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郷愁を求めて

 先程の騒乱に当てられたリエゾンが目を覚まし、更に騒がしくなったこの場を落ち着かせ、全員に説明をするのはとてつもなく手間が掛かった。ロードやリエゾン達は星達の存在を全く知らなかったようで、その役割を知ると驚愕の視線を星に向けていた。特にメルトリアスなんて顎が外れてしまうんじゃないかと思うぐらいの驚きようであった。


 カルナ達はあまりピンと来ていないようだ。確かに彼らの存在はあまりにも現実離れしすぎていて、MPが彼らから来ているとか、星の姫がー、とか新しく顔を出してきた『郷愁』のワールドボスについて上手く飲み込めないのだろう。

 情報量が多すぎると俺も思う。


「えーっと、簡単に要約すると……ライチが苦労するってこと?」


「要約し過ぎて結論しか出てないぞシエラ」


「で、でも……実際はそういうことですよね?」


「またライチはオレの時と同じく面倒事に巻き込まれてるのか……そういう体質か?」


「違う……と信じたい」


 シエラの適当過ぎる要約に、ロードが同意した。確かに、報酬も何も受け取るつもりは無い以上、このクエストは徒労と言っても言いかもしれない。高難易度なのに一人でしか受けれないし、下手をすれば王子様ルートだ。けれど、イベントクエストをみすみす見逃す訳にもいかないだろう。


 空の騒乱も、放っておけばいずれ俺達に害をなす。それを止められるのが俺だと言うのなら、ますます放っておけない。誰かのお人好しが移ったんじゃ無いかしら?とカルナが冗談ぽく言う。もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。


「うぅ……何だか恥ずかしいです」


『そんなに悪いことではないですよ、ロード様』


「そ、それはわかってますけど……」


「ロードの優しさは間違いなく美徳だ。オレが保証する」


「……俺も保証するぞ」


「何を張り合ってるのよ……まったく」


 カルナの言葉にロードが顔を赤くした。続けて放たれたリエゾンの言葉に反射で追従すると、カルナが呆れたような視線を俺に向けた。

 一応全員への説明が終わり、円満とは言えずとも納得してくれたことを確認して、アルデバランが俺に話し掛ける。


『ライチ様……それでは試練についての説明をこのアルデバランから致しましょう』


「お、おう……」


 何だか先程と打って変わって生気を取り戻したようにアルデバランが言う。そんなに凛とした声を出されても、さっき目の前で号泣してるのを見てしまったから印象が変わらないんだが……。


『試練の目的は、【星の姫スピカ・レトリック】様の救出でございます』


「救出って言うからには誰かに連れ去られたり、監禁されてるってことでいいんだよな?家出なんてことじゃないと良いんだが」


 取り敢えず敵の正体を掴もうと踏み込んだ質問をすると、アルデバランは声のトーンを落として呟いた。


『分かりません』


「え?」


『家出などでは無いことは確かでございます。しかし、我々を持ってしても犯人の糸口すら掴めぬ次第でございまして……』


「……」


 よく考えれば、犯人が分かるなら居場所の見当も付くわけで……。とにかく犯人はこの星達の目を掻い潜ってワールドボスを一瞬の内に連れ去れる存在ということだ。無理ゲーかよ。いや、推奨レベルは35だった。それを信じよう……きっとギミック系のボスなんだろうな。

 取り敢えず正体不明の相手に何処かに連れ去られた訳だ。 


「一応聞くけど場所の見当とかは……?」


『お恥ずかしいことですが、尻尾ですら掴めません……空の上に居ないことは確かです。空から地上を捜索した回数は数えきれない程ですが、それらしい影すら見当たらないのです。もしかしたら地下か、何処かしらの檻などに捕らえられているのかもしれませぬ』


 地上と空は無しか……いや、もしかしたら森の中に居るのかも知れないな。空から目視できる草原や砂浜は候補から除外して、入り組んだ森の中とか、屋内……いや、屋内も王都と神聖国を除いて捜索中だったよな。

 何処かに居るところをサクッと誰かしらの星が見つけてくれれば話は済むのだが、イベントクエストが発注されていることから見て確実にそうではないだろう。


 となると……いや、さっぱりだ。だが世界中を駆けずり回るだけのクエストな訳が無い。確実に道筋があって、困難があって、そして答えがある。

 考えろ。『攻略法』を考えろ。俺が制作者だったらどう動かす?どうやって事件を解決させる?


 ……………。


「分からない」


『……やはり、地上を徹底的に探すしか――』


「だが、どう動けば良いのかは理解できる」


『なんと……!して、それはどのような行動なのでしょうか?場合によっては各地の星々を集結させる準備を致します』


 いや、流石にそこまでしなくても良い筈だ。逆に君たちが力を貸してくれたらクエスト難易度が『35』を下回る。そうした場合に何が起きるか……それはレグルが証明してくれている。

 確実にクエストの難易度調整の為に急遽mobが登場して来るだろう。この星達の存在に釣り合うmobなんて考えたくもない。


 そもそも俺のレベルはまだ26だぞ?出来ればもう一回進化をしたい所だ。そうすれば確実に攻略が楽になるだろう。――だが、大きな爆弾を俺は抱えている。『禁忌』だ。

 俺は今禁忌に腰まで浸かっている状態。これ以上深みへと歩みを進めれば多分帰ってこれない。深淵に飲まれるというやつだ。


 もしかしたら何もないかもー、と能天気な自分が言うが、間違いなくヤバい。これはゲーマーの本能だ。


 まあ、そこら辺を一旦置いておき、これからの行動の指針を立てよう。これからどうすれば良いのか。その答えは相変わらず便利なシエラの言葉を引用すれば分かる。


「『分からないなら、分かる人に聞けばいい』」


『分かる……人でございますか?』


「……成る程ね、確かにそれが確実よ」


『僕はまたドラゴンタクシーかぁ……別に良いんだけどね?』


「君も大変だな、メラルテンバル」


「うむ、翼を持つ者の宿命である」


「『不滅』のテラロッサ・レトリックだな?ライチ」


「そうだ」


 リエゾンの言葉に同意を示す。彼女ならスピカの居場所の手掛かりを知っているはずだ。知らなくても、この騒動について最も核心に近いことを言ってくれるに違いない。何故なら彼女はワールドボスであって、スピカと同じく『レトリック』の名前を背負っている……いわば親戚なのだから。

 他のワールドボスの動向をレグルは砂漠から出られないなりに知っていたようだし、テラロッサが知っていてもおかしくはないだろう。


「テラロッサに会いに行って、スピカについて聞いてくる。『不滅』なら『郷愁』についても知ってる筈だろうし」


『……僭越ながら、不滅殿がお相手をしてくださるか等は……?』


「あー……多分大丈夫だと信じたい。一応顔見知りだから、話は出来ると思う」


「成る程、それは失礼致しました」


 多少の縁はあるはずだから、相手をしてくれる……筈だ。これで冷たくあしらわれたらキレるぞ?まあ、キレたところでワンパンだろうけどな。俺の意見に否定する者は特に居らず、取り敢えずはメラルテンバルに乗ってテラロッサの方面に向かうことに決まった。


 カルナや星達、勿論ロード達もついてこようとしたが、メラルテンバルの負担とクエストの難易度が跳ね上がるという点から同行を断った。別にロード達やカルナを連れてクエストをやっても良いのだが、カルナ達はクエストを受注しているわけではない。敢えて形容するならクエストをやっている人の後ろをついてきているだけである。

 報酬も無ければ、墓守の眠る場所や白い砂漠などのイベント専用といっても良いエリアには勿論入れない。


 現状、連れていくメリットが『一緒にいると楽しい』位しかないのだ。それでもそのメリットひとつがかなり大きいのでちょっとだけ悩んだが、いたずらにクエスト難易度を上げて皆に危険を及ばせる選択肢は……流石に選べない。

 今回の一件は恐らく俺が引き金になっていると予想している。そうでなかったら、そんな誇大妄想をした自分を殴り付けるだけだが、この地上で俺以外に王位継承権なんて持っているやつは居ないだろう。


 いつもの事だが世界に区切りを生んでいるのが俺な以上、確実に夜空から降り注いだ騒動の一端は俺にも原因があるはずだ。ならば、自分は関係ないと目を瞑るのは畜生の行いと言えるだろう。自分で撒いたかもしれない種は自分で処理するのが道理だ。


『さてさて、今日も君を運ぶとするよ』


「すまないな……もうなんか本当にタクシーみたいになってて」


『はは、かといってライチに歩けなんて言えないからね。これはレオニダスの言う通り、しょうがないことだよ』


 心配そうな顔のロードとアルデバランに見つめられながら、メラルテンバルの背中に飛び乗る。長々乗馬……乗竜には馴れてきた。


『ライチ様、本当に我々が着いていかなくても宜しいのですか?我ら黄道十二星座は貴方様の為ならば命を掛けますが……』


「勝手に俺に命を賭けなくてもいい。その命は、本物のお姫様の為に使ってあげてくれ」


「ら、ライチさん……本当に、お姫様が可愛いからって手を出しちゃ駄目ですからね……?」


「あらあら、積極的じゃないのロード」


「かわわわわぁ」


「シエラ、落ち着いて……」


 ロードがフードを外して俺に語りかけてくる。可愛いから手を出すって何だ……?レグル味を感じるぞ。ロードの様子にシエラは天に昇りそうになり、コスタは必死にそれを食い止めている。止めようにも体が貫通するんだがな。

 一連の流れを微笑を浮かべて見つめていたリエゾンが、ゆっくりと深紅の瞳を俺に向けた。


「よく寝れたか?」


「ぐっすりだ。お陰で目覚めてみればこの状況でね。なんで起きなかったのか不思議だよ」


「疲れてたんだな……」


「ああ。……ライチ」


 リエゾンが真剣な瞳で俺を射抜いた。


「必ず帰ってこいよ」


「勿論、必ず帰ってくるさ。白い砂漠に比べたらどこもパラダイスだよ」


「ライチがそういうなら、絶対帰ってきてくれるって事だな?なら、今度はオレがライチに『おかえり』を言ってやるよ」


 こいつめ、中々熱いセリフを吐いてくれる。気持ちのよい笑顔を浮かべるリエゾンに鎧の奥で笑顔を作った。それと同時にメラルテンバルが銀翼を羽ばたかせる。

 遠くなっていく墓地とロード達に大きく手を振って、俺はメラルテンバルと共に空を舞った。残された星達とロード達が喧嘩をしないで落ち着いて過ごしてくれればいいなぁ、と内心で思って目的である西方向を向いた。


 現在の時刻は大体6時。太陽が赤く燃えながら地平線に、突っ伏そうとしている。最後の最後まで光ろうとするその様子が、どうにも俺には欠伸のように見えた。



 ――――――――



『不滅』の居処まではかなり遠い。その間暇だったのでメラルテンバルとしりとりをしていたが、この世界には俺の知らない固有名詞が多すぎて歯が立たない。こっちも同じく現実世界の固有名詞で抵抗を試みるが、知識の引き出しが段違いだ。


「マスク」


『クリューメルの錬金石。かなり有名なアーティファクトだね。水をダイアモンドに変えてしまう力を持つんだ』


「はぁ?何だよそれ……きくらげ」


『ゲインストレル魔術係数。勿論でたらめじゃないよ?ちゃんと説明すると多分二時間は軽く飛ぶね。しかも係数だからこれを応用した計算式と法則があってね、例えば【属性変換時の魔力減衰――』


「あー!もう大丈夫だ。……ウサギ」


『……銀天の八十八戒。僕たち竜の、所謂法律かな』


「竜にも国と法律があったのか……いや、失礼な意味じゃなくてな?」


 今の所、この世界にある国は人間の者ばかりだ。始まりの町や王都には獣人や亜人が多く見られるらしいのだが、彼らには国がない。人間史上主義らしき神聖国に潰されてしまったのだろうか?メラルテンバルのように高スペックの竜が集まった竜の国など、そうそう地図から消えるものではないと思うのだが……。


 そもそも、メラルテンバルが何者なのか、俺は知らない。知っているのは、お喋りで物知りでツンデレで、いたずら好きな白竜という事だけだ。そもそも彼はもうすでに死んでしまっている。なら何故こうして物質化して俺を乗せたり出来るのかとか、疑問はとにかく尽きないが質問攻めにするのは酷だろう。

 多分白竜的な力が働いているのだと一人で納得しよう。


 メラルテンバルは俺の言葉に特に反応らしい反応をせず、昔を思い出すようにほぼ沈んでいる夕日の最後の残光を見つめている。


『僕はね、竜の国の賢者の弟子だったんだ。白竜は代々、光と知恵を司っているんだよ。だから、特に好きでもなかった学問を勝手にやらされたんだ。楽しかったけどね』


「成る程……だから知識量が多いのか。賢者ってのはあれか?政治に色々と……こう、なんか助言するやつか?」


『はは、概ねあってるよ。先生は凄い竜でね……何か質問をしたら答えるのは当たり前、質問をする前に問題を片付けるような竜だったんだ。お陰で僕たちへの期待が大きいったらありゃしないよ』


 俺の中でエスパーが一人増えた。凄いな……その人に任せれば内政とか全部なんとかしてくれそうだ。でも、現実を見れば竜の国などこの世に無い。それどころかメラルテンバルのような竜を見ることはない。

 太陽が完全に沈み、月明かりが夜を照らし始めた。


『……でもね、ある日……国は滅んだよ。愚かな王子と、それに続いた馬鹿な取り巻き達のせいでね。自分達竜族は世界を支配できる、父王は腰抜けだった、なんて馬鹿な事を言って、助言をしていた先生や僕たち弟子を国のガンなんて言ってね……』


「…………」


『先生は勿論、そうなることを予測していた。けど、どうしようもないだろう?まさか自分が王子を殺す訳にはいかないんだから。先生は牢屋の中で僕にこう言ったよ。【あの王子の黒い内面を見抜けなかったことが、私の最後の失敗だ】ってね。王子は傲慢にも人間の国全部に喧嘩を売って、見事に敗北。国は荒野になったよ』


 まさか……王都の隣にあるとされる荒野は、竜の国の成れの果てなのだろうか?未来を案じ、人を思い、国を思った賢者の失敗が『助言する相手の心を見ていなかった』というのは、皮肉な話だろう。

 月明かりが俺たちを照らす中、メラルテンバルがぼそりと呟いた。


『本当に……馬鹿ばっかりだったよ。あの国は、あれだけ竜を愛した竜を裏切ったんだから』


「きっと、誰よりも竜を愛してたんだろうな、その賢者さんは」


『うん……だから……だからこそ、僕は竜が嫌いなんだ。馬鹿ばっかりで、頭が空っぽで、無意味な力と権力ばかりを欲しがる傲慢の袋みたいな奴ばかりだ。墓地の子達はメルエス様が魂の綺麗な子を連れてきたって言ってるから信じてるけど……他は全員信用できないよ』


 メラルテンバルが極端にワイバーンを嫌った理由が分かった。愚痴を吐くように語ってくれたメラルテンバルの言葉に、そうか、と小さく返して軽いため息を吐いた。その拍子に見上げた夜空の星は、びっくりするほど数が減っていて思わず固まってしまった。


『ん……?うわぁ、凄いね。いくつか星が残ってるけど、空が空っぽになっちゃったみたいだ』


「星座が全部抜け落ちてるからか……逆に良いものが見れたな」


 夜空は驚くほど暗く、寂しげな月がポツンと浮いている。冬の大三角も、星座も流れ星も見当たらない。いくつか生まれたばかりであろう子供の星が空に浮いているが、それ以外は地上に落ちてしまったのだろう。今頃イベント専用スレは凄い騒ぎだろうな。これを機に星空を観測するクランとか出来たりして……いや、もうありそうだな。


 そういえば、魔力の源である星が落ちたことでMPが枯渇するんじゃないだろうか?そしたら、この世界の誰もが魔法を使えない……自動回復が止まってしまうのでは?


「……割と世界規模でヤバくないか?」


 ようやく事の重大性に気づくと共に、メラルテンバルが微妙に首を持ち上げた。


『多分、もうそろそろ着くよ』


「わ、分かった」


 取り敢えず夜だけ戻って貰うとか……いや、もう一度降ってくるのは勘弁してほしいな。何人か空に戻ってもらうか。じゃないと世界がヤバい――


 ――ぞわり


 背筋が粟立つ。呼吸がつまる。生存本能が叫ぶ。終わりが来る、と。終焉の月が舞い戻る、と。


「そんな、嘘だろ……?」


『この感覚は……!?』


 慌てて見上げた月は、僅かに赤らんでいた。嘲笑うように、月が深紅に染まろうとしている。もう一度、破滅の月が現れようとしている。あり得ない……月紅は十三週間おきだろ!?


「今すぐ墓地に……いや、あの星達が居れば問題はないか……」


『墓地の中に魔物は居ないし、墓地の防壁を越えて入ってきてもオルゲス達やロード様が居らっしゃる。あの星達も居るから、多分心配は無い筈だけど……』


 そういう問題じゃない。あの月が赤く染まろうとしているのが問題なんだ。絶望感を伴う焦燥が身を焦がす。取り敢えずロード達は大丈夫だろうが……町がヤバいぞ。プレイヤーも今から月紅なんて全く予想外だろう。防衛対策なんてNPCだってとっていない筈だ。


 呆然とする俺を世界から逃がすように、周りの景色ががらりと変わる。酒臭い湿った空気、明るすぎる照明、下品な喧騒。治安の悪い夜の歓楽街を思わせる光景。いつもなら目を奪われるまばゆい光景が、どうにも上の空のように感じられた。

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