仕事を取る者、海を走る者
少弐は、清盛館に集められた水軍衆の名簿を眺めながら言った。
「まず、遠くへ行ける者を分けよう」
黒田孝高が顔を上げた。
「どの程度の遠方をお考えで?」
「瀬戸内の外だ。九州、対馬、朝鮮。それから北へ行けば室蘭まで行く」
少弐は集まった水軍衆へ向き直った。
「危険もある。航海も長い。知らない海へ出ることになる。だから遠航を引き受ける者は厚遇する。俸禄も手当も近海勤務とは分ける」
ざわめきが起こった。
「遠くへ行ってみたい者。外洋船を覚えたい者。長く家を空けても構わん者は名乗り出てくれ」
最初に手を挙げたのは塩飽の船頭だった。
「朝鮮までなら行ったことがございます」
続いて伊予の水主が手を挙げる。
「博多から先はございませぬが、船さえあれば」
阿波や淡路から来た者も続いた。
中には、
「蝦夷まで行けば、どれほど手当が付きます?」
と聞く者までいる。
「相応に出す」
「船は?」
「坂東の外洋船を使うこともある。覚えてもらう」
それを聞いて、さらに何人かが名乗り出た。
少弐は満足そうに頷く。
「官兵衛。この連中は別に名簿を作ってくれ」
「承知いたしました」
そこで少弐は傍らにいたエカシロを呼んだ。
「エカシロ」
「なんだ?」
「今度こそ頼む」
エカシロの顔が露骨に曇った。
「お前がそう言うときは嫌な予感しかしない」
「対馬へ行ってくれ」
「ほらな」
周囲から笑いが漏れる。
少弐は構わず地図を広げた。
「対馬に商館を造る」
エカシロが怪訝そうな顔をした。
「まだなかったのか?」
「ない」
「それで交易していたのか」
「今まではな」
少弐は対馬を指した。
「今なら、まだ何とか回る。だが、これから俺が仕事をめちゃくちゃ取ってくる」
「……お前、自分で言うのか」
「取るつもりだからな」
少弐は対馬から四本の線を引いた。
「対馬――朝鮮」
一本目。
「対馬――室蘭」
二本目。
「対馬――水府坊」
三本目。
「対馬――明川」
四本目。
エカシロが腕を組む。
「ずいぶん増やすな」
「増やす。朝鮮との交易量も増やすし、水府坊と明川でも取引を増やす。北から来る荷も増える。坂東から持っていく品も増える」
「それで対馬の船が足りなくなる、と」
「そうだ」
少弐は頷いた。
「今はまだパンクしていない。だが、このまま仕事を増やせば間違いなくパンクする」
黒田も地図を覗き込んだ。
「ゆえに、仕事が増えてから船を集めるのではなく、先に水軍を置くわけですな」
「そういうこと」
少弐は遠航希望者の名簿をエカシロへ渡した。
「この中から好きに選べ」
「好きに?」
「必要なだけ」
「船頭も?」
「選べ」
「水主も?」
「選べ」
「船大工は?」
「連れていけ」
「帳面を書ける奴も?」
「必要なら」
「通訳は?」
「対馬でも雇え。ここから連れていってもいい」
エカシロは呆れた。
「ずいぶんアバウトだな」
「現地を知っているお前が決めたほうが早い」
少弐は地図を叩いた。
「俺が交易を取ってくる。お前は対馬を中心に船を回してくれ」
「簡単に言うな」
「難しいから頼んでる」
「それで俺が商館長?」
「初代館長」
「また商館か」
「富内で上手くやったじゃないか」
「お前がやらせたから覚えたんだ」
「なら経験者だ」
エカシロはため息をついた。
だが、すでに目は名簿へ向いていた。
「……室蘭まで行く船と朝鮮へ行く船は分けるぞ」
「任せる」
「水府坊と明川も、できれば担当を固定したい。何度も同じ海を走ったほうがいい」
「任せる」
「船を直せる人間も対馬に置く」
「それも任せる」
「倉もいる」
「造れ」
「住むところもいるぞ。家族ごと来る奴もいる」
「造ればいい」
そこで黒田が口を挟んだ。
「少弐様」
「ん?」
「そこは一つ、整理しておきましょう」
黒田は別の帳面を取り出した。
「今回は以前とは事情が違います」
少弐も頷いた。
「西方艦隊か」
「はい」
坂東艦隊はこれまで大きく北方と西国へ分けて運用されてきた。
それを今後、四つの艦隊へ再編する。
その一つとして新設されるのが――西方艦隊だった。
そして、その根拠地として兵庫津、神戸が選ばれた。
「中央から正式に予算が下ります」
黒田は説明する。
「軍港整備、造船、修理施設、艦隊の維持、人員の雇用。無論、金が無限に湧くわけではございませぬ」
「だが、最初から保証されている」
「左様にございます」
これまでのように、
儲けが出たから船を一隻増やす。
交易収入が増えたから倉を一つ建てる。
そのような拡張とは違う。
西方艦隊は坂東中央が正式に維持する軍事組織である。
必要と認められた船。
必要と認められた施設。
必要と認められた人員。
それらについては、最初から一定の予算が組まれる。
少弐は笑った。
「つまり今回は、金が貯まるまで待って小さく始める必要はない」
「ございませぬ」
黒田はそう答えてから、一言付け加えた。
「ただし、無駄遣いしてよいわけでもございませぬ」
「分かってるよ」
「少弐様がその返事をされたときが一番心配なのですが」
エカシロが笑った。
「じゃあ俺が船を増やしてもいいのか?」
少弐は頷く。
「必要なら」
「船大工も雇う」
「必要なら」
「修理場も欲しい」
「それはむしろ造ってくれ」
黒田がそこで整理した。
「ただし、西方艦隊と対馬商館の勘定は分けます」
「それでいい」
少弐も同意した。
「艦隊の軍船を造る金で朝鮮交易をするわけじゃない。対馬商館は交易で稼がせる」
「はい」
「ただ、船大工や補給、修理技術なんかは使えるものを使えばいい」
「そこは共用できるよう制度を作りましょう」
少弐は改めてエカシロを見る。
「だから遠慮するな」
「遠慮?」
「金がないから船を二艘で我慢するとか、人が足りないけど雇わないとか、そういうのはやめろ」
エカシロの表情が少し変わった。
「必要なものは必要だと言え、と?」
「そう」
少弐は頷いた。
「西方艦隊には中央の金が入る。対馬商館には交易の金が入る。どちらも無限じゃないが、最初から続ける前提で金が用意されている」
そして名簿を指した。
「だから今は、金より人を選べ」
それなら話は早かった。
エカシロは腰を下ろし、本格的に名簿を読み始めた。
「こいつは朝鮮へ行ったことがあるのか」
「あるそうだ」
「これは?」
「塩飽の水先案内だな」
「こっちは船大工か」
「大型船の修理経験あり」
エカシロが次々に印を付けていく。
「こいつと、こいつ。それからこの船頭も話を聞きたい」
少弐は口を出さない。
人選そのものをエカシロへ任せた。
しばらくしてエカシロが顔を上げる。
「本当に好きに選ぶぞ」
「そのために渡したんだ」
「あとで取りすぎだと言うなよ」
「官兵衛が止めなければ大丈夫だ」
黒田がすぐに返した。
「私が止める役なのでございますな」
「頼りにしてる」
こうして対馬商館の設立準備が始まった。
だが、それは困窮した末の拡張ではない。
まだ対馬の在地水軍だけでも、どうにか仕事を回せている。
それでも先に船を集める。
先に人を育てる。
先に商館を造る。
なぜなら少弐自身が、これから朝鮮、水府坊、明川、室蘭との交易をさらに増やすつもりだからである。
そして神戸では同時に、中央から保証された予算によって西方艦隊そのものの建設が始まる。
金を貯めてから海へ出るのではない。
これから広がる海を見越して、先に船と人と港を用意する。
少弐が仕事を取ってくる。
エカシロが対馬で受け止める。
瀬戸内から集まった水軍衆が、その間の海を走る。
そして神戸では、新たな西方艦隊が形になっていく。
今度の少弐たちに必要なのは、資金をどう捻り出すかではなかった。
保証された資金と、押し寄せてきた人と船を、どれだけ早く一つの仕組みに変えられるか。
問題は、そちらへ変わっていた。




