↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
789/1025

元亀四年正月――虎を贈る

元亀四年、正月。


鹿島で開かれた新年の坂東評定では、まず西国の情勢から報告された。


前年、羽柴秀吉は若狭攻略を完了していた。


勝った。


だが、その勝ち方がよくなかった。


織田信長は西へ急ぐことを望み、秀吉もその意向を汲んで攻略を急いだ。調略によって時間をかけて国人を切り崩すより、軍勢を進めて力ずくで若狭を押さえることを優先したのである。


その結果、表向き若狭は織田の手に落ちたものの、国人たちの反発は収まらなかった。


降った者が再び背く。


従うと約した者が裏で別の国人と結ぶ。


街道も完全には安定しない。


「若狭を取ったというより、若狭の上に座って動けなくなった、と見るべきでしょう」


佐野昌綱の報告に、評定の諸将が地図へ目を落とした。


さらに西。


丹波では、いまだ戦が続いている。


明智光秀は秀吉とは反対に、力攻めを避けていた。


城を一つずつ攻め落とすのではなく、国人同士の関係を調べ、離反を誘い、味方を増やしてから次へ進む。


そのため大敗はない。


だが、遅い。


信長がその進み方にしびれを切らし始めたという。


「丹波方面の指揮を替えるのではないか、という噂まで出ております」


まだ噂にすぎない。


しかし織田家内部で、西への進み方を巡って意見が割れ始めていることは確かだった。


一方、東海道にも大きな動きがあった。


北条氏康。


前年の三方ヶ原では徳川勢を大きく破った。


ところが、その後が続かなかった。


氏康の健康が優れない。


軍を進めるだけの力が北条家にあっても、氏康自身が以前のように長期間陣頭へ立つことが難しくなり、北条勢は徐々に後退しているという。


「勝って進めぬ北条。取って動けぬ羽柴。急がず進む明智か」


氏治が呟いた。


誰が勝ったかだけでは情勢は分からない。


勝った後に動けるか。


その土地を治められるか。


次の戦へ進めるか。


それを見なければならなかった。


そして評定は、兵庫津にいる少弐冬明からの報告へ移った。


少弐は備前の宇喜多へ話を通した。


さらに安芸の毛利とも関係を結んだ。


瀬戸内を西へ進む道筋を確保し、その先では朝鮮へつながる航路まで見通せる状態になった。


北では室蘭から樺太、そのさらに先へ。


西では兵庫津から瀬戸内、そして朝鮮へ。


少弐に与えられた二つの仕事は、確かに道となり始めていた。


氏治は報告書を閉じた。


「少弐には褒美をやらねばならんな」


金か。


領地か。


そう考えた者もいた。


だが氏治は、少し楽しそうに言った。


「虎を贈る」


評定の間が静かになった。


「……虎?」


誰かが聞き返した。


氏治はそれ以上説明しなかった。


「そう書いて送れ」


兵庫津の少弐へ送る書状には、こう記された。


北方航路を開き、さらに兵庫津より西へ道を伸ばし、朝鮮へ至る道筋をつないだ功を賞する。


その褒美として――


虎を贈る。


ただし、すぐには届けない。


「四月だ」


氏治は言った。


「四月に届ける。それまで兵庫津の近くに場所を用意させろ」


少し考え、付け加えた。


「広い練兵場がいる。宿舎もだ。飯も食わせねばならん」


そこまで聞けば、評定にいる者たちには分かった。


氏治の言う虎は、獣ではない。


だが何を送るつもりなのかまでは、少弐には知らせない。


「人数も書くな」


氏治は念を押した。


「せっかくの褒美だ。見てから驚けばよい」


こうして兵庫津へ、一通の書状が送られた。


――四月、虎を贈る。


――それまでに練兵場を用意し、待て。


そのころ土浦では。


雪の残る兵学館の演習場に、北から来た男たちが集まっていた。


まだ増えていた。


氏治自身、最終的に何人になるのか、もはや正確には読めなくなっていた。


胸鎧を着け。


坂東サーベルを佩き。


軍靴を履き。


単筒を手にする。


言葉の違っていた者たちは、少しずつ互いの言葉を覚え始めていた。


その間をシレトクが歩いている。


まだ彼らに正式な名はない。


だが四月。


この者たちは西へ行く。


少弐冬明のもとへ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。