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山賊頭の病――少弐の見立てと空蝉への使い

厳島から戻った少弐を、赤木甚兵衛が待っていた。


「殿、ちょっと見てもらいたい奴がおりまして」


「お前、とびきりの粗忽者を捕まえたと言っていたな」


「捕まえたっていうか……」


甚兵衛は頭を掻いた。


「まあ、連れてきたというか」


「違うのか?」


「困ってたんで」


少弐は眉を上げた。


甚兵衛から事情を聞いてみれば、捕縛とはずいぶん違った。


男の名は、阿波部岩蔵。


もとは四国の船着場で荷揚げや荷卸しをしていた男だった。


大柄で力が強い。


港の荒くれ者同士の喧嘩でも滅多に負けなかった。


ところが四国の動乱と畿内の政変に巻き込まれ、兵として徴発された。


自ら望んで武士になったわけではない。


そのまま畿内へ送られ、戦乱の中で軍勢から離れた。


山城を流れ、やがて播磨へ。


そこで食い詰めた地侍や逃亡兵、百姓崩れなどをまとめるようになった。


今では播磨の山一帯を仕切る山賊頭である。


「それを捕まえたのか?」


「だから違いますって」


甚兵衛が苦笑した。


「話をしに行ったら、具合が悪そうだったんで連れてきたんです」


「山賊頭を?」


「へえ」


「本人は?」


「ついてきました」


「それは捕虜ではないな」


「だから困ってるんです」


少弐は呆れながら、岩蔵のいる部屋へ入った。


最初に目についたのは体格だった。


偉丈夫である。


長年、港で荷を担いでいた身体だ。


肩幅が広く、腕も太い。


食い詰めた生活で肉は落ちているが、元の身体が頑丈なのは一目で分かる。


しかし――


「顔色が悪いな」


少弐の表情が変わった。


岩蔵は不機嫌そうに答えた。


「寝りゃ治る」


「そういう奴ほど治らん」


少弐は近くへ寄った。


旅をしている間に、人の顔色を見る癖がついていた。


船では病人を放置できない。


北方では医者がすぐそばにいるとは限らない。


イネスからも、嫌というほど簡単な見分け方を教えられた。


少弐は岩蔵の足を見る。


「足が重いか?」


岩蔵が少し驚いた。


「……ああ」


「痺れる?」


「たまにな」


「力が入りにくいことは?」


「ある」


「息が切れることは」


岩蔵が黙った。


少弐は甚兵衛を見る。


「こいつ、何を食っていた」


「本人に聞いてくだせえ」


「岩蔵」


米。


粥。


酒。


もらえれば魚。


たまに肉。


野菜や豆など、わざわざ食べようとも思わない。


食い詰めていた。


だが腕っ節が強い。


用心棒をやる。


揉め事に顔を出す。


喧嘩をする。


それで飯くらいにはありつけた。


飢えて死ぬほどではない。


しかし、腹を満たすことだけを優先した食生活が長く続いていた。


少弐は岩蔵の足を見た。


むくみもある。


「……脚気だな」


甚兵衛が聞き返す。


「かっけ?」


「ああ」


「治るんですか」


「食い物を変える」


少弐は答えた。


だが、その直後。


岩蔵の額に触れた少弐の表情が変わった。


「熱もあるじゃないか」


「少しくらいだ」


「少しじゃない」


脚気だけなら、発熱は説明しにくい。


別の病を併発している可能性がある。


少弐は医者ではない。


旅の経験から脚気らしいことまでは分かる。


だが、熱の原因まで自分で決めつけるのは危険だった。


「甚兵衛」


「へえ」


「こいつ、いつから熱がある」


「昨日あたりからじゃねえですかね」


「咳は?」


岩蔵が首を振る。


「腹は?」


「別に」


「寒気は?」


「少し」


少弐は考えた。


そして決めた。


「まず寝かせる」


「俺は寝てる」


「黙って寝てろ」


水分を取らせる。


身体を冷やしすぎない。


無理に大量の飯を詰め込ませない。


食べられるなら粥だけに偏らせず、麦や豆を少しずつ加える。


少弐自身、慣れない手つきながら旅先で覚えた処置を始めた。


ライラが横から手伝う。


「少弐、これは?」


「水を」


「どのくらい?」


「一度に飲ませすぎるな。少しずつ」


岩蔵が不満そうに言う。


「酒じゃ駄目か」


少弐が睨んだ。


「駄目だ」


「少しくらい」


「駄目だ」


「けちだな」


「病人に言われたくない」


甚兵衛が笑った。


「元気そうじゃねえですか」


「口だけだ」


少弐は答えた。


しかし、やはり熱が気になる。


脚気だけを見て安心するわけにはいかなかった。


少弐は紙を取った。


「使いを出す」


甚兵衛が尋ねる。


「医者を?」


「ああ」


少弐は一瞬、イネスの顔を思い浮かべた。


だが、すぐに首を振った。


イネスは動かせない。


千陽姫のためにいる。


ならば――


「空蝉を呼ぶ」


書状を急いで認める。


岩蔵の状態。


足の痺れ。


むくみ。


食生活。


そして発熱。


分かる限りを書いた。


「急ぎで届けろ」


使いの者へ渡す。


「空蝉に、できるだけ早く清盛館へ来てほしいと伝えてくれ」


使者が走った。


少弐は岩蔵を見る。


「それまで俺が見る」


岩蔵が眉を上げた。


「医者じゃねえんだろ」


「違う」


「大丈夫なのか」


「俺も不安だ」


「おい」


甚兵衛とライラが同時に笑った。


少弐も苦笑する。


「だから本物を呼んだんだ」


少弐は旅の中で、ずいぶん多くのことを覚えた。


病人の顔色。


食べ物の重要さ。


水を切らしてはいけないこと。


素人が分からないものを、分かったつもりになってはいけないこと。


医術を身につけたわけではない。


だが、


――これは放っておいてはいけない。


それを判断する程度の知恵は身についていた。


播磨の山一帯を仕切る偉丈夫は、その日から清盛館の一室で寝かされることになった。


捕虜ではない。


家臣でもない。


赤木甚兵衛が、


「困っていたから」


という理由で連れてきた山賊頭。


そして少弐はまだ知らなかった。


この阿波部岩蔵という男が回復したのち、


山賊を取り締まる側へ回り、


兵庫津そのものを守る男になることを。

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