバルと小さく目を合わせて、頷く。メラルテンバルは彼の言葉を信じて、海に『着陸』した。

 海はメラルテンバルに相応しい大きな波紋を立てたが、メラルテンバルの体が沈みこむ事はなかった。メラルテンバルが立てるということは、俺も立てるということ……。ごくりと恐怖を飲み込んで、ゆっくりと俺も海面に着地した。


 パシャン。


 水の跳ねる音に一瞬だけ体が縮み上がったが、俺の体が海に沈むことは無かった。思わず足元を見つめて海面の自分と目を合わせる俺を、男は冷めた目で見ていた。昼と夜、空と海の入り交じる矛盾の世界で、俺の立てた波紋がどこまでも広がっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。