帰ってきた友――二千の虎
帰ってきた友――二千の虎
元亀四年四月、兵庫津。
「二千余り、お連れいたしました」
鹿島政清の言葉を聞いても、少弐冬明はすぐには意味を理解できなかった。
二十隻の坂東ガレオン。
その船腹から、次々と兵が降り始めている。
虎の意匠を施した胸鎧。
坂東サーベル。
坂東弓。
水牛の小盾。
山を歩くためのピッケル型短槍。
そしてゼンマイ式の単筒。
何より目を引くのは兜だった。
牛角。
鹿角。
獣の頭蓋を思わせる飾り。
同じ軍装を身につけているのに、一人一人の姿が違う。
見た目だけなら北の山から出てきた戦士の群れである。
ところが、笛が鳴った。
それまで船から降りていた者たちが一斉に動きを変えた。
旗が上がる。
百人ほどの集団がまとまって移動する。
別の笛。
今度は止まる。
整然としていた。
少弐はしばらく何も言わず、それを見ていた。
「……二千?」
ようやく口から出たのは、それだけだった。
鹿島がうなずく。
「二千を少々、超えております」
少弐は額へ手を当てた。
氏治からの書状には、
――四月、虎を贈る。
としか書いていなかった。
虎皮か。
あるいは北方で手に入れた何か珍しいものか。
そんな程度に考えていた。
まさか二千人とは思わない。
そのときだった。
船から降りてくる者たちの中に、見覚えのある顔があった。
少弐の表情が変わった。
「……シレトク?」
男が笑った。
「久しぶりだな」
間違いない。
シレトクだった。
少弐が北方へ向かった旅で右腕となり、その後、一度室蘭へ帰るため暇を与えた男。
そのシレトクが、虎の胸鎧を身につけて立っている。
だが一人ではなかった。
「少弐」
別の声。
少弐が振り向く。
「エカシロ?」
エカシロまでいた。
富内の商館を任せたはずの男である。
「お前、商館はどうした」
「妻に任せてきた」
「任せてきた、ではない」
思わず少弐が言うと、エカシロは悪びれる様子もなく笑った。
「ちゃんとできる」
その横から、さらに一人が顔を出した。
「俺もいるぞ」
少弐は目を丸くした。
「ハウキまで?」
北への旅の途中で一行へ加わり、道を案内した男。
帰路には故郷へ送り届けた。
そのハウキまで、当たり前のような顔で立っている。
少弐は三人を見る。
そして背後の二千人を見る。
「……どういうことだ」
シレトクが笑った。
「長い話になる」
「聞かせろ」
少弐たちは港の喧騒から少し離れた。
その間にも、二十隻から兵が降り続けている。
シレトクが話し始めた。
最初は、自分だった。
少弐が西へ向かった。
播磨やその周辺が危うくなっている。
ならば助けに行こう。
そう考えた。
だがシレトク一人で何ができる。
そこで北方で知っている者たちへ声をかけた。
少弐と一緒に旅をした者。
少弐の船を見た者。
酒を飲んだ者。
交易をした者。
狩りをした者。
少弐という変わった和人を覚えている者は、思っていた以上に多かった。
そこへ室蘭の長が加わった。
「長が?」
「ああ」
シレトクがうなずいた。
室蘭の長は周囲の長たちへ書状を送った。
少弐が西へ戻ったこと。
その西で戦になるかもしれないこと。
力を貸したい者がいるなら知らせてほしいこと。
それだけではない。
北の海を行き来する船にも頼んだ。
次の集落へ話を伝えてくれ。
さらに北へ行くなら、そこで話してくれ。
船が海を行き来するたびに話が広がった。
そして、そこへ決定的なものが重なった。
少弐自身の書簡だった。
「俺の?」
「そうだ」
少弐は思い出した。
確かに出した。
西国で自由に動かせる兵が足りない。
北方で共に行動した者たちの中から、希望する者がいるなら援軍として送ってほしい。
必要なのは――
「二百ほどだったはずだぞ」
「ああ」
シレトクが笑った。
「二百だった」
少弐は二千人を見る。
「どうして十倍になった」
「俺に聞くな」
エカシロが吹き出した。
ハウキも笑っている。
話を聞いた者が、
「なら俺も行く」
と言った。
その兄弟が来た。
狩り仲間が来た。
別の集落からも来た。
さらに遠くからも来た。
少弐本人から援軍を求める書状が来たという話まで広がった。
それで止まらなくなった。
「大掾殿が船を出してくれた」
シレトクは続けた。
各地から来た者たちを拾い、鹿島へ運んだ。
一度ではない。
秋から冬にかけて、何度も。
集まった者たちは土浦へ送られた。
そこで氏治が彼らを受け入れた。
「氏治公が?」
「ああ」
最初のころは、ひどいものだったとシレトクは笑った。
武器が違う。
服が違う。
言葉まで違う。
小刀一本で来た者までいる。
戦士ではある。
狩りもできる。
山も歩ける。
だが軍ではなかった。
氏治は彼らを追い返さなかった。
兵学館へ入れた。
装備を与えた。
単筒を教えた。
旗と笛による指揮を覚えさせた。
そしてシレトク自身にも、兵を率いる方法を学ばせた。
半年近い共同生活の中で、北方の者たち自身も変わった。
言葉を覚えた。
近い言葉を話す者同士なら、簡単な会話ができるようになった。
多言語話者が通訳になった。
自然と人が集まる者が百人将になった。
薬草を知る者は薬草を教えた。
狩りを知る者は狩りを教えた。
雪を知る者。
山を知る者。
海を知る者。
それぞれの知識を交換した。
そして春。
氏治は全員へ正式な装備を与えた。
胸鎧。
サーベル。
弓。
単筒。
小盾。
短槍。
虎の意匠。
「それで名前をもらった」
シレトクは自分の胸鎧を叩いた。
「少弐虎衆」
少弐は黙った。
虎。
ようやく氏治の書状の意味が完全に分かった。
――四月、虎を贈る。
あれは最初から、この者たちのことだった。
「氏治公が言った」
シレトクは続けた。
「俺たちは、もう北方衆じゃない」
西へ行けば少弐の兵。
ならば主の名を冠せ。
そして少弐が虎を好むと聞いた氏治が、
少弐虎衆
と名づけた。
少弐は二千人を見た。
二千。
いや、二千を超える。
兵庫津には今、播磨各地から兵が集まり始めている。
黒田。
小寺。
別所。
丹波から逃れてきた赤井の一団もいる。
だが、それらはそれぞれの家の軍勢だった。
少弐虎衆は違う。
この二千強は、
少弐冬明ただ一人を助けるために北から来た。
そして今や兵学館で鍛えられ、一つの指揮系統を持つ軍になっている。
単独の軍勢として見れば――
兵庫津に存在する最大の軍事勢力だった。
少弐はもう一度シレトクを見た。
「そういえば」
「なんだ」
「お前には暇を出していたな」
シレトクが笑う。
「ああ」
室蘭へ帰る。
家族や故郷の者たちに顔を見せる。
そのための暇だった。
それから、およそ一年。
北へ帰ったはずの男は、一人では戻ってこなかった。
二千人を超える仲間を連れて戻ってきた。
シレトクは少弐の前に立った。
「少弐」
「なんだ」
「暇は終わりだ」
少弐はしばらくシレトクを見ていた。
やがて笑った。
「長い暇だったな」
「ああ」
「しかも随分と土産が多い」
シレトクも笑った。
背後には二千強。
虎の胸鎧を着た者たちが、兵庫津へ次々と降り立っている。
こうしてシレトクは、およそ一年の暇を終えた。
少弐冬明のもとへ帰還した。
一人ではない。
エカシロ。
ハウキ。
北方で出会った多くの顔。
そして――
二千を超える少弐虎衆とともに。
兵庫津の勢力図は、この日を境に変わった。
少弐にはもう、
自由に動かせる駒が一つ足りない、
などという悩みはなかった。
北から来た二千の虎が、
その空白を埋めていた。ってきた友――二千の虎
元亀四年四月、兵庫津。
「二千余り、お連れいたしました」
鹿島政清の言葉を聞いても、少弐冬明はすぐには意味を理解できなかった。
二十隻の坂東ガレオン。
その船腹から、次々と兵が降り始めている。
虎の意匠を施した胸鎧。
坂東サーベル。
坂東弓。
水牛の小盾。
山を歩くためのピッケル型短槍。
そしてゼンマイ式の単筒。
何より目を引くのは兜だった。
牛角。
鹿角。
獣の頭蓋を思わせる飾り。
同じ軍装を身につけているのに、一人一人の姿が違う。
見た目だけなら北の山から出てきた戦士の群れである。
ところが、笛が鳴った。
それまで船から降りていた者たちが一斉に動きを変えた。
旗が上がる。
百人ほどの集団がまとまって移動する。
別の笛。
今度は止まる。
整然としていた。
少弐はしばらく何も言わず、それを見ていた。
「……二千?」
ようやく口から出たのは、それだけだった。
鹿島がうなずく。
「二千を少々、超えております」
少弐は額へ手を当てた。
氏治からの書状には、
――四月、虎を贈る。
としか書いていなかった。
虎皮か。
あるいは北方で手に入れた何か珍しいものか。
そんな程度に考えていた。
まさか二千人とは思わない。
そのときだった。
船から降りてくる者たちの中に、見覚えのある顔があった。
少弐の表情が変わった。
「……シレトク?」
男が笑った。
「久しぶりだな」
間違いない。
シレトクだった。
少弐が北方へ向かった旅で右腕となり、その後、一度室蘭へ帰るため暇を与えた男。
そのシレトクが、虎の胸鎧を身につけて立っている。
だが一人ではなかった。
「少弐」
別の声。
少弐が振り向く。
「エカシロ?」
エカシロまでいた。
富内の商館を任せたはずの男である。
「お前、商館はどうした」
「妻に任せてきた」
「任せてきた、ではない」
思わず少弐が言うと、エカシロは悪びれる様子もなく笑った。
「ちゃんとできる」
その横から、さらに一人が顔を出した。
「俺もいるぞ」
少弐は目を丸くした。
「ハウキまで?」
北への旅の途中で一行へ加わり、道を案内した男。
帰路には故郷へ送り届けた。
そのハウキまで、当たり前のような顔で立っている。
少弐は三人を見る。
そして背後の二千人を見る。
「……どういうことだ」
シレトクが笑った。
「長い話になる」
「聞かせろ」
少弐たちは港の喧騒から少し離れた。
その間にも、二十隻から兵が降り続けている。
シレトクが話し始めた。
最初は、自分だった。
少弐が西へ向かった。
播磨やその周辺が危うくなっている。
ならば助けに行こう。
そう考えた。
だがシレトク一人で何ができる。
そこで北方で知っている者たちへ声をかけた。
少弐と一緒に旅をした者。
少弐の船を見た者。
酒を飲んだ者。
交易をした者。
狩りをした者。
少弐という変わった和人を覚えている者は、思っていた以上に多かった。
そこへ室蘭の長が加わった。
「長が?」
「ああ」
シレトクがうなずいた。
室蘭の長は周囲の長たちへ書状を送った。
少弐が西へ戻ったこと。
その西で戦になるかもしれないこと。
力を貸したい者がいるなら知らせてほしいこと。
それだけではない。
北の海を行き来する船にも頼んだ。
次の集落へ話を伝えてくれ。
さらに北へ行くなら、そこで話してくれ。
船が海を行き来するたびに話が広がった。
そして、そこへ決定的なものが重なった。
少弐自身の書簡だった。
「俺の?」
「そうだ」
少弐は思い出した。
確かに出した。
西国で自由に動かせる兵が足りない。
北方で共に行動した者たちの中から、希望する者がいるなら援軍として送ってほしい。
必要なのは――
「二百ほどだったはずだぞ」
「ああ」
シレトクが笑った。
「二百だった」
少弐は二千人を見る。
「どうして十倍になった」
「俺に聞くな」
エカシロが吹き出した。
ハウキも笑っている。
話を聞いた者が、
「なら俺も行く」
と言った。
その兄弟が来た。
狩り仲間が来た。
別の集落からも来た。
さらに遠くからも来た。
少弐本人から援軍を求める書状が来たという話まで広がった。
それで止まらなくなった。
「大掾殿が船を出してくれた」
シレトクは続けた。
各地から来た者たちを拾い、鹿島へ運んだ。
一度ではない。
秋から冬にかけて、何度も。
集まった者たちは土浦へ送られた。
そこで氏治が彼らを受け入れた。
「氏治公が?」
「ああ」
最初のころは、ひどいものだったとシレトクは笑った。
武器が違う。
服が違う。
言葉まで違う。
小刀一本で来た者までいる。
戦士ではある。
狩りもできる。
山も歩ける。
だが軍ではなかった。
氏治は彼らを追い返さなかった。
兵学館へ入れた。
装備を与えた。
単筒を教えた。
旗と笛による指揮を覚えさせた。
そしてシレトク自身にも、兵を率いる方法を学ばせた。
半年近い共同生活の中で、北方の者たち自身も変わった。
言葉を覚えた。
近い言葉を話す者同士なら、簡単な会話ができるようになった。
多言語話者が通訳になった。
自然と人が集まる者が百人将になった。
薬草を知る者は薬草を教えた。
狩りを知る者は狩りを教えた。
雪を知る者。
山を知る者。
海を知る者。
それぞれの知識を交換した。
そして春。
氏治は全員へ正式な装備を与えた。
胸鎧。
サーベル。
弓。
単筒。
小盾。
短槍。
虎の意匠。
「それで名前をもらった」
シレトクは自分の胸鎧を叩いた。
「少弐虎衆」
少弐は黙った。
虎。
ようやく氏治の書状の意味が完全に分かった。
――四月、虎を贈る。
あれは最初から、この者たちのことだった。
「氏治公が言った」
シレトクは続けた。
「俺たちは、もう北方衆じゃない」
西へ行けば少弐の兵。
ならば主の名を冠せ。
そして少弐が虎を好むと聞いた氏治が、
少弐虎衆
と名づけた。
少弐は二千人を見た。
二千。
いや、二千を超える。
兵庫津には今、播磨各地から兵が集まり始めている。
黒田。
小寺。
別所。
丹波から逃れてきた赤井の一団もいる。
だが、それらはそれぞれの家の軍勢だった。
少弐虎衆は違う。
この二千強は、
少弐冬明ただ一人を助けるために北から来た。
そして今や兵学館で鍛えられ、一つの指揮系統を持つ軍になっている。
単独の軍勢として見れば――
兵庫津に存在する最大の軍事勢力だった。
少弐はもう一度シレトクを見た。
「そういえば」
「なんだ」
「お前には暇を出していたな」
シレトクが笑う。
「ああ」
室蘭へ帰る。
家族や故郷の者たちに顔を見せる。
そのための暇だった。
それから、およそ一年。
北へ帰ったはずの男は、一人では戻ってこなかった。
二千人を超える仲間を連れて戻ってきた。
シレトクは少弐の前に立った。
「少弐」
「なんだ」
「暇は終わりだ」
少弐はしばらくシレトクを見ていた。
やがて笑った。
「長い暇だったな」
「ああ」
「しかも随分と土産が多い」
シレトクも笑った。
背後には二千強。
虎の胸鎧を着た者たちが、兵庫津へ次々と降り立っている。
こうしてシレトクは、およそ一年の暇を終えた。
少弐冬明のもとへ帰還した。
一人ではない。
エカシロ。
ハウキ。
北方で出会った多くの顔。
そして――
二千を超える少弐虎衆とともに。
兵庫津の勢力図は、この日を境に変わった。
少弐にはもう、
自由に動かせる駒が一つ足りない、
などという悩みはなかった。
北から来た二千の虎が、
その空白を埋めていた。




