西国の海を結んで――厳島からの帰還
こうして周防を発った少弐冬明たちは、再び厳島へ戻ってきた。
美保へ向かう前にも滞在した島である。
だが、同じ厳島へ戻ってきても、少弐の手元にあるものは出発した時とはまるで違っていた。
美保で集めた品。
商人たちから聞き取った航路。
仏谷寺で聞いた、隠岐へ渡った帝たちの話。
温泉津の港の記録。
石見銀山で見た鉱石と加工品。
採掘や製錬についての聞き書き。
出雲大社で集めた神々と土地の伝承。
吉川元春から預かった『太平記』の不足箇所と注釈書の目録。
朝鮮や北方の軍記物を探してほしいという頼み。
そして周防では、岩国周辺の蛇にまつわる伝承まで増えた。
さらに小早川隆景からは、普段使いの硯や筆、異国の刀、異国の弓を探してほしいという注文まで受けている。
少弐が小早川の船へ載せてもらっていた箱が、一つずつ降ろされた。
「こちらは清盛館へ」
「これは海図と一緒にしてください」
「銀山のものは割れぬように」
少弐は自分で荷札を確認していった。
そして小早川の船から、もともと少弐たちが使っていた船へと積み替えてゆく。
ようやく自分たちの船へ戻ってきた。
少弐は荷の移し替えが終わると、隆景へ頭を下げた。
「ずいぶん積ませてしまいました」
「本当にずいぶんでしたな」
「一つ一つは少量だったのですが」
「まだ言われますか」
隆景が笑った。
少弐も笑った。
だが、すぐに出航とはならなかった。
風を待つ必要があった。
そこで少弐たちは、再び厳島神社の世話になりながら数日を過ごすことにした。
少弐にとっては、むしろありがたい時間だった。
厳島を発ってから書きためた帳面を取り出し、記録を整理する。
往路で作り始めた模型地図にも手を加えた。
関門。
美保。
出雲。
温泉津。
石見。
周防。
今度は実際に自分が通った航路として、それぞれがつながっている。
厳島で風を待つ数日は、その線を整理する時間になった。
そして、毛利元就にも旅の成果を報告した。
「美保は面白い港でした」
少弐はまずそこから話した。
どこの商人が来るのか。
何を運ぶのか。
どの港と結ばれているのか。
美保で温泉津の名を聞いたため、実際に温泉津へ行ってみたこと。
その背後にある石見銀山まで足を延ばしたこと。
元就は黙って聞いていた。
「それから出雲大社へ」
少弐が言う。
「ずいぶん話を聞かせていただきました」
「今の出雲の話もか」
元就が尋ねる。
少弐は首を振った。
「いいえ」
「聞かなかったのか」
「まだ早いでしょう」
少弐は笑った。
「神々の話ばかり聞いてきました」
元就は少弐の顔を見た。
隣にいた隆景が苦笑する。
「父上。この方は、聞きたいからこそ聞かぬのだそうです」
元就は一瞬黙り、それから笑った。
「なるほど」
それ以上は聞かなかった。
少弐は吉川元春から頼まれたものについても話した。
『太平記』の欠けた箇所。
まだ持っていない注釈。
朝鮮や北方の軍記。
すると元就は、
「元春らしい」
とだけ言った。
「できる範囲で探してみます」
「無理をせずともよい」
「私も面白そうなので」
その答えに、元就はまた笑った。
一方で隆景の頼みについては、本人が少し気まずそうな顔をした。
「隆景殿からも御用向きを承りました」
「言わずともよいでしょう」
「硯と筆、それから異国の刀と――」
「少弐殿」
元就が笑い出した。
「元春だけではなかったか」
隆景は諦めたように茶を飲んだ。
こうして旅の報告は、堅苦しいものではなくなった。
少弐は自分の見たものを話した。
元就は時折質問した。
隆景が横から補った。
海の話になれば、船の動きを図にして説明した。
銀山の話になれば、採掘について聞いたことを帳面から読み上げた。
大社の話になれば、少弐は神話の話を始めた。
それだけで半日が過ぎた。
そして、風が整った。
出航の朝。
少弐は小早川隆景とともに、改めて厳島神社へ参った。
ここから旅を始めた。
関門を抜けた。
美保へ行った。
出雲へ行った。
石見を見た。
周防を回った。
そして誰一人欠けることなく、またここへ戻ってきた。
二人は旅の無事を感謝した。
少弐は長い願い事をしなかった。
ただ、無事に海を回れたことへの礼をした。
神前を離れると、隆景が言った。
「次に来られる時は、また荷が増えているのでしょうな」
「隆景殿の頼まれ物を持ってくるのですから、仕方ありません」
「私のせいになりましたか」
「半分くらいは」
「兄上の本もある」
「大社への品も増えるでしょう」
「では父上にも何か」
「これ以上増やさないでください」
二人は笑った。
港では、すでに出航の支度が進んでいた。
イネスたちも船へ戻っている。
少弐が集めた箱も積まれた。
清盛館へ入れる品々。
海図。
模型。
帳面。
聞き書き。
そして、まだ果たしていない頼まれ事の目録。
少弐は船へ乗り込む前に、一度だけ厳島を振り返った。
今回の旅で手に入れた一番大きなものは、箱の中には入っていない。
美保へ行けば、話を聞ける人ができた。
出雲大社には、また訪ねる理由ができた。
吉川元春からは、
また来てほしい
と言われた。
小早川隆景からは、私室へ通されて頼み事を預かった。
そして厳島へ戻れば、毛利元就に旅の続きを話すことができる。
港と港を結んだだけではなかった。
人と人の間にも、細い航路のようなものができていた。
少弐は船へ乗った。
やがて帆が上がる。
風を受け、船が厳島を離れてゆく。
少弐とイネスたちは、兵庫津へ帰っていった。
船倉には西国各地から集めた資料がある。
そしてその先、兵庫津の清盛館には、それらを収める場所が待っている。
今回引いた海図の線は、これで終わりではない。
いつか再び、
この線をたどって西へ来る。
そのための縁まで結んで、少弐冬明の西国の旅はひとまず幕を閉じた。




