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厭世へ行き着く

 極彩色の照明が目眩く光を放つ。うるさい酒浸りの外れた歌声と、眼下に広がる宴狂いのばか騒ぎは外の様子を一切省みていなかった。月紅なんて関係ないさとばかりに仲間内で殴り合い、食らいあう。相変わらず過ぎる彼らの様子に思わずあきれてため息が出た。


 月紅は……俺たちにはどうしようもない。墓地は墓地の全員に任せて、同じく外も外の連中に任せよう。心配してもどうしようもないのだ。取り敢えず今は、やれることをやるしかないだろう。

 アルコール度数の高い空気は粘性が高く、鎧の奥の本体でもそれが感じ取れる。空を見上げればいつぞやの世界樹が我が物顔で屹立しており、赤い月明かりをシャットアウトしていた。


 ここはとことん、宴以外のすべてに興味が無いらしい。仮に敵が侵入してきても、宴狂いどもに宴会の玩具にされるのが落ちだろう。逆にこの環境がここの安全性を高めているのか……治安が悪いにも程があるが、裏を返せば中々どうして安全だ。


「台風の目……」


 ぼそりと呟いた。そうだな、ここの様子は台風の目に近いだろう。改めてこの場の状況を確認していると、メラルテンバルがゆっくりと飛行速度と高度を落とし始めた。俺達に気付いて歓声や音の外れた指笛を吹く宴狂いも居た。


『そろそろ着くよ』


「分かった」


 目の前に見えるのは山のように盛り上がった世界樹の根と、それに囲まれた豪華な長テーブル。その最長端に一人の女が頬杖をついて座っていた。黒髪に銀の瞳、黒薔薇のドレスに身を包んだ不滅の女は俺たちを見て無表情を崩した。

 周りに注意して着陸したメラルテンバルから降りて、ゆっくりとテラロッサの方へと歩み寄る。暫く長テーブルに沿って歩くと、テラロッサが頬杖を解いたので足を止めた。


「……用件を聞こうじゃないの」


「『郷愁』のスピカ・レトリックを探している」


 単刀直入にそう言うと、テラロッサは微笑を浮かべて押し黙った。俺の右腕に刻まれたのとお揃いな入れ墨が胸元にある。テラロッサは肩に掛かった黒髪を右手で払うと、鎧の奥の俺の本体を見つめるように目を細めた。


「……そろそろ来る頃だと思ってたわ。そう……スピカが目覚めたのね。以前、あなた達が来た時に私が一度会話を切ったのを覚えているかしら?」


「ああ」


 宴の音が遠くから聞こえた。何やら物が燃える音と瓶が割れる音が響く。また火炎瓶か……懲りない奴らめ。テラロッサの言った状況なら覚えている。確か、俺たちが初めて彼女と遭遇した時の事だ。リエゾンが自分の過去を話す前に彼女は一旦席を立って、虚空にデコピンをかましていた。確か、その時の言葉は……


「『覗きは立派な犯罪よ』……だったか?」


「そうね。よく覚えているじゃない」


 片眉を上げてテラロッサが小さく笑う。覚えているには覚えているが、あれが何を意味するのだろうか?考える俺に、テラロッサがさらりと答えを投げ掛けてきた。


「あの時にあたしが追い払ったのがスピカよ。覗かれるのは好きじゃないもの。けど、あの子はそれしかできないわ。この世界を覗くことしか……」


「世界を覗く?待て、それ以前にスピカは無事なのか?俺たちを見てられる余裕があったなら大丈夫だと――」


「――ねえ、そうでしょう?スピカ」


 テラロッサが鋭く言った。その視線は俺を見ていない。見ているのはもっと後ろ……俺の左肩辺りだった。慌てて振り返るが何も居ない。なんだ、もう居るのか?不可視になっているだけならなんとか抱えて帰るんだが……。

 困惑する俺をおいてテラロッサがスピカに話をする。


「あたしが気付かないと思ってるのかしら?……ああ、いえ、別に怒ってる訳じゃないのよ?」


「……――」


「……そう、スピカ。あなたはこの人に目をつけたのね。この人が、あなたの『王子様』なのね……ええ、ええ……止めはしないわ。逆に、いい判断だと思うわよ」


「――っ!」


「ええ、あなたはこの人の事をずっと見ていたのね。この人が世界に名前を轟かせた、その瞬間から……ねえ、あなた。どうしてあなたは今の姿に成れたと思う?」


 虚空のスピカと会話をしていたテラロッサが、急に話を振る。ど、どうしてと言われても……思い付くことなどそんなにない。そもそも凡人の俺がユニークを引き当てられたのはユニーククエストの報酬だ。それならどうして俺はルーン・ライヴスに成れたんだ?


「……月紅を生き抜いたからとかか?」


「全然、見当違いよ。あなたは、ずっと前に世界に名前を刻んだわ。この世界の……この世界を観測する者にも知れ渡るように、大きく。その時にはもう、あなたの運命は決まっていたの。あなたが今のあなたになるのは、殆ど確定していたのよ。だってあなたは――スピカ(あの子)に目をつけられたのだから」


「……どういう、事だ?」


 理解が全く追い付かない。俺がここに来るまでの道のりは殆ど確定していたのか?目をつけられた?スピカに?メルエスを弔ったその瞬間から、俺の進化ルートはルーン・ライヴスを通る事が確定していたのか?

 重なる疑問に、テラロッサは小さく声を漏らして笑った。


「あなたは今まで、変なものを見てこなかったかしら?他にも、変な声を聞いて来たりしていない?」


「……そんなこと……は……」   


「心当たりがあったようね。ええ、それが……スピカよ」


 時折飛んでくる謎の視線、見られている感覚。少女の声、ポータルに映ったツインテールの少女の姿。あれらすべてが――スピカなのか。ずっと俺の旅を見てきたのか。俺が世界を動かす事を見てきたのか。思わず目を見開いて虚空を見つめる。相変わらずそこには何もない。


「流石のスピカもずっとは見ていないでしょうけど、あなたが何か大きな事を成した時には、きっとあなたと一緒に居た筈よ」


「……彼女は、どこに居るんだ?どうして目に見えない」


「それは、私の口からは言えないわ。すぐに制限されるもの」


 俺の後ろのメラルテンバルが試すように目を細めてみるが、やはり何も見当たらなかったようだ。情報の渦に飲まれる俺に、テラロッサが畳み掛けるように、よく聞きなさい、と言った。


「世界が巡る度、私たちの制限は消えていくわ。スピカはより長い時間をあなたと共に過ごせるようになるし、時折姿を鏡なんかに映したり出来るようになる。あたしはより多くの事を喋れるようになって、宴の規模を大きくできる。あの子はきっと砂漠から抜け出せるようになるし、『堕落』は目を覚ますわ」


「……つまり、どういうことだ?」


「世界には、もうそんなに時間は無いの。時計の針は進むわ。今、このときも。進んだ針は戻らない、消えたものは消えたまま……世界は進んでいくわ。あたしは世界を終わらせない。何千回でも繰り返す。けれど、その前にあなた達が果ててしまうのがきっと先よ」


 あとに二つ。とテラロッサは言った。


「もう少し時間は掛かるけれど、きっと世界は進むわ。それがあと二つ進んだとき……あなたは見つけていないといけない」


「……『variant rhetoric』をか」  


「……『厭世』を探しなさい。彼は南の果てにいる『門番』よ。そしてスピカが『鍵』」


 まだ欠片ほども足取りを掴めていない『variant rhetoric』を見つけろと?……時間はあるにはある。あと二回は猶予が残されている。が、確実にスピカの騒動で一回は進むだろう。思ったより時間が無い……しくじったな。本来ならもっとゆっくりと進むところをかっ飛ばしすぎた。そのせいでプレイヤーが殆ど育っていない状況で世界だけが進んでしまった。


 早足で進みすぎて、自分の首を締めてしまったのだ。


「あたしは……そうね、例えるなら『案内人』ね。あなたの道先を照らすけれど、進むのはあなた。切り開くのはあなた自身よ。アドニス・レトリックは気難しいわ。けれど、スピカの居場所を知っているのは……いえ、()()()()()彼だけよ」


 進む世界、ワールドボス、鍵……そして、『variant rhetoric』。あらゆる情報が波となって押し寄せてくる。どれから考えたものか迷いに迷う俺に、テラロッサは安心させるように笑った。

 その笑みは、例えるなら……そうだ、北の不滅だ。決して華のある笑みではない。ひまわりのような明るさを持っているわけでもないし、薔薇のような鮮烈さと美しさを兼ね備えているわけでもない。けれど、柔らかく弛緩したその表情はこちらを見守るようで、緩められた口元は自然と目がいく。


 俺が全く知らない笑みだった。励ますでもなく、導くでもなく……寄り添う笑みだった。それは今まで彼女が浮かべた中で一番優しく、一番人間臭い微笑みだった。


「大丈夫。安心しなさい。あなたには、きっとあなたを守ってくれる人が沢山居るわ。ロードも、メルも……きっとリエゾンも。勿論あたしもあなたを見守るわ。だから、あなたらしく進みなさい。あなたの道を進みなさい。道の不滅は――あたしが保証してあげる」


 テラロッサはわざとらしくウインクをした。


「何も考えないでいいの。だってそうでしょう?あなたらしく歩いた軌跡が、きっとここまで道を切り開いたんだから。だから、迷わずに行きなさい。世界も何も知らないわ。関係ないわ。あなたがここ(ゲーム)を楽しむことには」


「それで、良いのか……?」


 自分でも驚くほど震える声が出た。俺にはわからない。いきなり世界だとか、『variant rhetoric』を見つけろだとか言われてもわからない。俺は一般人だ。ちょっと高い下駄を履いて、他より先に進んでいるだけだ。頭はそこそこいい自信があるが、ここまでのことは抱えきれない。これから先を考えながら進むなんて難しすぎる。


 だからこそ、テラロッサの言葉で思い出した。そうだ、これはゲームだ。忘れるな。なんで俺がここに居るのか。簡単な話だろう?俺は――楽しむために、遊ぶためにここに居るんだ。

 自分勝手に、自由気ままに進むためにここに居るんだ。このゲームでやりたいことなんていくらでもある。まだ呪いキットを使ってないし、コープスパーティーの面々と詫びも兼ねてダンジョン攻略をしてみたい。


 防衛組との邂逅もまだだし……それに、ロードに告白だって出来ていないのだ。思い出した感覚に証明の印を刻むように、テラロッサは歯を見せて笑った。


「それが――良いんじゃない。悪いことなんて何一つ無いわ」


「そうか……それで、良いんだな。分かった」


 俺には分からない。『variant rhetoric』も、『厭世』も、世界のことも。流されるばかりだった。でも、それが面白いんじゃないか。予定もなくふらりとさまよって、やりたいことを好きにやって……。

 分からないことは、分からない。きっと考えても分からない。なら、小難しいことは後回しにしてゲームを楽しもう。


 これまでもきっとそうだった。それなら、これからもそうするだけだ。その先できっと答えが見つかってくれたら……良いな。楽観的な思考に身を包んで、俺も鎧の奥で笑い返した。


「いい顔じゃない」


「俺に顔は無いけどな」


「そういうことはあまり気にしない方が楽しいわよ?」


「知ってるさ。言ってみただけだよ。あ、そういえば……外で月紅が起きてるんだ。どうしてかわかるか?」


 気を取り直して話題転換をすると、テラロッサは空を見つめて、あー、と言った。


「星の明かりが足りなかったのね。でも安心していいわ。前の戦いであの子は相当弱ってるから、そんなに呪いの出力は出ないわよ」


「そういうものなのか?」


「ええ。例えるなら……そうね、自動車をかっ飛ばしたあとにゆったり給油をしていたら、途中で車が勝手に走り出した感じかしら」


「事故るな」


「事故は起こさないけれど……ガソリン切れかつ大慌てでハンドルを握ったもんだから、それはそれは動かしづらいでしょうね」


 出来ても中途半端な魔物の凶暴化ぐらいよ、とテラロッサは言った。魔物が強化されたり、町を集団で襲ったりすることは無いようだ。あっても血に餓えた魔物が暴れるくらい、と。


「でも、明日は流石に不味いわね。体勢を立て直されて普通に動くわよ、あの呪いは」


「そうなったらかなり不味いな……」


 世界樹の隙間から覗く月は月蝕のように赤らんでいるが、それだけだ。見るものをぞっとさせるような赤さを放っていない。それに安心しつつ、テラロッサに向き直った。


「取り敢えず、言われた通り厭世に会いに行ってくる。そして、スピカを空に返してやろうと思うよ」


「あなたがそう決めたのなら、そうすれば良いわ。……そうだ、名前をちゃんと聞かせてくれるかしら?」


 ハッとした顔で言うテラロッサに向き直って、不定形な笑顔で名前を名乗った。


「俺はロード・トラヴィスタナの騎士。死神の寵愛を賜った呪術騎士の……ライチだ。改めて、よろしくな」


「ええ、ライチ。よろしくね」


 伸ばされたテラロッサの手のひらを握った。軽い握手を終えると、テラロッサが俺たちの来た方面を指差して諭すように言った。


「さあ、ライチ。頼んだわよ……スピカを、そしてアドニスを助けてあげてね」


「……俺にできる全力を尽くすよ」


「うふふ、それなら十分よ」


 笑うテラロッサに一礼して、メラルテンバルの背中に飛び乗る。もう完全に馴れてしまったことに若干の申し訳なさを覚えながら、メラルテンバルに南へ向かうようにお願いをした。


『南だね。……さて、白竜騎士のワールドツアーだ』


「はは、頼むからお手柔らかに頼むよ」


『残念だけどこの便は快速でね。しっかり掴まっててくれよ!』


「確かに時間はあんまりないが――うぉっ!?」


 機嫌の良さそうな口笛を吹くメラルテンバルに苦笑いして、進行方向を見据えた。流れていく景色の中で、唯一変わらず存在感を放っていた赤い月は、テラロッサの言う通りそれほど赤くなく、どうにも恐ろしさを失っているように思われた。

 きっとこの心象の変化は、月紅の恐れの消失以外にも、心が軽くなったから引き起こされたんだろうなぁ、と一人納得した。









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