南へ行く者――まず砂糖と香木を
対馬方面へ向かう者たちの選抜が進むと、少弐はもう一冊の名簿を開いた。
「さて。北へ行く者ばかり集めても仕方がない」
エカシロが嫌な予感を覚えたように顔を上げる。
「まだあるのか」
「南がある」
少弐は清盛館の机いっぱいに地図を広げた。
兵庫津から瀬戸内を西へ。
九州を回り、指は薩摩の坊津で止まる。
「現在は島津殿が坊津への寄港を認めてくれている。だから、まずここを使わせてもらう」
そして指を南へ滑らせる。
琉球。
「ここへ行く」
集まった水軍衆の間にざわめきが起こった。
朝鮮や対馬ならば経験者もいる。
だが琉球まで行った者は少ない。
少弐はその反応を見ながら言った。
「琉球は、新しいといえば新しい。新しくないといえば新しくない」
「どういうことで?」
塩飽の船頭が尋ねた。
「俺が以前、一度行っている」
少弐は琉球を指で叩いた。
「向こうとも話をした。船が安全に往来できるよう約定も結んだ。だから坂東の交易網には、一応ここも入っている」
黒田孝高が補足する。
「されど、その後は定期的な交易へ発展しておりませぬ」
「そういうこと」
少弐は頷いた。
「俺が一度行って縁を結んだだけで、そのままになっていた。商館もない。定期船もない。向こうの商人と継続して取引しているわけでもない」
エカシロが言った。
「じゃあ、ほとんど新しく始めるようなものじゃないか」
「商売としてはな」
少弐も認めた。
「だから最初から格好をつける必要はない」
少弐は今度は小西屋の名を書いた。
「まずは小西屋の下請けに入る」
すでに南方交易の経験を持つ商人の仕事を請け負いながら、航路そのものを覚える。
坊津でどう補給するか。
どの季節に渡るのか。
風をどう読むのか。
琉球で誰と話すのか。
どんな品が動くのか。
帰りの船に何を積むのか。
まずはそれを実地で学ばせる。
「というわけで」
少弐は集まった船乗りたちを見渡した。
「琉球へ行きたい者を募る」
しばらく誰も手を挙げなかった。
そこで少弐が付け加える。
「北へ行く連中ほど寒くはないぞ」
笑いが起こった。
「ただし、遠い」
笑いが少し小さくなった。
「瀬戸内とは海も違う。長く家を空けることにもなる。だから遠航組として厚遇する。手当も付ける」
最初に手を挙げたのは阿波の船乗りだった。
「小西屋の船と一緒なので?」
「最初はな」
「なら行ってみたい」
続いて塩飽の若い船頭が手を挙げる。
「俺も」
「琉球より先へ行くこともありますか」
別の者が尋ねた。
少弐は笑った。
「将来は行ってほしい」
「どこへ?」
少弐の指が琉球からさらに西へ、南へと動いた。
「まず中国」
船乗りたちが地図を覗き込む。
「それからルソン」
さらに南西へ。
「シャム」
そして最後に、
「マラッカ」
聞き慣れない地名に、皆が顔を見合わせた。
「どれくらい遠いので?」
「かなり」
「かなりとは」
「俺も全部を航海したわけじゃないから、そこはこれから調べる」
黒田が苦笑した。
「ずいぶん先までお考えで」
「すぐ行けとは言わない」
少弐は首を振った。
まず琉球。
そこを何度も往復する。
南の風と海を覚える。
その次に中国沿岸。
さらに航海できる船頭が育てば、その先へ。
「それと、今は坊津を使わせてもらうが、将来的には五島へ南方航路の足場を移したい」
少弐は九州西方を指した。
「五島なら対馬方面との連絡も取りやすい。北へ行く船と南へ行く船を繋げられる」
エカシロが呆れたように言う。
「また拠点を増やすのか」
「必要になったらな」
「必要にするのはお前だろ」
「そうともいう」
笑いが起きた。
こうして十数人、さらに何人かと手が挙がり、南方航海を希望する船頭や水主が集まっていった。
黒田が新しい名簿を作る。
南方遠航組。
少弐はその顔ぶれを一通り眺めた。
「よし」
そして突然、言った。
「では最初の仕事だ」
皆が静かになる。
何か重要な使命を言い渡されると思ったのだろう。
少弐は真顔で告げた。
「金が欲しい」
一瞬、誰も反応できなかった。
黒田が少弐を見る。
「少弐様」
「いや、大事だろ」
「もう少し言い方というものが」
「でも金は欲しい」
西方艦隊そのものには、坂東中央から予算が保証されている。
造船もする。
港も造る。
必要な人員も雇える。
しかし、それと商売は別である。
中央から下りる艦隊予算を、際限なく交易事業へ流し込むわけにはいかない。
対馬商館も、琉球交易も、やがては自分たちで利益を生まなければならない。
「だから最初は難しく考えなくていい」
少弐は琉球を指した。
「向こうへ行ったら、とにかく売れる物を持って帰ってきてくれ」
「何を?」
「砂糖と香木」
即答だった。
「まず砂糖。できるだけ確実に仕入れてくれ」
四国ですでに砂糖を扱っている少弐だからこそ、その価値はよく分かっている。
京でも売れる。
堺でも売れる。
兵庫津でも売れる。
菓子にも使える。
薬種として扱われることもある。
そして何より、運んできた後の売り先に困りにくい。
「それから香木」
少弐は続けた。
「良いものがあれば買ってこい。量より質でもいい」
寺社。
公家。
大名。
堺の豪商。
上質な香木なら欲しがる者はいくらでもいる。
船一杯の嵩張る荷を運ばなくとも、高値になる。
「最初の航海から、あれもこれも手を出さなくていい」
少弐は南方組を見渡した。
「まず小西屋について行く。航路を覚える。商人と顔を繋ぐ。そして――」
二本の指を立てた。
「砂糖と香木」
「それだけで?」
「最初はそれでいい」
少弐は笑った。
「帰ってきたときに儲かっていれば、それが一番分かりやすい」
一人の船頭が尋ねる。
「珍しい物があれば?」
「少量なら買ってこい。見本になる」
「薬種は?」
「面白いものなら」
「布は?」
「見本を持って帰れ」
「武器は?」
「珍しいものなら一つ二つ」
黒田が横から口を挟んだ。
「少弐様。結局増えております」
「でも主役は砂糖と香木だ」
そこだけは譲らなかった。
「最初から南方交易のすべてを理解しようなんて思うな。まず一往復して、金にする」
少弐は船乗りたちへ言った。
「儲かれば二度目ができる」
もう一度。
「二度目が儲かれば三度目ができる」
そして琉球から、さらに南の海へ指を滑らせる。
「そうやって船を遠くへ伸ばしていけばいい」
一人の船頭が笑った。
「では我々の最初の使命は、砂糖と香木を積んで帰ることで?」
「そうだ」
少弐も笑った。
「とにかく最初は金を作ってこい」
場に笑いが広がった。
大義もある。
南方航路開拓という壮大な目的もある。
いずれ中国へ行く。
ルソンへ行く。
シャムへ行く。
マラッカへ行く。
だが、そんな未来を語る前に――まず一度、商売として成功させなければならない。
少弐が以前に一度だけ結んだ琉球との縁。
それを今度は、小西屋の助けを借りながら本物の交易路へ育てる。
そして最初に神戸へ運び込まれるべきものは、明快だった。
砂糖と香木。
新しい南方交易は、壮大な理想ではなく、
「まず金を作る」
という、ひどく現実的な一言から始まった。




