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兵庫津普請――城ではなく、町を守る

天正元年、十二月。


少弐冬明は、兵庫津に残っている主だった者たちを清盛館へ呼び集めた。


黒田。


赤井直正。


赤井甚兵衛。


阿波辺岩蔵。


松浦。


以上である。


「……少ないな」


少弐が座敷を見回した。


黒田が答えた。


「殿が皆を使いに出しているからでしょう」


「そうだったな」


毛利領へ行っている者。


畿内を動いている者。


朝鮮との交易に関わっている者。


北方へ出ている者。


西方艦隊の整備で各地を飛び回っている者。


呼び戻せばもっと集められるが、そのためだけに仕事を止めさせるほどでもない。


「いる者だけで決めよう」


少弐はそう言って、清盛館の図を広げた。


「まず――狭い」


一同が黙った。


阿波辺が館を見回す。


「まあ……狭くはなりましたな」


「昔はこれで足りた」


清盛館を整えたころは、少弐と近しい者が集まって話せれば十分だった。


ところが兵庫津が膨張した。


西方艦隊の者が来る。


商人が来る。


船頭が来る。


職人が来る。


畿内の武将が来る。


毛利から使者が来る。


時には外国人まで来る。


会議を一つ開けば廊下に人が溢れ、客が重なれば部屋がなくなる。


「このまま清盛館を大きくするのか?」


赤井直正が尋ねた。


「いや」


少弐は首を振った。


「清盛館は残す」


少弐は図の中央を指した。


「ここは少弐家の館にする。私の自室もここに残す」


黒田がうなずく。


「では政務を外へ?」


「ああ。周りを広げる」


少弐が次々と指示した。


まず集会場。


西方艦隊の諸将、商人、港役人らが一度に集まって評定できる大広間を持たせる。


次に応接所。


遠国からの使者や武将、商人を迎える場所である。少人数の会談から正式な面会まで、清盛館へ入れずに済ませられるようにする。


さらに湯殿。


これには赤井甚兵衛が首を傾げた。


「湯殿まで大きくするので?」


「人が泊まるからな」


「なるほど」


「それに私も使う」


「そちらが本音では?」


少弐は聞かなかったことにした。


そして武器庫。


これは単なる館の警護用ではない。


兵庫津そのものが西方艦隊の重要拠点となっている以上、いざという時に港を守る兵へ武器を配れるよう、一定数の長筒、槍、弓、火薬などを集中的に管理する。


「それから、塔が欲しい」


今度は全員が少弐を見た。


黒田が尋ねる。


「何のための塔です?」


「船を見る」


「船?」


「ああ」


少弐は海の方向を指した。


「ここにいると、港へ何が入ってきたのか分からん。高いところから兵庫津の船の出入りを見たい」


物見櫓というより、港を監視するための望楼だった。


入港する商船。


西方艦隊の軍船。


沖で停泊する船。


海の荒れ具合。


火災。


異変。


それらを一望できる高さにする。


「鐘も置こう。火事や敵襲なら町へ知らせられる」


黒田が少し考えた。


「それは役に立ちましょう」


ここまでは、清盛館周辺の拡張だった。


しかし少弐は、もう一枚の図を広げた。


今度は兵庫津全体である。


赤井直正が図を見るなり察した。


「こちらが本題ですか」


「ああ」


少弐は夢野の方向を指した。


「秀吉はここまで来た」


空気が少し変わった。


二月の戦い。


羽柴秀吉の軍勢は兵庫津へ迫り、夢野まで攻め込んだ。


あの時は撃退した。


だが次も同じようにできる保証はない。


「兵庫津を守る」


少弐が言った。


「城にするのですか?」


松浦の問いに、少弐は即答した。


「しない」


「しかし守ると」


「石垣はいらん。大きな櫓もいらん。ここは城ではない。港町だ」


少弐が図へ二本の線を引いた。


「堀を掘る」


黒田が身を乗り出した。


「二重ですか」


「二重だ」


しかも空堀ではない。


海から水を引き入れる。


兵庫津の外周を利用し、海水の入る堀を二重に巡らせる。


地形や既存の水路を利用できるところは利用する。


掘った土は道や堤、防御用の低い盛土へ回す。


「出入口は?」


「絞る」


街道が兵庫津へ入る主要地点に詰門を置く。


普段は商人、荷車、旅人を通す。


だが敵襲時には閉じる。


門には兵を詰めさせる場所を設ける。


「これなら秀吉のように陸から来ても、そのまま町へ雪崩れ込めん」


赤井直正が図を見ながら言った。


「一つ目の堀を越えても、もう一つある」


「ああ」


「門を攻めている間に兵を集められる」


「それが目的だ」


籠城して何か月も耐えるための城ではない。


兵庫津の守備兵と西方艦隊が動き出すまでの時間を稼ぐ防御線である。


阿波辺が腕を組んだ。


「しかし、金がかかりますぞ」


「分かっている」


少弐は平然としていた。


「中央へ申請する」


「名目は?」


「西国艦隊整備」


黒田が少し笑った。


「嘘ではありませんな」


「嘘なものか。艦隊の根拠地を守る工事だ」


造船所。


軍用蔵。


船着場。


武器庫。


兵員施設。


それらを守るための堀なのだから、立派な艦隊整備である。


ただし中央から全額を出させるつもりもなかった。


「我々からも金を出す」


少弐は言った。


「兵庫津で商いをしている者にも、無理のない範囲で協力を求める。これは少弐家の館を守る工事ではない」


図の上に広がる兵庫津を指す。


「町を守る工事だ」


皆がうなずいた。


これで新たな兵庫津の大事業が決まった。


だが少弐はまだ終わらなかった。


「それから須磨」


「まだあるので?」


松浦が言った。


「ある」


少弐は兵庫津から西へ指を動かした。


「須磨にも御用蔵を造れ」


黒田がすぐ意図を理解した。


兵庫津だけに物資を集中させれば、何かあったときにすべてを失う。


西側の須磨にも公用の蔵を置けば、兵糧、船具、武器、材木などを分散できる。


さらに兵庫津の蔵不足も多少は緩和される。


「須磨なら、西から来る船の荷を一度置くこともできますな」


「そうだ」


少弐が頷く。


「何でも兵庫津へ入れるから蔵が足りなくなる。須磨で下ろせるものは須磨で下ろす」


「御用蔵は一棟で?」


「足りなくなるだろうから、増やせるよう土地を取っておけ」


一同が顔を見合わせた。


兵庫津で何度も聞いた言葉だった。


――足りない。


蔵が足りない。


船台が足りない。


宿が足りない。


会議をする場所が足りない。


人が増え、船が増え、商いが増えた結果だった。


少弐は改めて図面を眺めた。


清盛館は残る。


だが、その周囲には集会場、応接所、湯殿、武器庫が建つ。


港を見渡す望楼が立つ。


そのさらに外側では、兵庫津そのものを囲む二重の海水堀が掘られる。


街道口には詰門。


西の須磨には新しい御用蔵。


黒田がぽつりと言った。


「殿」


「なんだ」


「これを世間では城下と申すのでは?」


「違う」


少弐は即答した。


「兵庫津だ」


赤井甚兵衛が笑った。


「二重堀がありますぞ」


「秀吉が来たからだ」


「武器庫もあります」


「港を守るためだ」


「望楼も」


「船を見るためだ」


「門には兵を詰める」


「治安のためでもある」


とうとう赤井直正まで笑い始めた。


少弐だけは真面目だった。


「石垣は造らん。城主も置かん。清盛館も本丸にはしない。ここは商人と船乗りが出入りする港だ」


そして少し間を置いた。


「ただし――」


夢野の方向を見る。


「二度と、敵に何の備えもなく兵庫津まで歩いて来させるつもりはない」


今度は誰も笑わなかった。


二月の戦いを経験した者には、その意味がよく分かっていた。


こうして十二月。


急成長を続ける兵庫津で、また新しい普請が始まることになった。


城を築くためではない。


町を広げ、港を働かせ、そして――その町を守るための普請だった。

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