↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
861/1025

南へ行く者――まず砂糖と香木を

対馬方面へ向かう者たちの選抜が進むと、少弐はもう一冊の名簿を開いた。


「さて。北へ行く者ばかり集めても仕方がない」


エカシロが嫌な予感を覚えたように顔を上げる。


「まだあるのか」


「南がある」


少弐は清盛館の机いっぱいに地図を広げた。


兵庫津から瀬戸内を西へ。


九州を回り、指は薩摩の坊津で止まる。


「現在は島津殿が坊津への寄港を認めてくれている。だから、まずここを使わせてもらう」


そして指を南へ滑らせる。


琉球。


「ここへ行く」


集まった水軍衆の間にざわめきが起こった。


朝鮮や対馬ならば経験者もいる。


だが琉球まで行った者は少ない。


少弐はその反応を見ながら言った。


「琉球は、新しいといえば新しい。新しくないといえば新しくない」


「どういうことで?」


塩飽の船頭が尋ねた。


「俺が以前、一度行っている」


少弐は琉球を指で叩いた。


「向こうとも話をした。船が安全に往来できるよう約定も結んだ。だから坂東の交易網には、一応ここも入っている」


黒田孝高が補足する。


「されど、その後は定期的な交易へ発展しておりませぬ」


「そういうこと」


少弐は頷いた。


「俺が一度行って縁を結んだだけで、そのままになっていた。商館もない。定期船もない。向こうの商人と継続して取引しているわけでもない」


エカシロが言った。


「じゃあ、ほとんど新しく始めるようなものじゃないか」


「商売としてはな」


少弐も認めた。


「だから最初から格好をつける必要はない」


少弐は今度は小西屋の名を書いた。


「まずは小西屋の下請けに入る」


すでに南方交易の経験を持つ商人の仕事を請け負いながら、航路そのものを覚える。


坊津でどう補給するか。


どの季節に渡るのか。


風をどう読むのか。


琉球で誰と話すのか。


どんな品が動くのか。


帰りの船に何を積むのか。


まずはそれを実地で学ばせる。


「というわけで」


少弐は集まった船乗りたちを見渡した。


「琉球へ行きたい者を募る」


しばらく誰も手を挙げなかった。


そこで少弐が付け加える。


「北へ行く連中ほど寒くはないぞ」


笑いが起こった。


「ただし、遠い」


笑いが少し小さくなった。


「瀬戸内とは海も違う。長く家を空けることにもなる。だから遠航組として厚遇する。手当も付ける」


最初に手を挙げたのは阿波の船乗りだった。


「小西屋の船と一緒なので?」


「最初はな」


「なら行ってみたい」


続いて塩飽の若い船頭が手を挙げる。


「俺も」


「琉球より先へ行くこともありますか」


別の者が尋ねた。


少弐は笑った。


「将来は行ってほしい」


「どこへ?」


少弐の指が琉球からさらに西へ、南へと動いた。


「まず中国」


船乗りたちが地図を覗き込む。


「それからルソン」


さらに南西へ。


「シャム」


そして最後に、


「マラッカ」


聞き慣れない地名に、皆が顔を見合わせた。


「どれくらい遠いので?」


「かなり」


「かなりとは」


「俺も全部を航海したわけじゃないから、そこはこれから調べる」


黒田が苦笑した。


「ずいぶん先までお考えで」


「すぐ行けとは言わない」


少弐は首を振った。


まず琉球。


そこを何度も往復する。


南の風と海を覚える。


その次に中国沿岸。


さらに航海できる船頭が育てば、その先へ。


「それと、今は坊津を使わせてもらうが、将来的には五島へ南方航路の足場を移したい」


少弐は九州西方を指した。


「五島なら対馬方面との連絡も取りやすい。北へ行く船と南へ行く船を繋げられる」


エカシロが呆れたように言う。


「また拠点を増やすのか」


「必要になったらな」


「必要にするのはお前だろ」


「そうともいう」


笑いが起きた。


こうして十数人、さらに何人かと手が挙がり、南方航海を希望する船頭や水主が集まっていった。


黒田が新しい名簿を作る。


南方遠航組。


少弐はその顔ぶれを一通り眺めた。


「よし」


そして突然、言った。


「では最初の仕事だ」


皆が静かになる。


何か重要な使命を言い渡されると思ったのだろう。


少弐は真顔で告げた。


「金が欲しい」


一瞬、誰も反応できなかった。


黒田が少弐を見る。


「少弐様」


「いや、大事だろ」


「もう少し言い方というものが」


「でも金は欲しい」


西方艦隊そのものには、坂東中央から予算が保証されている。


造船もする。


港も造る。


必要な人員も雇える。


しかし、それと商売は別である。


中央から下りる艦隊予算を、際限なく交易事業へ流し込むわけにはいかない。


対馬商館も、琉球交易も、やがては自分たちで利益を生まなければならない。


「だから最初は難しく考えなくていい」


少弐は琉球を指した。


「向こうへ行ったら、とにかく売れる物を持って帰ってきてくれ」


「何を?」


「砂糖と香木」


即答だった。


「まず砂糖。できるだけ確実に仕入れてくれ」


四国ですでに砂糖を扱っている少弐だからこそ、その価値はよく分かっている。


京でも売れる。


堺でも売れる。


兵庫津でも売れる。


菓子にも使える。


薬種として扱われることもある。


そして何より、運んできた後の売り先に困りにくい。


「それから香木」


少弐は続けた。


「良いものがあれば買ってこい。量より質でもいい」


寺社。


公家。


大名。


堺の豪商。


上質な香木なら欲しがる者はいくらでもいる。


船一杯の嵩張る荷を運ばなくとも、高値になる。


「最初の航海から、あれもこれも手を出さなくていい」


少弐は南方組を見渡した。


「まず小西屋について行く。航路を覚える。商人と顔を繋ぐ。そして――」


二本の指を立てた。


「砂糖と香木」


「それだけで?」


「最初はそれでいい」


少弐は笑った。


「帰ってきたときに儲かっていれば、それが一番分かりやすい」


一人の船頭が尋ねる。


「珍しい物があれば?」


「少量なら買ってこい。見本になる」


「薬種は?」


「面白いものなら」


「布は?」


「見本を持って帰れ」


「武器は?」


「珍しいものなら一つ二つ」


黒田が横から口を挟んだ。


「少弐様。結局増えております」


「でも主役は砂糖と香木だ」


そこだけは譲らなかった。


「最初から南方交易のすべてを理解しようなんて思うな。まず一往復して、金にする」


少弐は船乗りたちへ言った。


「儲かれば二度目ができる」


もう一度。


「二度目が儲かれば三度目ができる」


そして琉球から、さらに南の海へ指を滑らせる。


「そうやって船を遠くへ伸ばしていけばいい」


一人の船頭が笑った。


「では我々の最初の使命は、砂糖と香木を積んで帰ることで?」


「そうだ」


少弐も笑った。


「とにかく最初は金を作ってこい」


場に笑いが広がった。


大義もある。


南方航路開拓という壮大な目的もある。


いずれ中国へ行く。


ルソンへ行く。


シャムへ行く。


マラッカへ行く。


だが、そんな未来を語る前に――まず一度、商売として成功させなければならない。


少弐が以前に一度だけ結んだ琉球との縁。


それを今度は、小西屋の助けを借りながら本物の交易路へ育てる。


そして最初に神戸へ運び込まれるべきものは、明快だった。


砂糖と香木。


新しい南方交易は、壮大な理想ではなく、


「まず金を作る」


という、ひどく現実的な一言から始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。