四つの海――まだ知らぬ西方艦隊
室蘭の長の家では、宴が続いていた。
大掾幹康は杯を脇へ置き、少弐の前に海図を広げた。
「これから艦隊を四つに割る」
「四つ?」
「戦線が広がりすぎた」
北は蝦夷、樺太、そのさらに先。
東は鹿島から太平洋。
南は四国から紀伊。
そして西には、兵庫津――神戸がある。
一つの艦隊を必要に応じて各地へ回すやり方では、もはや距離そのものが限界だった。
大掾は海図を指した。
「北方、東方、南方、西方。この四つだ」
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北方艦隊。
これまで函館を中心としていたものを、室蘭へ移す。
函館を捨てるわけではない。
補給港として残す。
だが北方交易そのものが樺太、千島、さらに大陸沿岸まで伸びた以上、艦隊の本拠は室蘭の方がいい。
「北方艦隊は父上に任せる」
少弐が顔を上げた。
「大掾殿は?」
「中央へ戻る」
大掾自身は小田の中央へ戻り、四艦隊全体を見る。
そのため父に北方艦隊を預ける。
「父上より偉くなってしまった」
「嫌がってない?」
「笑われた。『ようやく俺を使えるところまで来たか』とな」
少弐は笑った。
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次が東方艦隊。
本拠は鹿島。
ここは大きく変えない。
坂東太平洋岸を守りながら、外洋航海にも対応する。
三つ目が南方艦隊。
本拠は伊予。
四国を中心として紀伊方面まで担当させる。
そして――
大掾の指が神戸で止まった。
「問題は西だ」
西方艦隊。
本拠予定地は神戸。
播磨から瀬戸内、博多、対馬、朝鮮方面までを見据える。
しかし大掾の認識では、これはほとんど新設艦隊だった。
「船がない」
「ないね」
「人も足りん」
「足りない」
「港もまだ作っている途中」
「そう」
少弐も否定しなかった。
二人はまだ知らなかったのである。
少弐が四国や瀬戸内を回って声を掛けたことが、予想以上の反応を生んでいることを。
かつて各地の海で働いていた船乗りたち。
坂東式の新しい海軍制度と兵学館出身者の台頭によって、以前ほど居場所を得られなくなった現役世代。
船を扱える者。
水軍として戦える者。
荷を運べる者。
海を知っている者。
そうした旧来の海の人間たちが、少弐の、
「下ではなく、横へ来てくれ」
という誘いに応じ、四国方面から神戸へ集まり始めていた。
だが少弐が対馬からそのまま北へ来てしまったため、本人にはまだその報告が届いていない。
大掾も当然知らない。
だから二人の頭の中では、
西方艦隊=これから人と船を集めて作る艦隊
だった。
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大掾は言った。
「だから帰ったら、すぐ取り掛かれ」
「俺が?」
「お前が始めた神戸だろう」
少弐は嫌そうな顔をした。
「官兵衛に――」
「官兵衛殿に丸投げするな」
先回りされた。
大掾は続ける。
「中央から銭を出す」
少弐が少し真面目な顔になった。
「どのくらい?」
「まだ決まっておらん。ただし氏治公には、海軍再編に合わせて軍艦建造と港湾整備へ継続的に資金を流してもらう」
ここが重要だった。
艦隊を四つに分けるだけではない。
四艦隊それぞれが自立して行動できるだけの港と船を持たせる。
軍艦。
修理設備。
船渠。
倉庫。
火薬庫。
水と食料の補給設備。
船員や兵の宿舎。
商船と軍船を分けて扱える岸壁。
「神戸は一番金が掛かる」
「新しいから?」
「そうだ」
鹿島には既存の基盤がある。
伊予・紀伊にもこれまで積み上げてきたものがある。
室蘭も北方開発によって施設が増えている。
しかし神戸は急速に拡大しているとはいえ、軍港としてはこれからだった。
「だから中央の予算が正式に決まるのを待つな」
少弐が大掾を見る。
「先にやれって?」
「先にやれ」
造船所を広げる。
軍船用の材木を確保する。
船大工を集める。
港を測る。
倉庫を増やす。
修理設備を整える。
艦隊要員を集める。
「金は後から中央が流す」
「それ大丈夫?」
「俺が中央へ戻ると言っただろう」
大掾は自分を指した。
「そのために俺が帰る。」
四つの艦隊を作る。
ならば中央で予算を確保し、それぞれへ必要な資金を配る者が必要になる。
大掾幹康が北方艦隊を父に任せて坂東へ戻る理由の一つが、それだった。
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ただし、一つだけ決められない場所が残る。
淡路。
南方艦隊から見れば、四国・紀伊を結ぶ重要拠点。
西方艦隊から見れば、神戸の真正面にある瀬戸内東口の要衝。
大掾が言った。
「那須殿なら何と言うと思う?」
少弐は即答した。
「『面倒だから少弐殿に任せればよい』」
「俺もそう思う」
「嫌だよ」
二人とも笑った。
だが、これは勝手に決められない。
淡路を治める松永。
畿内をまとめる佐野。
南方艦隊を預かる那須。
そして西方艦隊を立ち上げる少弐。
この四者で話し合う。
佐野・松永・那須・少弐の四者合意を現地の総意とし、佐野昌綱が中央の小田へ報告する。
それで二人の意見は一致した。
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大掾は最後に神戸を指した。
「とにかく、お前は帰ったら西方艦隊を作れ」
「船も人もないのに?」
「だから集めろ」
「大変だなあ」
「中央から金は出す」
少弐は仕方なく頷いた。
二人とも、このときは本当にそう思っていた。
神戸へ戻れば、
人を募集し、
船を集め、
一隻ずつ西方艦隊を作らなければならない、と。
ところが実際には――
少弐が対馬から明川、そして室蘭まで「ちょっとだけ北へ」行っている間にも、神戸には四国方面から船が入り始めていた。
旧来の水軍衆。
船頭。
水夫。
そして彼らが乗ってきた船。
西方艦隊になるはずの人間たちの方が、少弐の帰りを待ち始めていたのである。




