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吉田の縁――頼んだ相手が大きすぎた

天正元年九月末。


少弐冬明の商いは、本人の予想を越えて広がり始めていた。


近衛家へ香や異国の調度を入れる。


鷹司家へ北方の毛皮や鷹を届ける。


すると、それを見た公家や武家から、


「同じものはないか」


「もっと変わったものはないか」


と神戸へ問い合わせが来る。


北方、朝鮮、琉球、瀬戸内、南蛮。


品を集める道筋そのものは、すでにある。


問題は別だった。


「……三人では無理だな」


清盛館で注文帳を眺めながら、少弐は呟いた。


実際にこの妙な商売を回しているのは、少弐、渡辺、シレトクを中心とするわずかな人間だった。


だが少弐は西方艦隊と中国方面を預かる身である。


渡辺にも本来の仕事がある。


シレトクは北方との人脈では頼りになるが、京の公家や寺社を一軒ずつ回らせる男ではない。


何より、少弐自身が神戸から京へ毎度出向いていたのでは、いつまで経っても規模を広げられない。


「品を売る人間じゃないんだ」


少弐は考えた。


必要なのは、


誰が何を欲しがっているのかを知る人間。


では、公家、武家、商人が自然に集まる場所はどこか。


少弐は山城と大和の地図を眺めた。


答えはすぐに出た。


「寺社仏閣だ」


寺には公家が来る。


武家も来る。


商人も来る。


茶もある。


香もある。


法会もある。


相談事もある。


人を紹介することもあれば、密談の場所になることさえある。


しかも僧侶同士の縁は、一つの寺だけでは終わらない。


山城から大和へ。


大和から近江へ。


さらに紀伊や摂津へ。


そこで少弐は、以前の縁を一つ思い出した。


「吉田兄弟がいたな」


以前、ライラが伊丹で剣友会へ参加した際、その調整に二月ほど付き合ってくれた兄弟である。


山城の吉田兄弟。


剣友会の参加者との取次から日取り、紹介まで、細かなところをよく動いてくれた。


付き合いは二月ほどだったが、人柄も分かっている。


少弐としては、


「山城に顔の利く知人がいる」


くらいの気持ちだった。


そこで久しぶりに書状を送り、二人と会うことにした。



---


「これは筑前守殿。お久しゅうございます」


「ご無沙汰しております」


久しぶりに顔を合わせた兄弟は、以前と変わらなかった。


「今日はライラ殿の剣の話ですかな」


「いや、今日は私の商売の話です」


「商売?」


二人が顔を見合わせる。


少弐は事情を説明した。


神戸へ各地の珍品が集まるようになったこと。


近衛家と鷹司家へ品を入れたところ、それを見た公家たちから注文が増え始めたこと。


しかし神戸側には、京や大和で誰が何を求めているのかを探る人間が足りないこと。


「ですから、二人に相談したいんです」


兄が尋ねた。


「我らに品を売れと?」


「違います」


少弐は首を振った。


「売らなくていいんです」


「では何を?」


「聞いてほしい」


兄弟が少し不思議そうな顔をする。


「寺などで話をしていて、公家や武家が何を欲しがっているか。それを聞いてほしいんです」


近衛家の香を見て興味を持った者がいる。


鷹司家の毛皮を羨ましがっている者がいる。


変わった茶器を探している者がいる。


異国の刀を欲しがる武家がいる。


そういう話を拾って、神戸へ知らせる。


「押し売りはしません」


少弐は言った。


「欲しい人がいると分かってから、こちらで探します」


弟が頷いた。


「なるほど」


「それから、逆もお願いします」


「逆?」


「変なものを見つけたら知らせてほしい」


「変なものとは」


「何でも」


少弐は真顔だった。


「古い壺。妙な焼物。珍しい香。変わった細工物。どこのものか分からない器でもいい」


「値打ちのあるものですか?」


「値打ちがあるか分からないもののほうが面白い」


松永久秀へ渡した須恵器のことを思い出す。


「最近、港を掘って出てきた割れた壺を欲しがった人がいましてね」


「それは……」


「世の中には色々な人がいるんです」


松永久秀とは言わなかった。


そして少弐は本題を切り出した。


「二人だけでやってほしいわけではありません」


山城だけでも広い。


大和まで含めれば、とても二人では足りない。


「寺社に顔の利く人を紹介してもらえませんか」


公家と話せる僧。


武家と付き合いのある僧。


茶や香に詳しい僧。


商人と交流のある者。


各地を歩く者。


そういう者を少しずつ紹介してほしい。


神戸が旅費や謝礼を出す。


その代わり月に一度でも、


誰が何を欲しがっているか。


何が流行っているか。


何が足りないか。


何か珍しいものはなかったか。


それを知らせてもらう。


少弐としては、十人も集まれば上出来だと思っていた。


ところが兄弟は少し考えた後、


「それなら、父に話してみましょう」


と言った。


少弐は軽く頷いた。


「それは助かります」


そして何気なく尋ねた。


「お父上は、そういうことに顔が利くのですか」


兄弟が少し不思議そうな顔をした。


「父をご存じありませんでしたか」


「え?」


「吉田兼右にございます」


少弐の動きが止まった。


「…………吉田?」


「はい」


そこでようやく少弐は、自分が誰に頼み事をしていたのか理解した。


吉田家。


卜部氏の流れを汲み、吉田神社を中心として朝廷・公家社会とも深く結びつく神道家。


その当主級の人物に話が通る。


少弐はしばらく黙った。


「……私」


兄弟を見る。


「ずいぶん大きなところに頼んでしまいました?」


兄が笑った。


「今さらでございますか」


「二月も付き合っていたのに、そこまで聞いてなかった」


弟まで笑い始めた。


少弐としては、


昔世話になった、山城に顔の利く兄弟


へ相談しただけだった。


ところが、その父へ話が通れば事情が変わる。


吉田家から直接命令して僧侶を営業に使うという話ではない。


だが、


「神戸の筑前守が、各地の珍品や需要について話を聞きたがっている」


と吉田家の縁から伝わるだけでいい。


神職。


僧侶。


公家。


文化人。


寺社へ出入りする商人。


それぞれの知己へ話が伸びていく。


少弐が一人ずつ探すのとは、規模が違った。


兄が少弐へ尋ねた。


「どれほどの範囲をお考えでした?」


少弐は正直に答えた。


「山城と大和で……十人くらい協力してくれたらありがたいな、と」


兄弟が顔を見合わせた。


「十人」


「はい」


「それだけでよろしいので?」


少弐は嫌な予感がした。


「……もっと集まります?」


兄は笑った。


「父に相談してみなければ分かりませぬが」


少し間を置いて、


「筑前守殿がお考えになっているよりは、話を広げられるかと」


少弐は頭を掻いた。


「これは……まずいな」


「なぜです」


「商売の手が足りないから人を紹介してくれと頼みに来たのに」


少弐も笑った。


「今度は、紹介される人数を神戸で捌けるか心配になってきた」


兄弟も笑った。


こうして少弐は、ライラの剣友会で偶然できた二月ほどの縁を頼った。


本人としては、山城と大和に十人ほどの協力者を得られれば十分だった。


ところが頼った吉田兄弟の背後には、吉田家が持つ巨大な宗教・公家社会への人脈があった。


少弐が欲しかったのは、山城と大和に置く数組の「耳」にすぎない。


だが思いがけず、その頼みは――


京の寺社と公家社会へ広がる、大きな網の入口を叩いてしまったのである。

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