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西国への道――伊予、那須との十日

六月の庭評定を終えて間もなく、少弐は兵庫津を発った。


同行するのは護衛のライラ。


目的地は伊予である。


毛利と本格的に話を進める前に、どうしても会っておかなければならない男がいた。


那須資忠。


四国を預かる男である。


兵庫津から西へ商いの道を延ばす。


備前を越え、毛利領へ入り、その先は朝鮮までつなげる。


それを少弐が勝手に進めれば、四国側から見れば頭越しに瀬戸内の秩序を変えることになる。


少弐にそのつもりはなかった。


だから先に伊予へ向かった。


那須は少弐を迎えると、相変わらず豪快だった。


年齢は少弐より若い。


だが四国という複雑な土地を預かり続けたためか、細かいことに拘泥するより、


――必要ならやる。


――邪魔なら片づける。


という気質が以前より強くなっている。


「それで?」


挨拶もそこそこに那須が聞いた。


「今度は何を始めるんです」


「人を働きすぎみたいに言うな」


「違うんですか」


横にいたライラが小さく笑った。


少弐は聞こえなかったことにした。


「まず船が欲しい」


「ほら始まった」


「数隻でいい」


少弐は地図を広げた。


兵庫津を指す。


「新型フリガッタをここへ置きたい」


「何隻です?」


「まず数隻。少弐家の船として使いたい」


兵庫津には商船が集まり始めている。


だが少弐自身が自由に動かせる高速船はまだ足りない。


播磨沿岸の巡回。


商船の護衛。


安芸への使者。


四国との連絡。


場合によっては朝鮮方面との連絡にも使える。


「大艦隊はいらん」


少弐は言った。


「兵庫津から必要なときにすぐ出せる船が欲しい」


那須は地図を見た。


「分かりました。何隻か回しましょう」


「助かる」


「ただし」


「何だ」


「船だけ置いて終わりじゃ困りますよ」


那須が兵庫津を指した。


「ここを寄港地にしてください」


今度は少弐が那須を見る。


「坂東フリガッタの?」


「ええ」


那須は頷いた。


洲本は近い。


西国艦隊も瀬戸内にいる。


それでも、兵庫津に確実に使える港がある意味は大きい。


船が入れる。


水が取れる。


食糧が買える。


修理できる。


情報が入る。


いざというとき艦隊が集まれる。


「近くに洲本があるから大丈夫、では不安なんですよ」


那須は言った。


「兵庫津を仕上げてください」


「仕上げる?」


「坂東フリガッタが普通に寄って、補給して、必要なら数日居座れる港にする」


少弐は少し考えた。


悪くない。


むしろ兵庫津の発展とも一致する。


「分かった」


少弐は頷いた。


「兵庫津を坂東フリガッタの寄港地にする」


「お願いします」


今度は少弐が別の紙を出した。


「それから播磨で金物を作らせる」


「刀ですか?」


「いや」


少弐は首を振った。


「刀は備前も摂津もいる。そこへ無理に割って入る必要はない」


包丁。


農具。


釘。


針。


鑿。


鋸。


そうした生活や仕事に使う金物を育てる。


那須は興味を示した。


「船にも使えますね」


「だから聞きに来た」


少弐は身を乗り出した。


「船大工に聞いてくれ」


「何を?」


「何が欲しいかだ」


釘なら、どの長さが多く必要なのか。


どんな頭の形が使いやすいのか。


鑿はどの幅が必要か。


鋸はどういうものが欲しいか。


錐。


金槌。


鉋に使う刃。


船金具。


「こちらが勝手に作って売るのではなく、使う者に欲しいものを聞いてから作る」


那須が笑った。


「商人みたいなことを言いますな」


「商いの話をしている」


「一応、武士でしょう」


「一応は余計だ」


ライラがまた笑った。


話は次に、毛利へ移った。


少弐の表情が少し真面目になる。


「那須」


「はい」


「兵庫津から朝鮮まで道を通したい」


那須も笑みを消した。


兵庫津。


備前。


安芸。


瀬戸内。


そして朝鮮。


海の道を一本につなぐ構想である。


「そのために毛利と話をつける」


少弐は続けた。


「だが、先に言っておく」


那須を見る。


「四国のことに首を突っ込むつもりはない」


毛利と四国。


村上水軍。


瀬戸内の島々。


そこには長年の利害と因縁がある。


少弐が元就と親しくなったからといって、勝手に線を引き直していい問題ではない。


「俺が欲しいのは道だ」


少弐は言った。


「兵庫津から毛利領を通り、朝鮮へ抜ける商いの道。それだけだ」


那須は少弐を見ていた。


やがて豪快に笑った。


「いいですよ」


「いいのか?」


「俺の仕事が楽になるなら、好きにしてください」


少弐が少し呆れた。


「ずいぶん簡単だな」


「元就公と話をつけるんでしょう?」


「ああ」


「なら任せます」


那須は完全に少弐へ投げた。


「対毛利は少弐殿に預けます」


「お前な」


「その代わり」


那須が兵庫津を指した。


「ここは本当に仕上げてくださいよ」


「分かっている」


「四国から畿内へ行くにも使える。毛利と話がつけば西へも出られる。朝鮮まで道がつながれば、なおさらです」


兵庫津の価値は、播磨一国だけのものではなくなり始めていた。


そこで少弐は、もう一つ聞いた。


「村上は?」


那須の目が少し細くなる。


来島。


能島。


因島。


村上三家。


四国の動乱そのものは一段落している。


だが、人間同士の因縁までは消えていない。


少弐はその事情を説明した。


毛利との往来を安定させるなら、ここも整理しておきたい。


那須は最後まで聞いた。


そして一言だけ答えた。


「分かった」


「どうする?」


「話をつけます」


「俺も――」


「少弐殿」


那須が遮った。


「これはこっちの仕事です」


少弐は黙った。


那須は笑う。


「村上には俺が話をつけてきます。その間、少弐殿は休んでいてください」


「休む?」


「ええ」


「今?」


「今です」


那須は当然のように言った。


「道後へ行って、十日ほど湯につかっていてください」


少弐が眉を寄せる。


「十日も?」


「十日です」


「長すぎる」


「短いくらいです」


横にいたライラがすぐ頷いた。


「私もそう思う」


「お前はどっちの味方だ」


「あなたの護衛」


「なら俺の味方をしろ」


「だから休んでほしいの」


那須が声を上げて笑った。


「ほら、護衛殿もそう言ってる」


少弐は不満そうだった。


「俺は毛利へ行く準備も――」


「それをやるから言ってるんです」


那須は少弐の言葉を遮った。


「少弐殿」


「何だ」


「休むのも仕事ですよ」


少弐が黙った。


那須は笑っている。


だが、その言葉だけは本気だった。


「村上は俺がやる。船も手配する。船大工にも話を聞いておく」


指を折りながら数える。


「少弐殿はそのあと毛利へ行く。兵庫津へ戻ったら、また播磨の仕事が待っている」


そして少弐を見る。


「全部自分でやってたら、また倒れますよ」


「またとは何だ」


「心当たりがないなら、なお悪い」


ライラが笑いをこらえている。


少弐は助けを求めるようにそちらを見る。


「十日」


ライラが言った。


「お前まで」


「十日」


「五日でいい」


「十日」


那須も譲らない。


「七日」


「十日」


「八日」


「十日」


「九日」


「十日」


少弐はとうとう諦めた。


「……分かった」


那須が満足そうに頷いた。


「最初からそう言えばいいんです」


「お前、俺より若いだろう」


「だから何です?」


「最近、俺の扱いが雑になってないか」


「気のせいです」


那須は豪快に笑った。


こうして役割は決まった。


少弐は毛利と話をつける。


那須は村上三家の問題を整理する。


新型フリガッタ数隻を兵庫津へ回す。


四国の船大工から、播磨に作ってほしい金物を聞き取る。


そして兵庫津を、坂東フリガッタが安心して寄港できる港へ育てる。


播磨から四国へ。


播磨から安芸へ。


そして安芸から朝鮮へ。


少弐が引こうとしている一本の海路が、少しずつ形になり始めていた。


ただし、その前に。


少弐冬明には十日間、


道後で湯につかり、何もしないという仕事が課せられたのである。

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