土地の代わりに、仕事を――商人を呼ぶ町
「土地の代わりに、仕事を」
そう口にした以上、少弐自身がまず仕事を作らねばならなかった。
有馬での評定を終えると、少弐はシレトクたちに告げた。
「ちょっとそこまで行ってきたいから、兵庫津を空ける」
シレトクはすぐに疑った。
「どこまでだ」
「播磨。それから堺」
「それはお前のいう『ちょっと』なのか?」
「今回は近いって」
「今回は、という言葉がもう怪しい」
少弐は笑った。
戦はひとまず止まった。
停戦交渉そのものは佐野昌綱に任せている。
ならば交渉が続いている間に、自分は次の仕事を始めればいい。
兵庫津――いや、これから神戸と呼ぼうとしている町には、まだ何もない。
だが何もないからこそ、最初に何を置くかが大事だった。
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最初に訪ねたのは、播磨の商家――鷺屋だった。
米、塩、木材、鉄などを扱い、播磨の国人や寺社とも取引を持つ。
少弐は主人を前にすると、兵庫津周辺の絵図を広げた。
「ここで商売しません?」
「兵庫津でございますか」
「神戸」
「……神戸?」
「これからそう呼ぼうと思ってます」
主人は少弐の書き込んだ文字を見た。
「何を扱えばよろしいので?」
「それは鷺屋さんが決めてください」
「少弐様がお決めになるのでは?」
「俺より商人の方が分かるでしょう」
少弐が頼んだのは二つだった。
問屋を開くこと。
そして、
大きな蔵を建てること。
ただし蔵は鷺屋の商品だけで埋めない。
「余ったところを貸してください」
「貸す?」
「博多でも堺でも、商人なら誰でもいい。荷を置きたい人から金を取ればいい」
主人の目が少し変わった。
少弐が欲しいのは一軒の御用商人ではない。
神戸へやって来た商人が、
船から荷を下ろし、
蔵へ預け、
問屋を通じて売り、
また別の船へ積める。
その仕組みだった。
「土地と人足は?」
「こちらで用意します」
「我らが儲けても?」
「儲けてください」
少弐は即答した。
「儲からない仕事を頼んでも続かないでしょう」
鷺屋は引き受けた。
これで神戸に、荷を置き、売る場所ができる。
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次に訪ねたのは小西屋だった。
こちらへの頼みは、もっと大胆だった。
「神戸へ引っ越してきません?」
主人が少弐を見た。
「……店を、でございますか」
「できれば家ごと」
「ずいぶん簡単に仰いますな」
「難しい?」
「難しゅうございます」
「じゃあ、儲かる話からしましょう」
少弐は南の海図を広げた。
指先が九州を過ぎ、五島へ行き、さらに南へ落ちる。
琉球。
「ここを小西屋さんに任せたい」
主人が身を乗り出した。
少弐たちはすでに琉球との関係を作っている。
だが外交使節が一度船を出しただけでは交易路にはならない。
定期的に商船が走って初めて道になる。
「最初から神戸と琉球を直結しなくていいです」
少弐は五島を指した。
「まず五島と琉球を何度も往復してください」
風向き。
潮流。
季節。
必要な水。
食料。
航海日数。
積載量。
どんな船なら安全に往復できるのか。
全部記録する。
もちろん商品も運ぶ。
商売しながら航路を測る。
「それで儲かる?」
主人が尋ねた。
「俺が聞きたい」
「少弐様」
「だから商人に頼んでるんですよ」
主人が苦笑した。
だが琉球との交易路が本当に開けば、その利益が小さくないことは商人なら分かる。
小西屋もまた、神戸への移転を前向きに考えることになった。
これで神戸に、船を向かわせる先ができた。
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そして最後が堺だった。
海老屋。
主人は少弐が現れると、以前より警戒した。
「今度は何でございましょう」
「造船所を作りたい」
「…………」
「神戸に」
主人はしばらく黙った。
「いくらほどお考えで?」
「まだ分からない」
「船大工は?」
「堺と土佐中村から」
「木材は?」
「播磨でも集める。足りなければ他から運ぶ」
「船乗りは?」
「堺の海兵学校を出た者で、軍ではなく民間へ行きたい連中に声を掛けます」
主人は質問を重ねた。
少弐は答えられるものには答えた。
分からないものには、
「分からない」
と答えた。
やがて主人が気づいた。
少弐は造船所を一つ作ろうとしているのではない。
鷺屋に蔵と問屋を作らせる。
小西屋を呼んで琉球航路を開かせる。
海兵学校から人を引く。
土佐中村から造船技術を入れる。
さらに今後、北方、朝鮮、九州へ商路を伸ばそうとしている。
全部つながっている。
「少弐様」
「はい」
「神戸には、どれほど船を集めるおつもりで?」
少弐は首を傾げた。
「必要なだけ」
「その必要な数が増え続けるのでは?」
「たぶん」
海老屋の主人は黙った。
造船所へ金だけ出す。
最初はそのつもりだった。
だが、それでは惜しい。
船を造れば修繕がいる。
船具がいる。
木材がいる。
帆がいる。
縄がいる。
船員がいる。
船が増えれば荷が増える。
荷が増えれば蔵が増える。
商人が増える。
そして次の船が必要になる。
主人はもう一度、少弐の粗雑な神戸の絵図を見た。
「……少弐様」
「はい」
「先ほど、小西屋も神戸へ移ると?」
「話はしました」
「鷺屋は?」
「蔵と問屋を作ってくれます」
「なるほど」
主人は少し考えた。
「我らも、堺から人を出すだけでは足りませぬな」
少弐が顔を上げた。
「というと?」
「海老屋も神戸へ本腰を移しましょう。」
今度は少弐が黙った。
「……いいの?」
主人は笑った。
「こちらがお願いしたくなりました」
堺の店を完全に畳む必要はない。
堺には支店と取引網を残す。
だが主人と主だった者たちは神戸へ移り、造船所を中心に商売を広げる。
その方が儲かる。
海老屋はそう判断したのだった。
少弐は頭を下げた。
「お願いします」
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帰り道。
シレトクが聞いた。
「何軒回った」
「三軒」
「何を頼んだ」
少弐は指を折った。
「鷺屋に蔵と問屋」
一本。
「小西屋に琉球」
二本。
「海老屋に造船所」
三本。
少し間を置いて、
「海老屋も神戸に来るって」
シレトクが少弐を見た。
「お前、兵庫津を出るとき何と言った」
「ちょっとそこまで行ってくる」
「町一つ作って帰ってきたぞ」
「まだ何も建ってないよ」
だが、少弐にも分かっていた。
建物より先に必要なものが集まり始めている。
鷺屋が荷を集める。
小西屋が南へ運ぶ。
海老屋が船を造る。
誰か一人がすべてを支配する町ではない。
それぞれが自分の仕事で儲け、その仕事が別の誰かの仕事を生む。
土地を分け与えることのできない少弐が考えた、土地の代わりの褒美。
仕事。
こうして神戸は、まだ町並みすら整わないうちから、商人たちによって動き始めた。




