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帰るまでが戦――遅れてきた播磨衆

官兵衛たちを送り出してから数日。


 有馬には、戦傷者とは別の人間が増え始めた。


 最初は数騎だった。


 次は十人ほど。


 やがて二十、三十とまとまって、播磨各地の国人や地侍が有馬を訪れるようになった。


 羽柴秀吉と少弐冬明が兵庫津から六甲の山々で争っている間、彼らは動かなかった者たちだった。


 東播磨。


 そして播磨南部。


 羽柴が勝つのか。


 少弐が勝つのか。


 それとも双方が疲弊して共倒れになるのか。


 見ていたのである。


 だから少弐も責めなかった。


「まあ、普通そうするよな」


 自分だって国人の立場ならそうする、と少弐は思った。


 ところが彼らの用件を聞いて、少弐は少し困った。


「臣従したい?」


「はっ」


 有馬までやって来た国人の一人が、深々と頭を下げた。


「我ら一同、少弐様の御旗下に加えていただきたく」


「赤松殿がいるだろう」


 少弐の答えは早かった。


 播磨には赤松氏という旗印がある。


 少弐は播磨守護になりたいわけではない。


「赤松殿を捨てろとは言わんぞ」


「それは承知しております」


「では、なぜ俺なんだ」


 国人たちは互いに顔を見合わせた。


 やがて年嵩の男が答えた。


「……兵庫津にございます」


「港?」


「はい」


 そこで少弐にも少し分かった。


 彼らが見ているのは戦の勝敗だけではない。


 兵庫津だった。


 羽柴との戦で傷ついたとはいえ、港そのものは残った。


 船が来る。


 人が来る。


 商人が来る。


 品物が集まる。


 少弐がここを守り、さらに大きな港へ育てるなら、その周辺には巨大な消費地が生まれる。


「我らの村で作った米も野菜も、兵庫津へ運べます」


 別の男が言った。


「薪も炭もございます」


「木材も出せます」


「牛馬も」


「魚もございます」


 少弐は黙って聞いていた。


 なるほど、と納得した。


 彼らは少弐に守ってもらいたい。


 だが、それだけではない。


 兵庫津という市場につながりたいのだ。


 そして少弐にとっても悪い話ではなかった。


 兵庫津をどれほど大きくしても、港だけでは人間は生きられない。


 米。


 野菜。


 薪。


 木材。


 家畜。


 酒。


 油。


 布。


 港で何千、何万という人間が暮らすようになれば、それらを供給する後背地が必要になる。


 しかも戦が起これば、兵庫津と有馬だけでは心許ない。


 周辺の国人が味方なら、街道も守りやすい。


「近いところなら、いいか」


 少弐は呟いた。


 国人たちが顔を上げた。


「ただし」


 少弐は指を一本立てた。


「赤松殿と争えとは言わない」


 もう一本。


「無理に領地を広げるな」


 さらに一本。


「兵庫津へ来る商人から勝手に銭を取るな」


 ここだけ少し声が強くなった。


「特に三つ目は守れ。街道の途中であれこれ理由をつけて銭を取られたら、商人が来なくなる」


 国人たちが頷く。


「その代わり、兵庫津で売ればいい」


「売る……」


「米でも薪でも魚でもいい。持ってこい。町が大きくなれば、いくらでも食う」


 少弐は笑った。


「兵庫津の人間に、皆の村の客になってもらえばいい」


 国人たちの表情が変わった。


 臣従という言葉から想像していた話とは、少し違ったのだろう。


 兵を何人出せ。


 城を差し出せ。


 人質を出せ。


 そんな話になると思っていた。


 少弐が欲しがったのは、道を守ることと、物を売ることだった。


「もちろん、攻められたら助けてもらう」


「はっ」


「こっちも助ける」


「ありがたき幸せ」


「それでいいだろう」


 こうして少弐は、兵庫津・有馬に近い東播磨南部の国人については臣従を認めることにした。


 遠方まで手を伸ばすつもりはなかった。


 三木の別所氏のような大勢力を無理に従わせる気もない。


 赤松氏の守護としての立場を奪うつもりもない。


 あくまで兵庫津の後背地。


 港へ食料や物資を送り、港から商品を買って帰る地域。


 そして有事には互いに守る地域。


 少弐が欲しかったのは、それだった。


 だが本人が思っている以上に、その意味は大きかった。


 羽柴を退けた男のもとへ、播磨の国人が自ら臣従を申し出た。


 その噂は瞬く間に広がっていった。


 有馬には翌日も、その翌日も、新しい使者がやって来た。


「また臣従?」


「そのようです」


「どこの人?」


 少弐はため息をついた。


「戦が終わったら暇になると思っていたんだけどな」


 だが、少弐はまだ知らなかった。


 兵庫津を守ったことで生まれたものは、単なる戦勝ではなかった。


 港を中心として、人と物が集まり始めている。


 海だけではない。


 その海を養う陸までもが、ゆっくりと兵庫津へ向き始めていた。

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