京から神戸へ――秋の注文
天正元年九月末。
神戸にも秋の気配が漂い始めていた。
夏の間は港に立っているだけで汗が噴き出したものだが、朝夕には海から冷たい風が入り始めている。
そして秋になると、北から待っていた品々が届いた。
まずは鷹司家への注文品だった。
ラッコの毛皮。
それを使った外套。
さらに北方から取り寄せたテンの毛皮の帽子。
そして新しい鷹。
今回は鷹だけではない。
鷹を扱えるお抱えの鷹匠も一緒だった。
少弐冬明は品を確認すると、そのまま京の鷹司家へ送らせた。
しばらくして返事が来た。
評判は上々だった。
特にラッコの毛皮を使った外套とテンの帽子は、これから寒くなる京都で実際に使ってみたいという。
だが、鷹司家からはさらに注文が付いた。
――使用人たちにも北方風の外套を揃えてみたい。
少弐はそこで少し驚いた。
ラッコほどの高級毛皮を使用人にまで配るわけではない。
そこで鷹司家から、
――鹿皮程度で構わない。
と指定があった。
とにかく暖かいもの。
そして可能なら、京風に作り直してしまうのではなく、北方で使われている形をある程度残した外套がよいという。
数も一着や二着ではない。
屋敷で働く者たちに使わせたいらしい。
ただし急ぎではなかった。
――来冬までに揃えばよい。
「一年以上あるのか」
少弐は書状を読みながら頷いた。
それなら北方の交易所へ注文を回し、鹿皮を確保して現地の仕立ても調べられる。
これは急いで高値で買い集める必要はない。
少弐は北方への注文帳へ、
鷹司家――鹿皮北方外套。来冬。使用人用。数について確認。
と記した。
一方、鷹については少々困った。
鷹司家は、新しく届いた鷹そのものには満足している。
だが当然、その先がある。
何を食わせるのか。
どれほど餌が必要なのか。
どこで飛ばせばよいのか。
京の近辺で鷹狩りに向いた場所はどこか。
季節はいつがよいのか。
さらに武家から鷹狩りへ誘われた場合、どの程度の人数と道具を用意すればよいのか。
少弐は途中まで読んで、
「……知らん」
と呟いた。
鷹を運ばせることはできる。
北方から良い鷹を探させることもできる。
しかし鷹狩りそのものの作法や京周辺の猟場となると、少弐の専門ではない。
少弐は少し考えた。
そして、
「官兵衛に任せよう」
となった。
黒田官兵衛へ書状を回す。
鷹司家から鷹について相談を受けている。
鷹匠と話し、餌の確保、飼育、京周辺の鷹場、鷹狩りの段取りまでまとめて相談に乗ってほしい。
ほとんど丸投げだった。
「俺よりは詳しいだろう」
少弐はそれで終わらせた。
ところが注文は鷹司家だけではなかった。
近衛家からも再び書状が来た。
以前送った香や北方の珍品が、武家の客との話の種として思った以上に使えるらしい。
今度の注文は、
異国の刀。
だった。
近衛家には武家の出入りが多い。
そこで武将へ贈る品として、普通の太刀や脇差ではなく、
――異国の刀剣で面白いものはないか。
という。
朝鮮。
琉球。
南蛮。
あるいはさらに遠い土地。
実用品としてだけでなく、座敷に置いて話題になるようなものがよい。
さらに近衛家は、
――せっかくなので調度品も新しくしたい。
と言い始めた。
少弐は書状を読み終えると、
「これは俺が選ぶ話ではないな」
と判断した。
刀剣。
武具。
異国風の調度。
それぞれの由来まで確認しながら揃える必要がある。
そこでこちらは渡辺へ任せた。
「近衛家からこういう注文が来ている。適当に高いものではなく、話になるものを選んでくれ」
こちらも少弐は専門家へ投げた。
少弐自身が全部を見る必要はない。
むしろ、それぞれ目利きのできる者へ任せたほうがよい。
だが本当に面白い変化が起き始めたのは、その後だった。
近衛家と鷹司家へ出入りする公家たちの間で、少しずつ噂が広がったのである。
――近衛家に変わった香がある。
――北海の獣の牙を使った小刀がある。
――鷹司家が、見たことのない毛皮の外套を手に入れた。
――北方から鷹匠まで呼んだらしい。
当然、実物を見る者もいる。
そして財力に余裕のある者は思う。
自分も欲しい。
神戸へ問い合わせが来るようになった。
近衛家へ納めたものと同じ香はないか。
鷹司家が手に入れたような北方の帽子が欲しい。
虎皮はまだあるか。
牙細工は何が作れる。
ラッコは高すぎるので、もう少し手頃な毛皮はないか。
鷹を一羽だけ手配できないか。
中には、
――近衛殿がお持ちのものと同じものを。
と、そのまま注文してくる者までいた。
少弐は最初、できる限り自分で返事をしていた。
しかし、すぐに追いつかなくなった。
そこで清盛館の一角に、京からの注文をまとめる帳面が置かれるようになった。
香。
毛皮。
牙細工。
鷹。
異国の調度。
注文主の名。
希望する品。
予算。
急ぎか否か。
紹介者。
それらを記録していく。
少弐はある日、その帳面を眺めて気づいた。
以前とは逆になっている。
最初は少弐自身が京へ行った。
虎皮を持っていった。
ラッコの外套を持っていった。
セイウチの牙を見せた。
鷹を見せた。
近衛家や鷹司家の反応を自分の目で確かめるためだった。
あのころは、
少弐が商品を持って京へ行っていた。
ところが今は違う。
少弐が京へ行かなくても、
京のほうから神戸へ注文が来る。
近衛が使う。
鷹司が使う。
それを別の公家が見る。
噂を聞いた者が神戸へ問い合わせる。
さらに、その公家の屋敷へ出入りする武家が見る。
少弐は注文帳を閉じた。
「……こういうことか」
以前、自分で言った言葉を思い出す。
高いところから流行らせればいい。
公家が欲しがる。
公家が使う。
それを見た者が欲しがる。
その種が、本当に芽を出し始めていた。
しかも神戸に集まり始めているのは、北方の商品だけではない。
朝鮮。
琉球。
西国。
南蛮。
瀬戸内。
さまざまな航路から珍しい品が入ってくる。
少弐は港を眺めた。
船が一隻入ってくる。
荷が下ろされる。
その中に、京の誰かがまだ見たことのないものがあるかもしれない。
もう少弐自身が一つ一つ抱えて京へ売り込みに行く必要はなかった。
近衛家と鷹司家が、神戸にとって最高の見本棚になっていた。
そして京の公家社会そのものが、神戸の新しい客になり始めていたのである。




