恩賞のない評定
天正元年――一五七三年五月上旬。
兵庫津、清盛館。
有馬では水無瀬道石や空蝉らが負傷者を診ている。
佐野昌綱は織田方との停戦へ向けて動き始めている。
そんな中、少弐冬明は清盛館へ諸将を集めた。
黒田官兵衛。
赤井直正。
赤木甚兵衛。
阿波辺岩蔵。
シレトク。
エカシロ。
ハウキ。
そして今回の戦で少弐方についた播磨の者たち。
戦勝を祝う宴ではない。
これから兵庫津と播磨をどうするのか。
そのための評定だった。
◇
全員が揃うと、少弐は立った。
「まず」
そう言って、頭を下げた。
「皆、戦ってくれてありがとう」
何人かが顔を見合わせる。
「それで……」
少弐は少し言いづらそうに続けた。
「悪い」
さらに頭を下げた。
「俺、土地なんてあまり持ってないんだ」
一瞬、静かになった。
そして――。
「知ってる」
赤木甚兵衛が言った。
笑いが起こった。
「最初から分かっておりますぞ」
「兵庫津と有馬くらいでしょう」
「だから来たのではありませぬ」
「今さら何を申される」
少弐が顔を上げる。
「……知ってた?」
「知らぬと思っていたのか」
赤井直正まで笑っている。
「いや、でも普通は戦ったら土地とか欲しいだろ」
「土地が欲しい者なら、最初からもっと土地を持っている殿へ参ります」
誰かが言った。
また笑いが起きた。
少弐は頭を掻いた。
「それもそうか」
◇
もっとも、何も与えないつもりではない。
「ひとまず、今回の働きは全部書き残してある」
少弐は皆を見る。
「俺だけで決められないことも多い」
今回の戦は、少弐個人の戦ではない。
佐野昌綱。
小田氏治。
筒井。
細川。
四国勢。
播磨の国人。
多くの勢力が動いた。
「佐野殿の停戦交渉が終わったあとになると思う」
少弐は言った。
「佐野殿や氏治公が摂津へ入られたら、大きな評定があるはずだ」
そこで改めて戦功を確認する。
誰がどこで戦った。
誰が何を守った。
誰が何を失った。
それをまとめて恩賞を決めてもらう。
「だから、それまでは少し待ってほしい」
諸将も頷いた。
だが――。
「少弐様」
官兵衛が口を開いた。
「一つ、よろしいでしょうか」
「何?」
「その評定ですが」
「うん」
「少し先になると思われます」
少弐が首を傾げた。
「停戦交渉、そんなにかかる?」
「停戦自体は早いでしょう」
官兵衛は即答した。
「むしろ信長殿は、すぐにでも応じたいはずです」
◇
評定の空気が少し変わった。
官兵衛が説明する。
「羽柴殿は播磨から退きました」
一つ。
「丹羽殿も退いた」
二つ。
「それを受け、佐久間・滝川も大和方面から兵を引き始めております」
三つ。
「織田方からすれば、これ以上戦を続ける利がございませぬ」
兵を立て直さなければならない。
丹波も落ち着かせなければならない。
捕らえられた堀久太郎らも取り戻したい。
だから信長自身は、戦を止めることについては決断が早いだろう。
「なら、すぐ終わるんじゃないの?」
「いいえ」
官兵衛は首を振った。
「戦を止めることと、戦を終わらせることは違います」
少弐が少し考える。
「……義秋様か」
「はい」
官兵衛が頷いた。
◇
「今回、兵を出したのは織田殿だけではありませぬ」
発端には将軍義秋がいる。
織田信長が、
――もう戦わぬ。
と決めれば織田軍は止まる。
だが、それだけでは正式な停戦にはならない。
「問題は」
官兵衛が言った。
「信長殿が、義秋公をどこまで応じさせられるかでしょうな」
赤井直正が腕を組む。
「義秋公が比叡山までの線を認めると思うか」
「簡単には」
「だろうな」
「しかも捕虜の返還、城や砦の扱い、双方の軍勢がどこまで退くか。それぞれ決めねばなりません」
少弐は天井を見た。
「面倒だな」
「戦より面倒なこともございます」
官兵衛が淡々と言った。
「敵なら斬れば退くこともありますが、書状は斬っても返事をいたしませぬ」
「官兵衛、それ今考えた?」
「はい」
「ちょっと上手いな」
評定に笑いが戻った。
◇
官兵衛は続けた。
「おそらく、先に事実上の停戦となります」
双方が兵を動かさない。
追撃しない。
新たに城を攻めない。
捕虜を殺さない。
その状態を作る。
「そのうえで佐野殿と織田方が条件を詰める」
「その間、久太郎殿は?」
「有馬で湯にでも浸かっていただきましょう」
「そうなるよな」
少弐は笑った。
下手をすれば、堀久太郎の傷が治っても交渉は終わっていないかもしれない。
「なら大評定も待ちか」
「正式な恩賞については、その方がよろしいかと」
「分かった」
◇
少弐は改めて諸将を見渡した。
「というわけで」
少し申し訳なさそうに頭を下げる。
「恩賞は、もうちょっと待ってください」
また笑いが起こった。
「少弐様」
赤木甚兵衛が言った。
「だから最初から分かっております」
「そう?」
「そもそも殿についてきて、戦が終わったら田畑をもらえると思っている者がどれほどおります」
「……いない?」
「少なくとも俺は思っておりませぬ」
シレトクが横から言った。
「俺も土地いらない」
「お前はそうだろうな」
「船があればいい」
「それは俺も欲しい」
エカシロが笑った。
少弐も笑った。
◇
だが官兵衛だけは、そのやり取りを静かに見ていた。
土地がない。
だから恩賞を出せない。
少弐は本気で申し訳なく思っている。
しかし官兵衛には、少し違うものが見えていた。
土地がないなら――別のものを与えればいい。
港。
商い。
役目。
船。
通行の権利。
交易の権利。
そして、新しく作る街での居場所。
少弐冬明の周囲には、従来の大名とは違う形で人を養えるものが、少しずつ集まり始めている。
「少弐様」
「何?」
「いずれ氏治公との評定で、少弐様ご自身も恩賞を問われるでしょう」
「俺?」
「今回の戦の張本人の一人でしょう」
「……そうか」
「何を望まれるおつもりで?」
少弐は少し考えた。
土地はいらない。
城も、それほど欲しくない。
だが欲しいものなら――山ほどあった。
「それは」
少弐は笑った。
「今から考えておくよ」
官兵衛も微笑んだ。
おそらく、この男は普通の土地など要求しない。
そんな予感だけは、すでにしていた。
戦場ではひとまず刀が鞘へ戻った。
だが戦後をどう形にするのかという、もう一つの戦いは――。
ようやく始まったばかりだった。




