「友を助けに、西の海を望みに行く」
十月に入るころから、鹿島の港には北から来た者たちの姿が少しずつ増え始めた。
一度に千人が押し寄せたわけではない。
室蘭から船が着くたびに、五十人、百人、また次の船で百人――と、大掾家が手配した船に分乗して海を渡ってきたのである。
室蘭の者だけではなかった。
富内、哲秀河、綾部、大穂田。
少弐冬明が北方の旅で縁を結んだ土地から、「あの男が西で困っているらしい」と聞いて、自ら来た者たちだった。
彼らは鹿島に着くと、さらに土浦を目指した。
だが、何せ数が多い。
しかも、その姿は坂東の兵とはまるで違った。
鹿皮の上着を着た者。厚い毛皮をまとった者。普通の布衣だけの者。弓を背負った者もいれば、槍を持つ者、山刀だけを腰に差した者までいる。
身体は強い。
寒さにも飢えにも強く、山を歩かせれば坂東兵でも容易には追いつけない。弓や狩猟に秀でた者も多い。
しかし――軍隊ではなかった。
そのことを一番よく理解していたのが、彼らを率いてきたシレトクだった。
やがて土浦へ入ったシレトクは、小田氏治への謁見を願い出た。
御前に通されても、彼は飾った言葉を使わなかった。
「氏治公。頼みがある」
そして深く頭を下げた。
「みんな、少弐のために勝手に集まった」
氏治がわずかに眉を上げる。
「命じられたのではないのか」
「誰にも命じられてない」
シレトクは首を振った。
「室蘭の長も止めなかった。富内でも、チョルガルでも、綾部でも、大穂田でも話が広がった。少弐に世話になったやつ、酒を飲んだやつ、一緒に船を引いたやつ、熊の話をしたやつ……いろんなやつが来た」
少し困ったように笑う。
「集まりすぎた」
氏治の周囲にいた家臣たちから、小さな笑いが漏れた。
だがシレトクはすぐ真顔に戻った。
「大掾が船を出してくれてる。だからここまでは来られた。でも――」
腰の小刀を軽く叩いた。
「俺たちは戦士だ。兵士じゃない」
氏治は黙って聞いた。
「強いやつはいる。山なら何日でも歩ける。弓がうまいやつもいる。獣を追わせれば誰にも負けないやつもいる。でも、持ってるものはばらばらだ」
シレトクは自分の胸元を指した。
「小刀一本のやつもいる。普通の服しか持ってないやつもいる」
そして、播磨へ潜っていたころのことを語った。
「俺は播磨や備前を見た。城にも出入りした。侍の鎧も見た。刀も槍も鉄砲も見た」
そこで言葉を切った。
「強い」
それは素直な評価だった。
「俺たちは身体じゃ負けない。山でも負けない。でも戦になれば違う。鎧もない。長い槍もない。鉄砲を撃たれたときどう動くかも知らない」
シレトクは拳を握った。
「このまま西へ行ったら、千人いても数だけだ」
御前が静まり返る。
「少弐の足手まといになる」
その言葉だけは、シレトクには耐えられないらしかった。
再び深く頭を下げた。
「だから氏治公。力を貸してほしい」
そして、今度ははっきりと言った。
「助けてほしい」
氏治はしばらく何も言わなかった。
シレトクは頭を下げたまま続ける。
「俺たちを坂東の侍にしてくれとは言わない。俺たちは俺たちの戦い方がある。それを捨てたら弱くなる」
「だが――」
顔を上げた。
「鎧が欲しい。槍が欲しい。弓の足りない者には弓を。戦のやり方を教えてくれる者も欲しい」
さらに言う。
「少弐が西で何をするのか、俺には全部は分からない」
シレトクは少し笑った。
「でも、あいつは北の海まで来た」
室蘭にも来た。
樺太にも渡った。
凍る海を越え、見知らぬ土地で同じ鍋を囲み、酒を酌み交わし、病人がいれば立ち止まり、困ったコタンがあれば手を貸した。
だから今度は、自分たちが行く。
「俺たちは、友を助けに行くんだ」
シレトクは立ち上がりかけ、慌ててまた座った。
そして西を指した。
「これから俺たちは――」
一瞬、言葉を探した。
「友を助けに、西の海を望みに行く」
御前にいた者たちは、その妙な言い回しに誰も笑わなかった。
播磨の向こう。
備前の向こう。
瀬戸内の海。
そのさらに先へ。
北方からやってきた千人近い戦士たちは、領地を欲しがっているのではない。恩賞を約束されたわけでもない。
ただ一人の友を助けるために、海を越えてきたのである。
氏治はしばらくシレトクを見つめていた。
やがて口元をわずかに緩めた。
「分かった」
シレトクの目が上がる。
「ただし、その千人をそのまま西へ送ることは許さぬ」
「……やっぱり駄目か」
「逆だ」
氏治は笑った。
「少弐のところへ送るからこそ、そのままでは送れぬ」
そして家臣たちを振り返った。
「土浦で預かる」
武具を揃える。
衣服を揃える。
兵学館から教官を出す。
だが坂東兵と同じものにはしない。
山野を走り、寒さに耐え、少人数で動き、狩猟と追跡に長ける――その長所を殺さず、戦場で集団として動けるようにする。
氏治は再びシレトクを見た。
「おぬしたちは戦士なのであろう」
「ああ」
「ならば兵士になる必要はない」
氏治は言った。
「戦士のまま、軍になる術を覚えよ。」
シレトクはしばらく氏治を見つめていた。
やがて大きく頷いた。
「それがいい」
そして、にっと笑った。
「少弐を驚かせてやれる」
こうして土浦には、奇妙な軍勢が生まれようとしていた。
坂東兵でもない。
アイヌだけでもない。
ニヴフや北方沿岸の者たちまで交じり、言葉も服装も武器も違う。
それでも彼らには、ただ一つだけ共通するものがあった。
――少弐冬明という男と、北の海のどこかで縁を結んだこと。
氏治は、この千人を普通の足軽に作り替えようとはしなかった。
後に西国の者たちがその異様な姿を目にすることになる、**「北方衆」**の編成が、土浦で始まった。




