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好きな城を選んでくだされ

天正元年九月末。


神戸の港湾工事で掘り出された古い器の修復が、ようやく終わった。


少弐冬明は清盛館で一つずつ確認した。


灰黒色の肌。


長く土中に眠っていたため、ところどころに変色もある。


今の備前とも瀬戸とも違う。


少弐には、それが古い須恵器であることは分かっていた。


完全な形で出たものも残してある。


そして割れていたものも、職人に頼んで接いでもらった。


ただし、今回は金も銀も使わせなかった。


松永久秀が興味を示していた少弐所有の銀接ぎ備前とは、あえて違う趣向にしたのである。


割れ目を消さない。


しかし飾りもしない。


土や漆などを使って可能な限り自然に接ぎ、器本来の灰色の肌を邪魔しないよう仕上げさせた。


少弐はそれを手に取った。


「……これは好きそうだな」


とはいえ、須恵器だけ持っていくのも心許ない。


松永ほどの茶器好きに、


――これ一つだけです。


というのも芸がない。


そこで朝鮮から入った茶碗や瓶。


中国から来た磁器。


青白い釉のもの。


絵付けの美しいもの。


形の整ったもの。


それらも数点選ばせた。


いずれも相応の品だった。


「まあ、こっちのほうが高いんだがな」


少弐はそう言って笑った。


数日後。


少弐は品々を携えて、淡路の松永久秀を訪ねた。


久秀は待っていた。


本当に待っていたらしい。


少弐が到着すると、挨拶もそこそこに、


「持ってきたか」


と聞いてきた。


「何をでしょう」


「とぼけるな」


「仕事の話では?」


「後でよい」


少弐は笑った。


「久通殿には?」


「今日はおらぬ」


「都合がよすぎませんか」


「偶然だ」


怪しい。


だが少弐も今回は楽しみにしていた。


座敷に布を敷き、持参した品を一つずつ並べていく。


まず朝鮮の器。


久秀の表情が変わる。


手に取る。


指で縁をなぞる。


底を見る。


ひっくり返す。


「ほう」


次は中国の器。


こちらも念入りに眺める。


光へ透かし、絵付けを見る。


少弐は黙って待った。


久秀はしばらく二つを見比べ、


「美しい」


と言った。


「でしょう」


「これは買おう」


少弐は少し驚いた。


「早いですね」


「よいものはよい」


久秀はもう一度、中国の器を見る。


「某も目利きを自負しておるが、これがどこの窯の何という者の作かまで言えと言われれば分からぬ」


朝鮮のものも見る。


「こちらも面白い」


「では成功ですか」


少弐が聞くと、久秀は首を傾けた。


「いや」


「違うんですか」


「美しいのだ」


「それの何が悪いんです」


「美しいから困る」


少弐には意味が分からない。


久秀は説明した。


「これを茶会で出せば皆が褒めよう」


――見事ですな。


――美しい。


――よい焼物ですな。


そうなる。


「それで終わりだ」


久秀は少し不満そうだった。


「常人の美意識の範疇にある」


少弐が笑い始めた。


「十分じゃないですか」


「某が欲しいのは、皆が一度黙るものだ」


「面倒な人ですね」


「それでもこれは買う」


「買うんですか」


「美しいからな」


結局買うのである。


少弐は呆れながら、最後の包みへ手を伸ばした。


「では、これは?」


布を取った。


灰色の器が現れる。


久秀が止まった。


先ほどまでとは明らかに違った。


「…………」


少弐は何も言わない。


久秀が手を伸ばす。


持ち上げた。


重さを確かめる。


ひっくり返す。


底を見る。


胴を見る。


そして割れていた箇所。


そこには金もない。


銀もない。


古い器の色を邪魔しないよう、自然に接がれている。


久秀の指がその線をゆっくりなぞった。


「筑前守殿」


「はい」


「これは?」


「神戸です」


久秀が顔を上げる。


「神戸?」


「港を掘っていたら出ました」


「買ったのではないのか」


「掘りました」


「どこの窯だ」


「分かりません」


「作者は」


「分かりません」


「いつのものだ」


「相当古いでしょうね」


久秀はもう一度器を見る。


「何に使っていた」


「それも分かりません」


沈黙。


久秀の顔が次第に笑い始めた。


「……よい」


少弐にも分かった。


当たった。


「これでしょう?」


「これだ」


久秀は器を置かない。


「金で継がなかったのか」


「ええ」


「銀も?」


「使っていません」


「なぜだ」


少弐は答えた。


「この器には、そのほうが似合うと思ったので」


久秀が少弐を見る。


それから再び器を見る。


灰色の焼肌。


わずかな歪み。


長く土中に眠っていた痕。


そして割れた歴史を隠さず、それでいて華美に飾ることもなく接がれた線。


久秀はとうとう笑った。


「筑前守殿」


「はい」


「以前の約束を覚えておられるか」


嫌な予感がした。


「何でしたっけ」


「見たことのないものなら城と交換すると申した」


「いやいやいや」


久秀は立ち上がった。


「少々待たれよ」


「松永殿?」


久秀は隣室へ消えた。


やがて戻ってくる。


手には地図を持っていた。


嫌な予感しかしない。


久秀は地図を座敷いっぱいに広げた。


そして須恵器を大事そうに片手で持ったまま、


「さあ」


と言った。


「何が、さあ、です」


久秀は地図を指した。


「好きな城を選んでくだされ」


少弐は久秀を見る。


「本気ですか」


「某は約束を違えぬ」


「茶器ですよ」


「某にとってはな」


久秀は須恵器を持ち上げた。


「この城どもより、こちらが面白い」


「領民に聞かせないでくださいよ」


「では筑前守殿。どこがよい?」


「選びません」


「遠慮なさるな」


「遠慮じゃありません」


「なら二城でも」


「増やさないでください」


久秀は大笑いした。


少弐は頭を抱えた。


朝鮮から運んだ美しい器。


中国から来た上等な磁器。


それらも久秀は買った。


値も相応につけた。


だが、それらは久秀にとって、


美しいものだった。


対して神戸の泥の中から掘り出された古い須恵器は違った。


誰が作ったか分からない。


どこで焼いたか分からない。


何百年前のものかも分からない。


そして一度割れ、名もない職人の手によって静かに接がれた。


それこそが松永久秀の求めていた、


見た者が一度黙る器


だった。


少弐は地図を畳もうとする。


久秀が押さえる。


「まだ城を選んでおらぬぞ」


「いりません」


「では銭にするか」


「普通に器の代金を払ってください」


「普通の値など付けられるものか」


「だったら私が決めます」


「いくらだ」


少弐は少し考えた。


そして笑った。


「次に変なものを見つけたとき、最初に松永殿へ持ってくる。それでどうです?」


久秀は須恵器を抱えたまま考えた。


やがて、


「……それは某に有利すぎぬか?」


「城よりましです」


二人は顔を見合わせた。


そして笑った。


こうして松永久秀は、朝鮮と中国の美しい茶器を買い求め――


それ以上に、


神戸の港の土中から現れた名もなき古器を、城ひとつと交換しようとした。


もちろん少弐は城を受け取らなかった。


だが、この日から松永久秀の茶仲間の間で、やがて一つの奇妙な噂が流れ始めることになる。


松永が、城より惜しいという灰色の器を手に入れたらしい。

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