湯の湧く港、銀の眠る山――温泉津から石見銀山へ
美保での記録を終えると、少弐冬明たちは再び船に乗った。
進路は西。
次に目指したのは、石見の温泉津だった。
美保の商人たちを調べている最中、この名は何度も帳面に現れていた。
温泉津で仕入れた。
温泉津から来た船が運んできた。
石見の品だが温泉津で積んだ。
ならば、実際にその港を見てみよう。
少弐にとっては自然な成り行きだった。
やがて石見の海岸へ入り、港へ近づく。
小早川隆景の船が停泊すると、少弐は美保でしたのとほとんど同じことを始めた。
「どこから来られた?」
「長門からでございます」
「積荷は?」
「塩と米、それから――」
帳面が開かれる。
船の出身地。
積荷。
寄港地。
温泉津で降ろすもの。
代わりに積んでいくもの。
銀山へ向かう荷なのか、それとも港町で消費されるものなのか。
反対に石見から外へ出ていくものは何なのか。
美保と同じ質問をしているようで、見えてくるものは違った。
美保は各地の海産物や品々が集まる港だった。
こちらでは、その背後に大きな山がある。
石見銀山。
港で動いている荷の中に、銀山の存在がちらついていた。
食料。
木材。
炭。
道具。
衣類。
さまざまな物が、人の集まる山へ吸い込まれていく。
「港だけ見ても、山が見えるな」
少弐は帳面にそう書いた。
ところが、しばらく歩いているうちに別のことが気になった。
「……ところで」
少弐が案内の者を呼び止める。
「はい」
「なぜ、ここは温泉津というのです?」
相手が少し不思議そうな顔をした。
「温泉があるからでございますが」
「やはりそうか」
少弐は妙に嬉しそうだった。
「いや、字を見ればそうなのですがね。あまりにそのままなので、本当にそうなのかと思いまして」
湯の湧くところに港――津――がある。
だから温泉津。
少弐は土地に伝わる温泉発見の由来や、昔から湯治に人が訪れていたという話まで聞き始めた。
「船乗りも入る?」
「もちろん」
「銀山の者も?」
「参ります」
「旅人も?」
「ええ」
少弐は笑った。
「それはよい町だ」
港で働いた者も、山から下りてきた者も、旅人も同じ湯へ入る。
少弐は湯の場所や町との位置関係まで簡単に記録した。
清盛館へ入れる温泉津の記録には、交易品だけではなく、
港・温泉・銀山の三つが結びついた町
として残すことにした。
そして翌日。
少弐は港から内陸へ向かった。
目的地は石見銀山である。
山へ近づくにつれて、少弐の質問はさらに細かくなった。
採掘に携わる者を見つければ、坑道について聞く。
「銀はどうやって見つけるのです?」
岩肌を見るのか。
鉱脈を追うのか。
どのように穴を延ばすのか。
どれほどの人数で掘るのか。
灯りはどうするのか。
水が出たらどうする。
掘り出した鉱石をどうやって地上へ運ぶ。
そして、どこで選り分ける。
少弐は坑口を覗き込みながら質問を続けた。
「横へ掘るのですか」
「鉱脈次第でございます」
「では銀の筋が下へ向かえば?」
「追って下ります」
「上へ行けば?」
「上へ」
「つまり山を掘るというより、銀を追いかけているのか」
その言い方に、山の者が笑った。
少弐は笑われても気にしない。
むしろそのまま帳面へ、
山を掘るにあらず、鉱脈を追う
と書いた。
次に聞いたのは、さらに答えにくいことだった。
「ところで、この山にはあとどれくらい銀があります?」
案内していた者が困った。
小早川隆景が横から少弐を見る。
「それが分かれば苦労はありますまい」
「やはり?」
少弐も笑った。
それでも引き下がらない。
現在掘っている場所。
以前よく採れた場所。
新しく鉱脈が見つかった場所。
昔より深く掘るようになったのか。
一つの坑道が尽きても別の場所で見つかることがあるのか。
そうした話を一つずつ聞いた。
もちろん、山全体にどれほどの銀が眠っているのかなど、誰にも正確には分からない。
だから少弐も数字を作ることはしなかった。
代わりに、
「埋蔵総量、知る者なし」
と大きく記した。
その下へ、現在の採掘状況や鉱脈について聞いた話を並べていった。
「分からないということも、記録です」
少弐はそう言った。
さらに彼が興味を持ったのは、掘り出された銀がどのように商品になるかだった。
鉱石のままでは銀ではない。
砕く。
選ぶ。
製錬する。
そして銀として取り出す。
その工程を可能な限り見せてもらい、使われている道具についても尋ねた。
小早川隆景は途中から、少弐が何をしようとしているのか分かってきた。
「清盛館ですか」
「ええ」
即答だった。
「鉱石そのものも少量欲しいのですが、せっかくなら加工されたものも欲しい」
そこで少弐は銀山周辺や温泉津で手に入る銀を用いた加工品を探した。
豪奢な品を集めたいわけではない。
銀が採れ、それが人の手を経て品物になる。
その最後の姿が欲しいのである。
小さな銀製品や銀を用いた細工物など、由来の確かなものを選んで買い求めた。
それぞれに記録を付ける。
石見銀山産の銀を用いたとの売人談。
購入地。
価格。
用途。
確証のないものには、やはり「伝聞」と書いた。
隆景はそれを眺めながら尋ねた。
「銀そのものを買った方が分かりやすいのでは?」
「それも欲しいですよ」
少弐は答えた。
「でも鉱石だけでは山の資料でしょう」
加工品を一つ持ち上げる。
「これがあれば、人が山から銀を掘り、それを使えるものに変え、売っているところまで残せる」
そして帳面を指した。
そこには温泉津で調べた船と商品の流れが書かれている。
「さらに港の記録があれば、その品がどこへ運ばれていくかまでつながる」
隆景はしばらくそれを見ていた。
美保では港を調べた。
温泉津では港から山を見た。
石見銀山では、山の中から港へ戻っていく品物の流れを見ている。
すべてが一本につながっていた。
帰り道、少弐は山を振り返った。
「面白かった」
「銀ですか?」
「全部です」
少弐は答えた。
「銀だけ見たら、ただの高価な金属でしょう。でも掘る人がいて、炭を運ぶ人がいて、食べ物を山へ持ってくる人がいる。加工する人がいて、それを温泉津まで運ぶ人がいる。そこから船に積む人がいる」
そして海の方角を指した。
「その船が美保にも来る」
美保で聞いた「温泉津」という一つの地名。
その言葉を追って実際に来てみれば、港があり、湯があり、その背後には巨大な銀山があった。
少弐は新しい荷札を書いた。
清盛館納
石見国温泉津・銀山諸資料
その箱には加工品だけでなく、鉱石の見本、採掘についての聞き書き、製錬についての記録、温泉津で調べた商人と船の一覧も一緒に収めることにした。
そして最後に少弐は、海図の温泉津と美保の間へ一本の線を引いた。
美保で見つけた流れを遡り、温泉津へ。
温泉津からさらに遡り、石見銀山へ。
今度は逆に、銀山から港へ。
港から海へ。
少弐の海図は、少しずつ単なる海岸線の図ではなくなっていた。
人と物が動く地図になり始めていた。




