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蒔いた種の芽――近衛と鷹司からの注文

従五位上・筑前守という、本人にとって思いがけない官位が降りてから間もなく。


今度こそ少弐冬明が期待していたものが返ってきた。


京から二通の書状が兵庫津へ届いたのである。


一通は近衛家。


もう一通は鷹司家だった。


「今度は官位じゃないだろうな」


少弐は妙な警戒をしながら、まず近衛家からの書状を開いた。


内容を読み進めるうちに、その顔が次第に商人のものになっていく。


「……来たな」


欲しいものが、かなり具体的に書かれていた。


まずは香だった。


以前、大和の大祭で用いられたような、普通の沈香や伽羅とは少し趣の違う香が欲しい。


できれば香そのものだけではなく、それを納める香箱も趣向を凝らしたものにしてほしいという。


少弐には心当たりがあった。


北方交易で手に入る香料や樹脂、さらに鼈甲、牙、角、北方の木材などを組み合わせれば、京ではまず見ない香箱を作れる。


だが近衛家の注文はそれだけではなかった。


「なるほどなあ」


少弐は先を読んで笑った。


近衛家には武家の客も多い。


ならば武家の目を引くような調度品も欲しいというのである。


たとえば虎皮。


ただ皮を一枚敷くだけでも迫力はあるが、床几や椅子、敷物などに仕立ててもよい。


そしてセイウチの牙。


先日献上された小刀が面白かったので、今度は刀装具や置物など、武家が見て思わず手に取りたくなる品にしてほしい。


さらに鷹。


生きた鷹だけでなく、珍しい種類であれば剥製も面白い。


座敷に置いて武将と話をするとき、


――これは坂東の船が北海から持ち帰ったものだ。


そう説明できる調度が欲しいらしい。


少弐は思わず笑った。


「近衛様、使い方が分かっておられるな」


単なる珍品収集ではない。


客との話の種なのである。


虎皮を見せれば武将が食いつく。


セイウチの牙を見せれば北方の話になる。


鷹の剥製を置けば鷹狩りの話が始まる。


そこから坂東、兵庫津、蝦夷、樺太へ話題を広げられる。


そして最後には、さらに驚く一文があった。


値については相場が分からない。


ゆえに、


少弐の言い値でよい。


「……一番困るやつだな、これ」


少弐は頭を掻いた。


高くすれば儲かる。


だが高すぎれば次がない。


安すぎれば北方から命懸けで運ぶ意味がない。


しかも近衛家である。


ここで使われた品は、訪ねてきた大名や武将の目に入る。


少弐はすぐに帳面を引き寄せた。


「原価、輸送費、加工賃……それに兵庫津の取り分を乗せる。最初は欲張らんほうがいいな」


まさに少弐が最初から狙っていた商売だった。


そして、もう一通。


鷹司家の書状を開く。


こちらはさらに面白かった。


小田家との縁ができて以来、鷹司家は坂東方面との付き合いが増えていた。


それに伴って武家から鷹狩りへ誘われる機会が増えたという。


そこで、


――よい鷹があれば紹介してほしい。


ここまでは少弐にも予想できた。


しかし続きがあった。


――できれば、それを扱える鷹匠も含めて紹介してもらいたい。


「人まで来たか」


少弐は思わず膝を叩いた。


これは大きい。


鷹一羽を売って終わりではない。


鷹を運ぶ。


鷹匠を紹介する。


飼育法を教える。


餌を確保する。


必要なら新しい鷹を補充する。


継続した関係になる。


さらに鷹司家からは、まったく別の注文も入っていた。


先日献上したラッコの毛皮の外套である。


あれがたいそう洒落ていた。


京都の冬は底冷えする。


次の冬には、実際に着てみたい。


そこで同じような外套をもう一着。


さらに、


――北方の者たちは頭には何を被っているのか。


――もし面白いものがあれば、現地の姿をなるべく崩さず持ってきてほしい。


少弐の眉が上がった。


「現地風が欲しいのか」


単に毛皮を使って京風の衣服を作るのではない。


北方で実際に使われている帽子や防寒具を、その意匠ごと欲しいという。


これは少弐にとって予想外だった。


だが面白い。


室蘭、宗谷、樺太。


土地によって衣服も違う。


素材も違う。


毛皮の使い方も違う。


それを京へ持ってくれば、単なる防寒具ではなくなる。


北海の装束になる。


そして鷹司家の書状にも、最後に値について記されていた。


必要になった費用。


運送にかかった費用。


職人への支払い。


そして、


少弐冬明自身の取り分。


それらをすべて含めて値を付ければよい、と。


少弐は二通の書状を並べた。


近衛家。


鷹司家。


しばらく眺める。


「……本当に芽が出たな」


以前、自分で言った言葉を思い出した。


高いところから流行らせればよい。


公家が欲しがる。


公家が使う。


それを見た大名が欲しがる。


武家が欲しがれば商人が動く。


まだ最初の段階である。


だが近衛家はすでに、武家に見せるための北方調度を欲しがっている。


鷹司家は鷹だけでなく鷹匠まで求め、ラッコの外套からさらに北方の服飾へ興味を広げた。


少弐は帳面を開いた。


最初の頁に大きく、


近衛家


と書く。


その下へ、


香。


香箱。


虎皮。


セイウチ牙細工。


鷹の剥製。


武家向け調度。


次の頁には、


鷹司家


と書いた。


鷹。


鷹匠。


ラッコ外套。


北方帽子。


現地装束。


そして最後に小さく、


言い値。


と書いた。


少弐はその二文字をしばらく眺めた。


「……怖い言葉だな」


傍らにいた者が笑う。


「高く売れるのでしょう?」


「だから怖いんだ」


少弐は首を振った。


「一度高く売って終わる商いなら簡単だ。俺が欲しいのは十年続く値段だ」


そして筆を取った。


兵庫津だけでは揃わない。


坂東へ知らせる。


大掾にも回す。


室蘭にも伝える。


北方交易所には、今後ラッコや牙をただ原料として買い集めるだけでなく、現地でどのように加工し、どのように身につけているのかも記録させる。


鷹については新田や尾瀬の鷹場にも話を通す。


鷹匠も探さねばならない。


近衛家向けの品は、兵庫津の職人にも見せる。


牙を何に加工すれば武将が喜ぶのか。


虎皮をどう仕立てれば座敷で映えるのか。


これはもう、単なる北方交易ではなかった。


北方で採れたものを、そのまま京へ運ぶ段階から、


京で欲しがられる形へ仕立てて売る商い


へ変わろうとしていた。


少弐は二通の注文書をもう一度見た。


一月前には、自分で虎皮を担いで公家の屋敷を訪ねていた。


それを見た者たちが、今度は向こうから、


――次はこれが欲しい。


と言ってきた。


「よし」


少弐は笑った。


「今度こそ官位じゃない」


欲しかった返事が、ようやく来たのである。

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