土の下から出た注文品
天正元年七月。
松永久秀が清盛館を訪れてから、まだそれほど日は経っていなかった。
少弐冬明は神戸の港にいた。
西方艦隊の管区が定まったとはいえ、神戸そのものはまだ工事の最中である。
船着場を広げる。
蔵を増やす。
荷揚げ場を整える。
大型船が接岸できる場所を確保する。
兵庫津以来の港を使いながら、その周囲をさらに掘り、埋め、道を通していた。
七月の日差しは容赦がない。
少弐は笠を被り、杖をつきながら工事を見て回っていた。
「そこはもう少し広く取れ。荷車同士がすれ違えない」
人足頭が頷く。
「蔵を増やすなら、道を後から広げるほうが面倒だ。最初から取っておこう」
そんな話をしていると、向こうから一人の人足が走ってきた。
「筑前守様」
「どうした?」
「変な壺が出ました」
少弐が振り返る。
「壺?」
「へえ。土を掘っておりますと、いくつも」
「割ったか?」
「何個かは……」
人足が気まずそうな顔をする。
少弐は怒らなかった。
港を造るために掘っているのだ。
地中に何があるかなど分からない。
「残っているものは?」
「邪魔になりますんで、出てきた石なんかと別にして積んであります」
「見せてくれ」
少弐はそのまま人足についていった。
工事現場の端に、掘り出されたものを一時的に集める場所が作られていた。
石。
古い木材。
瓦。
用途の分からない破片。
その一角に、灰色がかった焼物がいくつも置かれている。
少弐は足を止めた。
「……ほう」
しゃがみ込む。
一つ手に取った。
土を払う。
灰色。
硬い。
普段使っている陶器とは、どこか肌合いが違う。
もう一つ。
こちらは口が欠けている。
さらに奥には、形をほぼ完全に残した壺があった。
細い頸。
丸く張った胴。
長い年月を土の中で過ごしたとは思えないほど、形が整っている。
「これ、同じところから?」
「へえ」
「どのくらい出た」
「割れたのまで入れれば、結構な数で」
少弐はしばらく黙っていた。
古い。
相当に古い。
どこの窯で焼いたのかは分からない。
だが少なくとも、今の備前焼とは違う。
瀬戸とも違う。
堺で並んでいる唐物とも違う。
そこで、つい数日前に聞いた言葉が頭に蘇った。
――出どころを聞かれても、すぐには分からぬものがよい。
少弐の口元が上がった。
「……いたな」
「何がです?」
「買う人」
人足には意味が分からない。
少弐は一つずつ確認し始めた。
「これは残す」
完全なものを右へ。
「これも」
形のよいもの。
「これは……惜しいな」
胴は残っているが、口縁が少し欠けている。
左へ置く。
さらに別の壺。
こちらにはひびが入っている。
それも左。
人足頭が不思議そうに尋ねた。
「割れたものも取っておくんですか?」
「むしろ、そっちが面白い」
少弐は欠けた壺を持ち上げた。
久秀が目をつけた、少弐所有の備前焼。
あれも傷を銀で接いだものだった。
新品にはない景色がある。
ならば、この古い器も同じように直せばいい。
「捨てるなよ」
少弐は人足たちへ命じた。
「今後、この辺りを掘って壺や皿みたいなものが出たら、割れていても一か所に集めろ」
「欠片だけでも?」
「欠片だけでもだ」
「石ころみたいなものでも?」
「焼いてあると思ったら残してくれ」
人足頭が頷いた。
「分かりました」
少弐は完全な壺と欠けた壺を並べた。
完全なものには、完全なものの良さがある。
しかし久秀なら――。
少弐は欠けたほうを見る。
「こっちを先に見せるか」
人足が首を傾げる。
「割れておりますよ」
「だからいい」
少弐は笑った。
欠けた部分を接ぐ。
必要なら銀を使う。
ただし、古い焼肌を磨きすぎてはいけない。
土の中にあった時間そのものを残す。
「職人を呼んでくれ」
「焼物の?」
「いや、まず継ぎのできる者だ。欠けを隠さなくていい」
少弐は指で傷をなぞった。
「むしろ分かるように直す」
完全なものはそのまま。
欠けたものは接ぐ。
割れたものも、形が戻せるなら戻す。
そして――。
「松永殿に見せよう」
少弐は楽しそうに言った。
つい先日、
――堺でも手に入らぬもの。
――誰も産地を当てられぬもの。
――見たこともない焼物。
そんな無茶な注文を受けたばかりだった。
それを探すために朝鮮へ行く必要もなかった。
琉球でもない。
樺太でもない。
南蛮船を待つ必要さえない。
神戸の港を掘ったら出てきた。
少弐は灰色の壺をもう一度眺めた。
「産地不明」
別の壺を見る。
「作者不明」
さらに欠けた一つ。
「いつ作ったかも分からない」
条件だけなら完璧だった。
少弐は笑った。
「松永殿。これは値を付けるのが難しいぞ」
もっとも、最初から城をもらうつもりなどない。
まず一つ売ってみる。
久秀が本当に気に入るのか。
茶人たちがどう見るのか。
それを確かめればよい。
少弐は人足頭にもう一度念を押した。
「これから港を掘って、こういうものが出たら絶対に捨てるな」
「へえ」
「俺が一度見る」
「そんなに値打ちがあるんですか?」
少弐は少し考えた。
そして正直に答えた。
「分からん」
「分からないんですか」
「だから面白いんだ」
人足はますます分からないという顔をした。
少弐は気にせず、欠けた古器を抱えて立ち上がった。
数百年もの間、神戸の土の下に眠っていた須恵器。
それが港湾工事によって、再び日の光を浴びた。
そして、その最初の買い手として少弐が思い浮かべたのは、やはり一人しかいなかった。
松永久秀。
堺にないものが欲しいと言った男への最初の商品は、海の彼方からではなく――
神戸の足元から現れたのである。




