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森を切った秀吉

森可成率いる先発隊が壊滅した。


その報が届いてからしばらくして、少弐冬明の目にも戦場の変化が見え始めた。


山から兵が戻ってくる。


「来たな」


少弐が目を細めた。


旗が見えた。


赤井直正。


さらに阿波辺岩蔵。


森勢に当たっていた正規の精鋭たちだった。


「思ったより早かった」


少弐は呟いた。


森勢を潰した兵が、そのまま羽柴へ向かって突っ込んでくるわけではない。


隊伍を整えながらこちらへ戻ってくる。


疲れてはいる。


だが崩れてはいない。


むしろ一戦を終えたことで妙な落ち着きすらあった。


「休ませろ」


少弐はすぐに言った。


「前へ出すな。水を飲ませろ。弾薬を補充させろ」


黒田孝高が頷く。


「羽柴へぶつけませぬか」


「まだいい」


少弐は眼前を見る。


羽柴勢もまた、変わっていた。


鵯越を越えてきた後続が合流したことで、その兵数は明らかに増えている。


だが、不思議なほど攻めてこなくなった。


「……止まったな」


先ほどまでなら柵へ兵を寄せてきた。


鉄砲を撃たれても、槍で押し返されても、また次が来た。


それがない。


羽柴勢が隊伍を整えている。


少弐はしばらく眺めてから言った。


「森殿を切ったか」


黒田も黙って羽柴勢を見る。


森可成を救う。


森勢と合流する。


その目的がある限り、羽柴秀吉は急がなければならなかった。


だが先発隊が壊滅した。


もう救う相手がいない。


ならば、無理に少弐の陣を突破する意味も薄くなる。


そして羽柴秀吉自身にも、簡単には退けない事情ができていた。


後続が来ている。


鵯越を越えた兵が次々と羽柴の後ろへ集まり、一つの軍勢になってしまった。


これだけの兵をまとめて山道から引き返せば、退却そのものが危険になる。


何より少弐の目の前で背を向けることになる。


「下がれなくなったな、羽柴」


少弐は言った。


だが、それを好機とは思わなかった。


むしろ嫌な感じがした。


秀吉の軍が、まとまり始めている。


森を助ける必要がなくなった。


鵯越から奇襲する必要もなくなった。


後続も集まった。


退却も難しい。


ならば残る選択肢は単純だった。


――少弐を相手にする。


その一点へ、羽柴勢の意思がまとまっていく。


「来ますかな」


黒田が言う。


少弐は首を振った。


「いや」


羽柴勢を見た。


「すぐには来ない」


その読みは当たった。


羽柴勢から小さな一隊が出た。


数十。


少し後ろに鉄砲隊。


こちらへ近づく。


赤木甚兵衛の兵が構える。


銃声。


向こうからも撃ち返す。


何人かが柵へ近づく。


槍が出る。


羽柴兵はすぐ退いた。


追うほどではない。


ところが、しばらくすると別の場所へ別の一隊が来た。


また銃声。


また槍。


また退く。


「……なるほど」


少弐は分かった。


羽柴は突破しようとしていない。


こちらを休ませないつもりなのだ。


右で撃つ。


少し休む。


今度は左へ出る。


鉄砲を撃つ。


引く。


別の隊が出る。


柵へ取りつくように見せる。


こちらが兵を集めれば退く。


「数を使う気だ」


少弐が言った。


羽柴勢は多い。


交代できる。


前へ出た兵を下げ、別の兵を出せる。


対してこちらは陣地を守る側だ。


敵がどこへ来るか分からない以上、完全には休めない。


「俺たちを疲れさせるつもりだな」


黒田も頷いた。


「無理に柵を破る必要がなくなりましたからな」


「嫌な戦い方をする」


少弐は苦笑した。


だが、それこそ羽柴秀吉だった。


森可成を救わねばならない間は、秀吉自身も時間に追われていた。


その森を切った。


救援を諦めた。


すると途端に、時間をこちらへ押しつけてきた。


急ぐのをやめたのだ。


少弐は後ろを見た。


赤井直正が戻っている。


阿波辺岩蔵もいる。


森勢と戦っていた精鋭が休息を取り始めている。


こちらにも余力はある。


だが無限ではない。


しかも二月の山である。


立っているだけでも身体が冷える。


戦えば汗をかく。


止まれば、その汗が冷える。


小競り合いを何度も繰り返される方が、かえって厄介だった。


また銃声。


今度は右。


少弐が見る。


羽柴兵が少し出てくる。


こちらが構える。


撃ち合う。


向こうは深追いしない。


引く。


「またか」


そしてしばらくすると左。


少弐は杖を握った。


「甚兵衛に伝えろ」


伝令が寄る。


「敵が引いても絶対に追うな。柵を越えるな。鉄砲も無駄に撃つな」


「はっ」


「赤井殿と岩蔵には、まだ休んでもらう」


黒田が少弐を見る。


「温存しますか」


「ああ」


少弐は羽柴勢を見た。


秀吉はこちらを疲れさせたい。


ならば、こちらは疲れない戦いをしなければならない。


戦場から派手さが消えた。


大軍同士がぶつかることもない。


大きな鬨の声も減った。


代わりに、


ぱん、ぱん、と忘れた頃に鉄砲が鳴る。


数十人が動く。


こちらも動く。


槍を合わせる。


引く。


また静かになる。


それが何度も続いた。


少弐は、むしろ先ほどまでより神経を使った。


「……羽柴め」


森を失った。


奇襲も失敗した。


それでも崩れない。


それどころか不要になった目的を切り捨てたことで、軍を一つにまとめ直した。


そして自分の持つ最大の利点――兵数を使い始めた。


少弐は素直に認めた。


「強いな」


黒田が横目で見る。


「羽柴殿が?」


「ああ」


少弐は答えた。


「負けたところから、次の勝ち方を探してくる」


また銃声がした。


今度は正面。


少弐はそちらを見る。


「だから面倒なんだ」


その背後では、森勢を壊滅させて戻った赤井直正と阿波辺岩蔵らが、静かに息を整えていた。


羽柴秀吉は数を持っている。


少弐は陣地と精鋭を持っている。


どちらも無理をしなくなった。


こうして夢野の戦いは、激突から一転して――


互いが互いの疲弊を待つ、長い小競り合いへと変わっていった。

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