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厳島待客――老虎と煙を分かつ

毛利元就との話がまとまると、少弐冬明はそのまま厳島に留まることになった。

案内役を命じられた小早川隆景は、すぐに来られるわけではない。

周防を預かる身であり、留守の間の差配を済ませ、護衛や旅の準備を整えてから厳島へ向かう。

「隆景が来るまで、ここにおればよい」

元就がそう言ってくれたので、少弐はありがたく甘えることにした。

そして待つ場所として選んだのが、厳島だった。

少弐はじっとしていなかった。

朝になると、イネスを連れて神職のところへ顔を出した。

「昨日の続きを聞かせてもらえませんか」

「まだ聞かれますか」

「まだありますよね?」

神職が苦笑する。

少弐が知りたがったのは、社殿の由緒だけではない。

厳島神社に祀られる三女神の話。

島そのものが神聖な場所として扱われてきたこと。

海上から社へ参る者たちのこと。

平清盛と厳島との縁。

平家が栄えたころの話。

海を渡る武家や商人が、どのように厳島を敬ってきたのか。

さらに少弐の質問は、次第に土地の昔話へ広がっていった。

「この辺りに龍の話は?」

「ございますな」

「大蛇は?」

「それもあります」

「海から何か大きなものが来た話は?」

イネスが横から言う。

「またそれですか」

「似た話が各地にあるか確かめたいんだ」

北方でもそうだった。

同じような話でも、土地によって少しずつ形が違う。

海の神。

山の神。

巨大な魚。

蛇。

龍。

戦で死んだ者。

海へ消えた者。

少弐は由来が分からなくても記録させた。

「本当かどうかは後で考えればいい。まず残す」

イネスは慣れたもので、聞いた場所と語った人物まで添えて書き留めていった。

午後になると、今度は少弐自身が妙なものを作り始めた。

北方探訪の際に使った模型図を思い出したのである。

木片。

厚紙。

粘土。

紐。

墨。

手に入るものを集めた。

山を盛り上げる。

川を紐で表す。

海岸線を描く。

分からないところは作らない。

安芸。

周防。

長門。

そして関門。

反対側には石見、出雲、伯耆。

「筑前守殿」

声をかけられた。

少弐が振り返る。

元就だった。

「何をしておる」

「地図を作っています」

「地図?」

元就が覗き込む。

「……山ではないか」

「立体にすると分かりやすいんです」

元就の目が細くなる。

少弐は気づかず説明する。

「ここが安芸。こちらが周防。この辺が長門。ここを抜ければ日本海ですよね」

「…………」

「でも山陰側はまだよく分からないので、空けています」

元就はしばらく模型を見た。

そして一言。

「城へ入れるなと言っておいて正解だったな」

少弐は笑った。

「城は作りませんよ」

「そういう意味ではない」

隆景を待つ数日の間、元就自身も意外なほど少弐の相手をしてくれた。

七十七歳。

この世界ではなお健在とはいえ、元就が自ら軍勢を率いて飛び回る時代ではない。

少弐も遠慮なく話を聞いた。

夕方。

海を眺められる場所へ座り、二人で話す。

少弐がキセルを取り出した。

「酒は駄目だと聞いていますから」

元就が見る。

「誰からそこまで聞いた」

「いろいろです」

「恐ろしい男だな」

「でも、こちらなら少しくらいは」

少弐が煙草を勧める。

元就は少し迷ったが、受け取った。

火をつける。

煙がゆっくり上がった。

「どうです?」

「悪くない」

「でしょう」

そこから少弐は、また聞き始めた。

「元就公」

「今度はなんだ」

「一番苦労した戦は?」

元就が笑う。

「また戦の話か」

「聞ける人から聞いておきたいんです」

少弐は遠慮しない。

若いころの毛利家。

周囲を大勢力に囲まれていた時代。

家中をまとめる苦労。

国人たちとの関係。

戦えばよいというものではなかったこと。

勝った後のほうが難しかった戦。

裏切った者をどう扱うか。

昨日まで敵だった者をどう家中へ組み込むか。

少弐が特に食いついたのは、華々しい勝利ではなかった。

「そのとき兵糧は?」

「そこを聞くのか」

「戦が長引いたら困るでしょう」

別の話では、

「降った者の家臣はどうしました?」

「そこまで聞くか」

さらに、

「領地を取ったあと、元からいた商人は?」

元就が呆れる。

「戦の話を聞きたいのではなかったのか」

「戦の後も戦でしょう」

元就は少弐を見た。

そして笑った。

「なるほどな」

少弐が聞きたかったのは、勝ち方だけではない。

勝ったあと、どうやって国を壊さず治めたのか。

むしろそちらだった。

元就も次第に話すようになった。

戦より難しかった家中の調整。

一族同士の利害。

寺社。

国人。

商人。

海の者たち。

誰かを立てれば誰かが不満を持つ。

強く締めれば反発する。

緩めすぎればまとまらない。

「国を取るより、持っておるほうが面倒だ」

元就が煙を吐く。

少弐もキセルをふかした。

「氏治公も似たようなことを言います」

「小田殿もか」

「皆が勝手に仕事を増やすって」

「それは家臣のせいではないか」

「私も怒られます」

「そなたは増やす側であろう」

少弐は否定できなかった。

日が落ちても話は続いた。

少弐は時折質問し、元就が答える。

そして話が逸れる。

昔の失敗。

死んでいった家臣。

思い通りにならなかった息子たち。

少弐は聞いた。

「隆元殿は、どんな方だったんです?」

そこで元就が少し黙った。

長男、隆元。

すでにこの世にはいない。

元就は海を眺めたまま、しばらく昔の話をした。

少弐は途中から質問しなくなった。

ただキセルをふかしながら聞いていた。

やがて元就が少弐を見る。

三十四歳の少弐と七十七歳の元就。

年はまるで違う。

顔も違う。

性格も違う。

少弐は好奇心のままどこへでも首を突っ込む。

隆元とは似ても似つかない。

それでも元就は、不意に笑った。

「おかしなものだ」

「何がです?」

「そなたとこうしておると……隆元と過ごしておるような気になる」

少弐が少し驚いた。

「私、隆元殿に似ています?」

「いや」

即答だった。

「顔も違う」

「はい」

「性格も違う」

「はい」

「年も違う」

「では全然似ていないじゃないですか」

元就が笑った。

「そうなのだがな」

理由をうまく説明できない。

息子が隣に座り、

あれはどうだった。

これはどうした。

なぜそうした。

と尋ねてくる。

父が昔の話をする。

息子が聞く。

たまに意見を言う。

そして二人で煙を眺める。

その時間そのものが、どこか懐かしかった。

元就はキセルを置いた。

「似ておらぬから、不思議なのだ」

少弐もそれ以上は尋ねなかった。

「では、隆景殿が来るまで」

新しい煙草を取り出す。

「もう少し昔話に付き合ってください」

元就は笑った。

「そなた、わしから全部聞き出すつもりか」

「聞けるうちに聞いておきたいので」

「まだ死なんぞ」

「だから今聞いているんです」

元就は声を上げて笑った。

厳島の海に夜が降りていく。

その傍らでは、少弐が作りかけた中国地方の模型図が置かれていた。

そして小早川隆景が到着するまでの数日間。

少弐は七十七歳の老将から、

戦の勝ち方ではなく、

戦いながら家を残し、人をまとめ、国を治め続けることの難しさを聞き続けた。

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