播磨の名を売れ――庭評定の産業策
清盛館の庭評定は、そのまま播磨の商いの話へ移っていった。
海の者もいる。
山の者もいる。
国人もいる。
商人もいる。
両川を迎えるために整えた座敷には到底収まらず、結局、少弐は縁側に腰を下ろし、播磨の者たちは庭いっぱいに座っている。
少弐は一つずつ尋ねていった。
「播磨には何がある?」
米。
麦。
魚。
塩。
木材。
炭。
紙。
鉄を扱う鍛冶。
答えはいくらでも出てくる。
つまり、何もない土地ではない。
むしろ逆だった。
物はある。
人もいる。
海もある。
兵庫津という港まである。
それなのに、堺まで荷を運べるようになればなるほど、最後の大きな利益は堺へ落ちる。
少弐はしばらく話を聞いてから尋ねた。
「紙は?」
「ございます」
「塩もあるな」
「はい」
少弐は少し考えた。
そして、あっさり言った。
「なら、まず名前を売ろう」
「名前?」
「播磨の紙、播磨の塩という名前だ」
何人かが顔を見合わせた。
少弐には、すでにやり方が見えていた。
かつて堺を担当していた。
だからこそ、畿内で物の名前がどう広がるかを知っている。
商人だけに売らせる必要はない。
寺がある。
神社がある。
人が集まる。
僧侶が使う。
神官が使う。
参詣者が見る。
そして紙なら、書状にも記録にも使われる。
「畿内の寺社へ寄進する」
少弐は言った。
「紙と塩を?」
「ああ」
ただし、黙って送るのではない。
これは播磨の紙。
これは播磨の塩。
そう分かる形で届ける。
最初から大きな利益を取る必要はない。
寺で使われる。
神社で使われる。
僧が別の寺へ書状を書く。
客が、
――この紙はどこのものだ。
と尋ねる。
そこで、
――播磨のものだ。
という答えが返ればいい。
それを何度も繰り返す。
「売る前に、知ってもらう」
少弐が言った。
商人の一人が尋ねた。
「ずいぶん寄進が必要になるのでは?」
「いるだろうな」
「銭もかかります」
「最初はな」
少弐は笑った。
「知られていない物を『買ってくれ』と持って回るより早い」
それに、少弐には畿内の寺社との伝手がある。
どこへ届ければ人の目につくのか。
どの寺へ入れれば別の寺へ話が伝わるのか。
ある程度は分かっていた。
少弐は紙を引き寄せた。
「松浦に書く」
その場で書簡を書き始めた。
播磨の紙と塩を用意すること。
畿内の寺社へ少量ずつ寄進すること。
一度で終わらせず、時期を見て続けること。
そして必ず播磨から来た品だと分かるようにすること。
長い評定にはしなかった。
少弐にとっては、自分で畿内中を歩くような仕事ではない。
堺の事情を知る者へ任せればいい。
書き終える。
封をする。
「これでいい」
周囲が少し呆気に取られた。
播磨の紙と塩を畿内へ売り込む話が、書簡一本で動き始めたからである。
「次」
少弐は庭を見た。
「鍛冶だ」
今度は山側の者たちが顔を上げた。
播磨にも鍛冶はいる。
炭もある。
鉄そのものは西の備前や美作方面からも入ってくる。
誰かが言った。
「刀でしょうか」
少弐はすぐに首を振った。
「やらない」
「刀を作らぬので?」
「無理に作る必要がない」
少弐は地図を指した。
東には摂津。
西には備前。
どちらにも鍛冶の伝統があり、刀を作る者もいる。
しかも備前刀ともなれば、すでに名が通っている。
「これから播磨で刀を打って、備前と競うのか?」
誰も答えない。
「勝てるかもしれん」
少弐は続けた。
「だが、勝てるようになるまで何年かかる?」
それよりも、と少弐は言った。
「包丁は?」
鍛冶に関わる者が答える。
「作れます」
「農具は?」
「それも」
「鎌」
「できます」
「鍬」
「できます」
「釘」
「できます」
「針は?」
少し間があった。
「細工のできる者なら」
少弐は頷いた。
「なら、それをやろう」
庭の者たちが少弐を見る。
「刀ではなく?」
「刀を毎日買う奴がいるか?」
笑いが起こった。
「だが包丁は使う。鎌も使う。鍬もいる。家を建てれば釘がいる。着物を直せば針がいる」
武士だけを相手にする必要はない。
百姓が使う。
漁師が使う。
大工が使う。
女も使う。
商人も使う。
寺でも使う。
船でも使う。
生活の中で壊れ、減り、また必要になる。
「名刀一本を作るより」
少弐は言った。
「よく切れる包丁を百本作ったほうが、播磨には銭が落ちるかもしれん」
鍛冶の者たちが顔を見合わせた。
難しい話ではなかった。
むしろ自分たちが普段から作っている物の延長である。
「特別な技が必要なわけではありませんな」
一人が言った。
「そうだ」
「それなら数も作れます」
別の者も頷く。
「農具なら村で必ず使う」
「釘なら兵庫津でも使います」
「船にもいる」
「蔵を建てるにも使う」
話が自然に広がっていった。
少弐は黙って聞いた。
これでいい。
少弐自身が、
――これを何本作れ。
と命令する必要はない。
作る者が、
――それならできる。
と思えることが重要だった。
山には木がある。
炭も焼ける。
鉄は周辺から入る。
鍛冶もいる。
そして兵庫津には、これから船も蔵も人も増える。
まず播磨自身が大量の金物を必要としている。
余れば外へ売ればいい。
備前へ。
毛利へ。
四国へ。
そして堺へ。
ただし今度は原料としてではない。
播磨で手を加えた商品として売る。
「決まりだな」
少弐が言った。
鍛冶の一人が頷いた。
「やってみましょう」
別の者も続く。
「包丁ならすぐ試せます」
「農具も」
「釘は数が要りますな」
少弐は笑った。
「まず作ってみてくれ。使ってもらおう」
「誰に?」
「播磨の者にだ」
少弐は庭いっぱいに集まった者たちを見た。
「自分たちが使って悪い物を、他国へ売るな」
その一言には、何人も大きく頷いた。
こうして方針が固まった。
紙と塩は、まず名前を売る。
寺社へ寄進し、
「播磨の紙」
「播磨の塩」
という言葉そのものを畿内へ広げる。
鍛冶は備前刀と正面から争わない。
包丁。
鎌。
鍬。
釘。
針。
暮らしの中で誰もが使う金物を、安定して作る。
少弐は庭を見渡した。
「播磨には物がないんじゃない」
皆が静かになる。
「売り方がなかったんだ」
堺まで道はつながった。
それは便利だった。
だが便利になった結果、利益の多くを堺に取られている。
ならば堺を敵にする必要はない。
堺へ持っていく物の価値を、播磨で高くしてから送り出せばいい。
紙には名前を付ける。
塩にも名前を付ける。
鉄は道具に変える。
魚なら保存できる商品にする。
炭なら鍛冶を動かす。
一つの産業が、別の産業を支える。
その仕組みを播磨の中に作る。
少弐は縁側から庭を眺めた。
両川を迎えるために整えた清盛館には入りきらず、仕方なく始まった庭評定だった。
だが今や、海の者も山の者も一緒になって、
「なら、こんな物も作れる」
「これはどこへ売れる」
「炭ならこちらから出せる」
と勝手に話し始めている。
少弐はそれを止めなかった。
むしろ、楽しそうに聞いていた。
播磨を栄えさせる方法を、少弐一人が考える必要はない。
ここにいる者たち自身が、
――やってみよう。
と言い始めた。
それこそが、この日の庭評定で得た一番大きな成果だった。




