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城ひとつの茶器

清盛館での挨拶を終え、少弐冬明、松永久秀、松永久通の三人はしばらく西方管区について話していた。


淡路の港。


神戸との連絡。


紀伊との航路。


西方艦隊が出動した際、誰が後方を預かるか。


久通を連れてきた理由としては、それだけでも十分だった。


やがて話が一段落すると、久秀が息子を見た。


「久通」


「はい」


「少し席を外してくれ」


久通が父を見る。


「まだ何か?」


「ある」


「私が聞いてはならぬ話ですか」


「ならぬ」


妙にきっぱりしている。


久通は少弐を見た。


少弐にも何の話なのか分からない。


「では、港を見て参ります」


「うむ。ゆっくり見てこい」


久通が立ち去る。


襖が閉じられた。


足音が遠ざかる。


それを確認してから、久秀は少弐へ顔を寄せた。


「筑前守殿」


声が小さい。


「はい」


「これは誰にも言わんでほしい」


少弐は身構えた。


松永久秀が息子まで追い出した。


しかも秘密にしてほしいという。


織田の内情か。


三好についてか。


朝廷か。


あるいは西国諸将について何か重大な情報を掴んだのか。


少弐も声を落とした。


「承知しました」


久秀は一度、周囲を確認した。


そして言った。


「茶器が欲しい」


「…………」


少弐は久秀を見た。


「茶器?」


「茶器だ」


「そのために久通殿を?」


「倅には知られたくない」


少弐はしばらく黙っていた。


「なぜです」


「また始まったと言われる」


少弐は吹き出しかけた。


久秀は真剣だった。


「某はな、筑前守殿」


膝を少し進める。


「茶器が好きだ」


「それは存じています」


「花瓶も好きだ」


「はい」


「焼物が好きだ」


「それも聞いております」


「なら話が早い」


久秀の目が、先ほど軍議をしていたときより輝いていた。


「筑前守殿が、面白いものを持っていると聞いた」


「何でしょう」


「備前だ」


少弐の表情が変わった。


「備前焼?」


「銀で継いだものがあるそうだな」


少弐には心当たりがあった。


備前焼の渋い茶器。


派手さはない。


土の色がそのまま残ったような焼肌に傷があり、その傷を隠すのではなく、銀を使って継いである。


新品の華美さとは正反対の品だった。


「よくご存じで」


「こういう話は耳に入る」


久秀は満足そうに頷いた。


「安心せよ。それを譲れとは言わぬ」


「それならよかった」


「よかったとは何だ」


「気に入っているので」


「だから欲しくなるのだ」


「譲ってほしいと言わないという話はどこへ行ったんです」


「言わぬ。言わぬが、よいものはよい」


久秀は名残惜しそうに言った。


そして本題に入った。


「某が欲しいのは、それとは別のものだ」


「別の?」


「筑前守殿の目利きを借りたい」


少弐は少し意外だった。


久秀ほど茶器を好む男なら、自分で選びたがると思っていた。


「私の目利きですか」


「うむ」


久秀は頷いた。


「お主は妙なところへ行く」


朝鮮。


琉球。


北方。


そして各地の港。


普通の畿内武将が行かない場所へ行き、普通なら見過ごす品を拾ってくる。


「堺へ行けば、よい茶器はいくらでもある」


久秀は言った。


「だが、それでは面白くない」


「面白くない?」


「誰かが持っている」


名物なら由緒がある。


有名な茶器なら皆が知っている。


堺の目利きに聞けば、誰が持っているかまで分かる。


久秀が欲しいのは、それではなかった。


「出どころを聞かれても、すぐには分からぬものがよい」


久秀は楽しそうに言った。


「備前かと思えば違う。唐物かと思えば違う。南蛮かと思えば、それとも違う」


「ずいぶん面倒な注文ですね」


「だから筑前守殿に頼んでいる」


茶器。


花瓶。


水指。


焼物であれば、必ずしも京の茶人が認めた名物でなくていい。


むしろ、


見たことがないもの。


それが欲しい。


「茶会で出す」


久秀は笑った。


「それで皆が首を傾げる」


――これはどこの焼物だ。


――備前ではない。


――瀬戸でもない。


――唐物か。


――いや違う。


久秀はその光景を想像するだけで楽しそうだった。


「最後まで黙っておく」


「悪趣味ですねえ」


「最高ではないか」


少弐も笑った。


なるほど。


久秀が欲しいのは単なる高級品ではない。


仲間の茶人たちが知らないものを持っていたい。


そして自慢したい。


六十五歳の老人が、少年のような顔をしていた。


「値段はどうします」


少弐が尋ねる。


久秀はそこについても考えていた。


「以前、堺で天下茶会の評論をやったであろう」


「ああ」


「その折に目録を作った」


産地。


形。


大きさ。


焼き。


状態。


由緒。


似た品がいくらで取引されたか。


茶人や商人たちが評価した記録が残っている。


「近いものがあるなら、それを基準にせよ」


久秀は指を折った。


「同じ産地なら産地。同じ形なら形。状態も見る。目録に近い品があれば、それに沿って値を出せばよい」


「ずいぶんまともですね」


「金の話はまともにせねばならぬ」


久秀は当然のように答えた。


そして少し間を置く。


「ただし」


またその言葉だった。


「もし、目録にもないものを見つけたら話は別だ」


「どのくらい出します?」


久秀は即答した。


「城」


少弐は聞き返した。


「……はい?」


「城ひとつ」


久秀は平然としていた。


「城と交換してもよい」


「待ってください」


少弐が身を乗り出した。


「茶碗ですよ?」


「茶碗とは限らぬ。花瓶でもよい」


「そういう問題ではありません」


「では水指でも」


「もっと違います」


久秀は笑った。


「無論、何でも城と交換するわけではない」


堺でも見たことがない。


京の茶人も知らない。


唐物にも分類できない。


由来を聞けばさらに面白い。


そして何より、自分が一目見て欲しいと思う。


「それほどのものなら、城ひとつ惜しくない」


少弐は額に手を当てた。


「これを久通殿に聞かせたくなかった理由が分かりました」


「であろう?」


「止められるからでしょう」


「うむ」


あっさり認めた。


少弐は笑うしかなかった。


しかし同時に、頭の中ではすでにいくつもの土地が浮かんでいた。


朝鮮。


琉球。


南蛮船の寄る港。


北方交易路。


そして坂東にも、まだ京ではほとんど知られていない窯がある。


必ずしも最初から茶器として作られたものでなくてもいい。


現地では日用品として使われている器が、京へ持ってくればまったく別の価値を持つかもしれない。


少弐は久秀を見る。


「本当に私が選んでいいんですね」


「それを頼みに来た」


「変なものを持ってきますよ」


「それがよい」


「皆に笑われるかもしれません」


「某が気に入ればよい」


久秀は扇を閉じた。


「それにな」


少し悪戯っぽく笑う。


「皆に笑われた翌年、それが流行ったらもっと面白い」


少弐はとうとう声を上げて笑った。


「分かりました」


「探してくれるか」


「ええ。ただし城を本当に持ってこられても困ります」


「では城相当の銭でもよい」


「もっと困ります」


二人は笑った。


西方管区の副責任者となった松永久秀が、わざわざ息子を連れて清盛館を訪れた。


表向きは後継ぎの紹介。


それも嘘ではない。


だが本当の目的は、もっと個人的だった。


堺にもない茶器が欲しい。


誰も知らない花瓶が欲しい。


茶仲間に見せて自慢したい。


そして本当に心を奪われる一品なら、


城ひとつでも惜しくない。


少弐冬明はこの日、西方管区副責任者から最初に受けた依頼を帳面に記した。


軍船でもない。


兵糧でもない。


城攻めでもない。


ただ一言。


「松永殿――奇妙な焼物。産地問わず」


その横に少し考えてから、


「予算――要注意」


と付け加えた。

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