清盛館への帰還――甚兵衛が連れてきた男
厳島での約定を終えると、少弐は瀬戸内を東へ戻った。
那須も約束を守っていた。
四国で次々と建造されている坂東フリガッタのうち、まず数隻を兵庫津へ回してくれたのである。
大艦隊ではない。
だが、それで十分だった。
少弐家が自由に使える船として兵庫津に常駐させれば、播磨沿岸の巡回、四国との連絡、毛利領への使者、商船の護衛までかなりの仕事をこなせる。
しかも兵庫津は、一から港を造らなければならない土地ではなかった。
かつて平清盛が大輪田泊を整え、瀬戸内と畿内を結ぶ海上交通の要地として発展させた土地である。
時代を経て姿は変わっていても、港として利用できる地形も、人の往来も、商いの蓄積もある。
堺と比べれば規模も富も及ばない。
だが、
――港にする。
ところから始める必要はなかった。
必要なのは、
――もう一度、大きな港へ育てる。
ことだった。
少弐は船上から兵庫津を眺めた。
「やはり悪くない」
ライラが隣から聞く。
「兵庫津?」
「ああ」
「堺より?」
「それはまだ堺だ」
少弐は笑った。
「だが、堺になる必要もない」
兵庫津には兵庫津の役割がある。
瀬戸内から来る船を受ける。
四国へ渡る。
安芸へ行く。
毛利との約定ができた今では、そのまま周防まで進める。
さらに博多、対馬、朝鮮へつながる。
そこへ坂東フリガッタが数隻入れば、港の姿も変わってくる。
修理する者がいる。
帆や縄を扱う者がいる。
水や食料を売る者がいる。
船大工が集まる。
倉庫が増える。
そして播磨で作らせようとしている釘や鑿、鋸といった金物の需要も増える。
一つが動けば、別の一つも動く。
少弐はそんなことを考えながら、久しぶりに清盛館へ戻った。
門が見えてくる。
「ようやく帰ったな」
道後。
安芸。
厳島。
それなりに長く留守にした。
清盛館へ入れば、渡辺から山ほど報告を受けることになるだろう。
播磨の国人。
商人。
紙。
塩。
鍛冶。
兵庫津。
試作を始めた鰯の保存食。
少弐は覚悟して門をくぐった。
ところが。
最初に飛んできたのは渡辺ではなかった。
「殿!」
赤木甚兵衛だった。
「甚兵衛か」
「お帰りなせえ」
相変わらず、兵士らしい格好をさせてもどこか山賊じみて見える。
少弐は甚兵衛を見る。
「どうだった」
以前、少弐は甚兵衛に命じていた。
丹波の争乱や軍勢の駐留によって食い詰め、山へ入り始めた地侍たち。
そうした者の中から、使える者を探して召し抱える。
ただし少弐が希望したのは、妙に品行方正な者ではなかった。
赤木甚兵衛のような、
――いかにも乱暴そうな奴。
である。
甚兵衛自身、
――それは難しいですぜ。
と笑っていた。
少弐は少し期待して尋ねた。
「見つけたか?」
甚兵衛がにやりとした。
「見つけましたぜ」
「本当か」
「とびきりです」
少弐の眉が上がる。
「どのくらいだ」
「俺が言うのも何ですが」
「お前が言うのか」
「粗忽者です」
ライラが笑った。
少弐も少し興味を持った。
「それは見てみたいな」
「でしょう?」
甚兵衛は得意そうだった。
ところが、すぐに表情を曇らせた。
「ただ……」
「何だ」
「ちょっと具合が悪そうなんで」
少弐の表情が変わった。
「怪我か?」
「いや、それがよく分からんのです」
「熱は?」
「あるような、ないような」
「飯は?」
「食います」
「なら元気じゃないか」
「それが、そうでもなくて」
甚兵衛自身、説明に困っているらしい。
「とにかく一度、見てやってくれませんか」
少弐は少し呆れた。
「俺は医者じゃないぞ」
「でも殿、北だ南だと行って、変な病気も色々見てきたでしょう」
「だからといって診察はできん」
少弐は言いながらも歩き出した。
「どこにいる」
「こっちです」
甚兵衛が先導する。
ライラも当然のようについてくる。
少弐は歩きながら尋ねた。
「名前は?」
甚兵衛が答える。
「それがまた――」
少し笑った。
「名前からして、なかなかの奴です」
「何という」
甚兵衛は振り返った。
「まあ、会ってみてくだせえ」
少弐は眉をひそめた。
「なぜ隠す」
「見たほうが早い」
厳島で海の道を一本通した。
毛利との約定をまとめた。
那須からフリガッタも回ってきた。
ようやく清盛館へ帰り、
――仕事を一つ終えた。
そう思ったばかりだった。
ところが門をくぐって最初に待っていたのは、
赤木甚兵衛がどこからか拾ってきた、
「とびきりの粗忽者」
である。
しかも病人らしい。
少弐はため息をついた。
「……帰って早々、これか」
ライラが横で笑った。
「少弐らしいんじゃない?」
「どういう意味だ」
「休む暇がないってこと」
少弐は道後で那須に言われた言葉を思い出した。
――休むのも仕事ですよ。
どうやら兵庫津へ戻った瞬間、
その仕事だけは終わってしまったらしい。




