四つの艦隊――そして坂東海軍総帥
少弐への論功が一段落すると、氏治は次の書付を広げた。
「それから艦隊を組み直す」
今まで北方と西国を中心としていた坂東の海軍を、今後は四つの艦隊へ分ける。
氏治は順に名を挙げた。
「北方艦隊、大掾幹重」
蝦夷、樺太、その先へ伸びる北方航路。
各地の商館への補給と北方交易、北の海域の警備を引き続き担当する。
「次に、北方艦隊から分けて東方艦隊を作る。これは鹿島政清」
坂東東岸と太平洋方面を受け持つ。
そして従来の西国艦隊については、
「これを引き継いで南方艦隊とする。安宅康成」
紀伊・四国から南へ向かう海域を担当する。
最後に氏治は神戸へ指を置いた。
「そして新たに西方艦隊を設ける」
そこで少弐が手を挙げた。
「それなんですが」
「なんだ」
「もう集まっています」
氏治が少弐を見る。
「……何が?」
「人と船です」
少弐は黒田に分厚い名簿を渡した。
四国を回って水軍衆を勧誘したところ、既存の水軍再編から弾かれた者、家格や一門関係のため上へ進めなかった者、新しい働き場所を求めていた現役世代が予想以上に集まってしまった。
船は関船、小早、荷船など旧式和船が中心。
大きさも装備もまちまちで、とても統一された艦隊とは呼べない。
だが人間は働ける。
「なので、もう散らしました」
「何?」
瀬戸内の警備と運搬。
洲本を中心とする紀伊・淡路間の哨戒。
神戸の水先案内、荷揚げ、卸。
対馬方面。
さらに小西屋の下請けとして琉球へ向かう者。
正式な西方艦隊発足を待たず、すでに仕事を与えていた。
「ただし足りないものだらけです」
少弐は続ける。
港。
倉庫。
造船所。
そして何より、新しい軍船。
「今ある和船はそのまま使います。でも主力にする最新の軍船が必要です」
さらに船大工、港湾役人、帳簿方、倉庫管理、砲手、通訳、医師なども不足している。
「とにかく人が足りません」
「船乗りは集まりすぎたのだろう」
「船乗り以外が足りないんです」
そして少弐は、もう一つ頼んだ。
「それと、本来船を揃えるために出る予定だった金なんですが」
氏治が嫌そうな顔をする。
「なんだ」
「一部、港の整備に回しました」
「おい」
「船を停める場所がなかったんです」
だが軍船も必要である。
そこで少弐は、
「ですから、港へ回した分を理由に艦艇整備費を減らさず、予定されていた財源はそのまま維持してください」
と頼んだ。
氏治は呆れた。
「つまり追加で金が欲しいのだろう」
「西方艦隊をちゃんと作るためです」
「言い方を変えるな」
黒田が横で静かに笑っていた。
そこで氏治は、
「まあ、その話も含めて、今後はこいつと詰めろ」
と言った。
少弐が顔を上げる。
「こいつ?」
「もう一つ、人事がある」
氏治は北方艦隊の名の上に置かれていた人物を指した。
大掾幹康。
これまで北方艦隊を率いる大掾家の中核として海軍整備に関わり、父・幹重とともに坂東の海を支えてきた男だった。
「幹康を北から戻す」
少弐が少し驚いた。
「坂東へ?」
「ああ」
氏治は四つの艦隊を順番に指した。
北方。
東方。
南方。
西方。
「四つに分ければ、それぞれの艦隊が勝手に育つ」
北方には北方の事情がある。
東方には東方の事情。
南方、西方も同じである。
船の規格。
人員。
造船。
兵站。
予算。
航海術。
武装。
それぞれが独自に発達しすぎれば、今度は坂東全体としてまとまらなくなる。
「だから四艦隊の上に、一人置く」
氏治は言った。
「大掾幹康を坂東海軍総帥とする」
少弐の表情が変わった。
「総帥……」
「幹重には北方艦隊を任せる。幹康は坂東へ戻し、四艦隊全体を見る」
つまり幹康自身が一艦隊を率いるのではない。
四つを束ねる。
各艦隊の予算調整。
新造艦の配分。
船の規格。
造船所。
人員育成。
兵站。
そして戦時には、複数艦隊を共同運用するための調整を行う。
氏治は少弐を見る。
「だから西方艦隊の船が欲しいなら幹康とも話せ」
少弐は少し考え、
「では港の金も?」
「それは俺とも話せ」
「そこは幹康殿では?」
「逃げるな」
評定の席から笑いが起きた。
だが、この人事は大きかった。
北方艦隊――大掾幹重。
東方艦隊――鹿島政清。
南方艦隊――安宅康成。
西方艦隊――新設。
そしてその四つを束ねる、
坂東海軍総帥――大掾幹康。
各地の水軍を寄せ集めて戦う段階から、複数の常設艦隊を一つの海軍として動かす段階へ。
坂東の海軍は、この伊丹総評定を境に、もう一段大きな組織へ変わろうとしていた。




