↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
847/1023

土地の代わりに仕事を

 少弐は「神戸」という名を口にしたあとも、地図を片づけなかった。


「名前だけ変えても仕方ないよな」


 官兵衛が頷く。


「当然でございましょうな」


「だったら、まず仕事を増やそう」


 赤井直正が少弐を見る。


「仕事?」


「うん。俺は皆に土地を配れない。でも、食っていける仕事なら作れる」


 少弐は兵庫津を指した。


「ここは港だ。船が来れば荷を降ろす人間がいる。荷を置く蔵がいる。蔵を建てる大工がいる。荷を運ぶ人間がいる。馬もいる。飯を食わせる店もいる」


 官兵衛が少弐の考えを先回りした。


「一つ仕事を起こせば、その周りに別の仕事が生まれる、と」


「そう」


 問題は最初の銭だった。


「それならある」


「どこに?」


「松浦に預けてある」


     ◇


 以前、少弐は兵庫津で松浦に金を預け、商人や船主を相手とする金貸しを始めさせていた。


 無制限に貸すわけではない。


 相手の信用を見る。


 担保を見る。


 船を修理すれば商売を続けられる者。


 荷を仕入れれば次の航海で返済できる者。


 そういう者へ金を回す。


「金貸しで増えた分を、今度は街へ戻す」


 少弐が言った。


「まずそこを運転資金にしよう」


 官兵衛がすぐ尋ねる。


「使い切るおつもりではありますまいな」


「もちろん」


「ならばよろしい」


「全部使ったら金貸しが止まるだろ」


 元金にはなるべく手を付けない。


 返済されてきた金や利息の一部を、新しい事業へ回す。


 そこで利益が出れば、また次の事業へ回す。


「銭に働いてもらう」


 少弐は言った。


「人だけ働かせるんじゃなくて」


 官兵衛が笑った。


「商人のようなことを仰る」


「港を作るんだから、それでいいだろ」


     ◇


 最初に手を付けるものも決めた。


 蔵だった。


 船が入っても荷物を安全に置けなければ、大きな商いはできない。


 そこで港近くへ共同で使える蔵を増設する。


 大工が必要になる。


 木挽が必要になる。


 材木を山から運ぶ者が必要になる。


 石を運ぶ者。


 瓦を焼く者。


 縄を作る者。


 荷車を作る者。


「これだけでも結構、人を雇えるな」


「まだございます」


 官兵衛が言った。


 蔵ができれば、荷役が必要になる。


 荷役が増えれば運送業者が必要になる。


 荷駄が増えれば馬を扱う者も増える。


 商人が増えれば宿がいる。


 飯屋がいる。


 酒も売れる。


「じゃあ港の仕事を一つずつ増やしていこう」


     ◇


「船も直せるようにしたい」


 少弐は続けた。


 船大工。


 鍛冶。


 帆を扱う職人。


 縄を作る者。


 船底を修理する場所。


「神戸に入れば、荷を売れる。蔵に預けられる。船を直せる。飯を食える」


 官兵衛が続ける。


「そして必要なら金も借りられる」


「そういう港にしたい」


 船主からすれば便利だった。


 多少の使用料を払っても、すべて一か所で済むなら寄港する価値がある。


 船が増える。


 荷が増える。


 荷が増えれば蔵の使用料が入る。


 船を直せば修理代が入る。


 荷役にも銭が落ちる。


 商人が泊まれば街にも銭が落ちる。


 そして、その一部が再び運転資金になる。


「回るな」


 岩蔵が言った。


「そう。回したいんだ」


     ◇


 そして少弐は、戦を終えた兵たちにも目を向けた。


「鷹衆にも仕事を回せる」


「何をさせる?」


「街道だな」


 兵庫津と有馬を結ぶ道。


 六甲の山道。


 橋。


 荷物の護衛。


 飛脚。


 鷹衆は山中で暮らしてきた者も多い。


 道を直し、その道を警備し、荷物を護衛する仕事なら適性がある。


「虎衆は?」


 シレトクが聞いた。


「無理に港で荷物を運ばなくていいよ」


「よかった」


「嫌だった?」


「少し」


 皆が笑った。


 虎衆には山林の巡回。


 薬草採取。


 狩猟。


 北方航路の船員や護衛。


 山越えする商隊の案内。


 冬季の輸送。


 彼らにしかできない仕事を任せればいい。


「兵として雇ったからって、一年中戦わせる必要ないだろ」


 少弐は言った。


     ◇


 官兵衛はそこで一つ注意した。


「少弐様」


「うん」


「仕事を少弐様がすべて抱えてはなりませぬ」


「どういうこと?」


「蔵も船も宿も荷役も、すべて少弐家が営めば、民は少弐様から給金を受け取るだけになります」


 少弐が考える。


「じゃあ最初だけ?」


「それがよろしいでしょう」


 最初の金を出す。


 必要なら低利で貸す。


 共同蔵を作る。


 街道を整備する。


 だが商売そのものは商人や職人に任せる。


「儲かった者が、また人を雇えばよいのです」


「なるほど」


「少弐様は商売をするのではなく、商売ができる場所を作る」


 少弐は笑った。


「それだ」


     ◇


 少弐は紙を一枚出した。


「じゃあ松浦に頼もう」


 最初に書いたのは、金貸しをやめるな、ということだった。


 元金を守る。


 返済を続けさせる。


 その上で利益の一部を港へ回す。


 まず共同蔵。


 船の修理場所。


 荷役の組織化。


 兵庫津―有馬間の街道整備。


 そして小口の商売を始めたい者への貸付。


「一度に全部は無理だな」


「当然です」


「じゃあ儲かったら次へ」


「それがよろしいでしょう」


 儲ける。


 その金で仕事を作る。


 仕事が増えれば人が集まる。


 人が集まれば船が来る。


 船が来れば、さらに儲かる。


 少弐は紙の上に簡単な輪を描いた。


 金貸し。


 そこから矢印を引く。


 蔵・港・街道。


 さらに、


 仕事。


 そして、


 商人と船。


 最後にまた最初へ戻した。


 金。


「これを回そう」


 官兵衛がその輪を見る。


「止めぬことですな」


「うん」


「戦になっても?」


 少弐は少し考えた。


「だからこそ、止めたくない」


 戦が始まるたびに商売が止まり、戦が終わるたびに一から作り直す。


 そんな港にはしたくなかった。


 少弐冬明が最初に神戸へ与えようとしたものは、大きな城でも豪華な館でもなかった。


 仕事が仕事を生み、銭が銭を生み、その銭がまた街へ戻る仕組み。


 ジェノヴァでもヴェネツィアでもない。


 まだ兵庫津と呼ばれている小さな港で、その最初の歯車が回り始めようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。