↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
790/1025

二千人の顔――シレトク、軍を組む

正月を過ぎると、ようやく北から来る船の数が減り始めた。


十月からというもの、鹿島へ船が入るたびに人が増えた。


室蘭から来た。


富内から来た。


もっと北から来た。


海の向こうから来た。


そのたびに土浦へ送り、兵学館で装備を渡し、訓練へ加えてきた。


十二月には、氏治自身が、


「これは本当に志願者なのか」


と大掾へ確かめさせたほどだった。


だが、正月を越えてようやく落ち着いた。


そこで四月の西国送りに備え、武具を揃えるために改めて人数を数えた。


結果を聞いた氏治は、しばらく黙った。


「……二千を越えたのか」


「越えております」


当初の想定をはるかに上回っていた。


胸鎧が二千。


坂東サーベルが二千。


軍靴も二千人分。


単筒についても追加で用意しなければならない。


氏治は頭を抱えたくなったが、ここまで来て半分だけ帰せとも言えない。


何より、全員が自分の意思で海を渡ってきた者たちだった。


氏治はシレトクを呼んだ。


「二千人だ」


「ああ」


「おぬし、驚かんのか」


「俺も驚いてる」


そう言いながら、シレトクはあまり驚いている顔をしていなかった。


氏治は尋ねた。


「この中に、人を率いられそうな者はいるか」


シレトクは少し考えた。


「いる」


「百人ほど預けても逃げぬ者だぞ」


「いる」


「言葉も違うぞ」


「だから、言葉が分かる奴もいる」


氏治は身を乗り出した。


「誰だ」


シレトクはいくつか名前を挙げた。


その中に、氏治も聞き覚えのある名前があった。


「エカシロ」


氏治が顔を上げた。


「待て。あれは富内ではなかったか」


「いた」


「商館はどうした」


「妻に任せてきたらしい」


氏治はしばらく黙った。


「……勝手な奴だな」


シレトクが笑った。


「俺もそう思った」


エカシロは家族ごと船に乗り込んで少弐の旅へ加わった男だった。


その後は富内に残り、商館を預かっていた。


その男が今度は妻に商館を預け、自分だけ海を渡ってきたのである。


理由は簡単だった。


少弐が西へ行く。


ならば自分も行く。


それだけだった。


「ほかには」


シレトクは続けた。


「ハウキもいる」


氏治は北方遠征の報告を思い出した。


途中から一行へ加わり、北への道を案内した男。


帰路には故郷へ送り届けたはずだった。


「そやつまで来たのか」


「ああ」


それだけではなかった。


シレトクが演習場を歩けば、


「お前も来たのか」


という再会が何度もあった。


少弐たちが北方を旅した際に船を案内した者。


一緒に狩りをした者。


交易を手伝った者。


酒を飲んだ者。


集落と集落の間を行き来していた多言語話者。


狩猟隊をまとめていた男。


シレトクが名前までは知らなくても、顔を覚えている者までいた。


遠方から来た者が増えれば増えるほど、言葉は通じなくなった。


ところが、その間に立つ者も自然に現れていた。


二つの言葉を話す。


三つ話せる。


別の男を一人挟めば、さらに遠くの者とも話せる。


そういう者の周りには、いつの間にか人が集まっていた。


シレトクは言った。


「強い奴だけなら、もっといる」


氏治は黙って聞いた。


「でも百人を預けるなら、強いだけじゃ駄目だと思う」


兵学館で学んだことだった。


一人で獲物を追えること。


一人で敵地へ入り込めること。


百人を連れて行き、百人を連れて帰ること。


それは違う。


「面倒見がいい奴がいる。言葉をいくつも知ってる奴もいる。喧嘩すると、なぜかそいつが止めに来る奴もいる」


シレトクは続けた。


「俺が何も言ってないのに、もう人がついてる奴がいる」


氏治は笑った。


それこそ聞きたかった答えだった。


「ならば、おぬしが決めろ」


シレトクが氏治を見る。


「何を」


「全部だ」


「全部?」


「二千人をどう分ける。誰に百人を預ける。誰をその下につける。通訳をどこへ置く。旗を誰に持たせ、笛を誰に吹かせる」


シレトクは黙った。


氏治は続けた。


「兵学館が組めば、坂東の軍になる」


それでは意味がない。


この二千人には、この二千人なりのまとまり方がすでに生まれている。


言葉が違う。


暮らしてきた土地も違う。


得意なことも違う。


それでも数か月を共に過ごし、自然と人の輪ができていた。


ならば、その輪を最もよく知っている者に組ませるべきだった。


「これは、おぬしたちの軍だ」


氏治は言った。


「坂東の形に無理やり押し込むな」


ただし、と付け加える。


「二千人を戦場で動かせる形にはせよ。それを兵学館で学んだのであろう」


シレトクはしばらく考えていた。


やがて、


「分かった」


と答えた。


その日からシレトクは、二千人の中を歩き始めた。


昔から知っている者。


土浦へ来て初めて知った者。


多くの言葉を話す者。


人望のある者。


山に詳しい者。


海に詳しい者。


薬草に詳しい者。


弓の巧い者。


単筒をすぐに覚えた者。


そして、本人が何も言わなくても周囲に人が集まる者。


シレトクは一人ずつ見ていった。


誰が一番強いかを決めるためではない。


誰になら仲間を預けられるか。


それを決めるためだった。


二千人を超える北方の戦士たちは、すでに集まっていた。


次に必要なのは、


その二千人を――


一つの軍にすることだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。