清盛館の庭評定――集まりすぎた播磨衆
六月。
吉川元春と小早川隆景を迎えたことは、清盛館に思わぬものを残していた。
毛利両川そのものではない。
館の内装である。
もともとの清盛館は、少弐自身が元就へ、
「小さい館ですが、茶くらいなら淹れられます」
と言っていた程度の館だった。
兵庫津で仕事をするには困らない。
泊まれる。
飯も食える。
人とも会える。
それで十分だと少弐は考えていた。
ところが毛利両川を迎えるとなれば、さすがにそのままというわけにはいかなかった。
畳を改めた。
襖を直した。
客間を整えた。
茶席に使える座敷も作った。
庭も掃除させた。
渡辺は調度を揃え、ライラも客間を整えるのを手伝った。
赤木甚兵衛たちには、門前だけは山賊の根城に見えないよう念を押した。
そうして元春と隆景を迎えた。
例の底に穴の空いた四国の酒器で茶を飲ませるという、少弐らしい妙な茶席にはなったものの、館そのものは以前とは見違えるほど「それらしい」場所になった。
両川を送り出した翌日。
少弐は改めて座敷を見回した。
「……ずいぶん立派になったな」
渡辺が呆れた。
「今さらですか」
「俺がいない間に勝手に育ったような気がする」
「両川をお迎えするために殿が直せと言ったんでしょう」
「そうだったか」
「そうです」
少弐は新しい畳へ座った。
悪くない。
どうせなら使おう。
「渡辺」
「はい」
「播磨の者たちを集めよう」
「どのあたりまで?」
少弐は少し考えた。
「来られる者は呼べ」
その一言が間違いだった。
数日後。
清盛館の門前を見た少弐は、しばらく黙った。
「……多くないか?」
渡辺が答えた。
「殿が『来られる者は呼べ』と」
「言ったな」
「はい」
「ここまで来るとは思わなかった」
播磨各地から人が集まっていた。
国人。
その家臣。
地侍。
海沿いの者。
山間の者。
商いに関わる者までいる。
少弐が播磨で始めた奇妙な人脈が、いつの間にか想像以上に広がっていた。
家臣になれとは言われない。
所領を差し出せとも言われない。
ただ、
――この地に生きる友として話そう。
そう言われる。
その噂を聞いて、
「ならば一度会ってみよう」
という者が増えていたのである。
最初は館の大広間へ通した。
すぐにいっぱいになった。
隣の座敷を開けた。
それでも足りない。
廊下に人が立つ。
「殿」
渡辺が言った。
「入りません」
「見れば分かる」
少弐は腕を組んだ。
せっかく両川を迎えるために館を整えた。
ようやく立派な座敷ができた。
その直後に、
――狭すぎて使えない。
という問題が発生した。
ライラが庭を指した。
「外でやれば?」
少弐が見る。
清盛館の庭。
両川を迎えるため、ここもきれいに整えたばかりである。
「そうするか」
渡辺が尋ねた。
「庭で評定を?」
「入らないんだから仕方ないだろう」
こうして清盛館では、予定になかった庭評定が始まった。
縁側に少弐が座る。
ライラと渡辺が近くにいる。
庭には敷物を出した。
それでも足りず、後ろの者は立ったままである。
赤木甚兵衛たちは門や塀際に散った。
少弐は庭いっぱいに集まった者たちを見渡した。
海沿いの者がいる。
山間の者もいる。
互いに普段なら同じ席につかない者までいた。
少弐は笑った。
「狭い館ですまんな」
誰かが、
「これだけ呼べば、どこの館でも狭くなりましょう」
と言った。
笑いが起こった。
少弐も笑った。
「それもそうか」
堅苦しい挨拶はそれで終わった。
「では聞こう」
少弐は庭の者たちを見渡した。
「播磨で今、何が困っている?」
最初に出たのは商いの話だった。
兵庫津から東へ荷を出せる。
堺までつながった。
西へ行けば備前にも運べる。
以前より便利になった。
だが――
「堺に利益を食われております」
海沿いの国人が言った。
少弐は頷いた。
それはすでに聞いている。
播磨で品を作る。
播磨で集める。
兵庫津から船へ載せる。
ところが最も大きな利を取るのは堺商人。
市場。
銭。
信用。
蔵。
船。
どれも堺が強い。
「便利ではある」
少弐が言った。
「はい」
「なら堺を使えばいい」
何人かが顔を上げる。
「ただし」
少弐は続けた。
「全部食われるのは面白くない」
笑いが起きた。
「兵庫津にも商人を育てる。蔵を増やす。西にも買い手を作る」
先日ここへ来た小早川隆景との話も、その先につながっている。
東に堺。
西に備前、さらに毛利領。
売り先が一つしかなければ、値を決めるのは相手だ。
二つ、三つとあれば播磨側も選べる。
少弐はその話をした。
すると今度は、山間部の者が手を挙げた。
「少弐殿」
「何だ」
「商い以前に、道が少々危なくなっております」
「どこだ?」
「丹波に近いところです」
庭の空気が少し変わった。
丹波では調略戦が続いている。
大きな戦が播磨へ飛び火したわけではない。
だが小競り合いはある。
軍勢が駐留する。
村から米が出る。
馬の餌が取られる。
人夫が出される。
農作業が遅れる。
そうして少しずつ村が荒れていた。
「食い詰めた地侍が出ております」
「地侍?」
「はい。山へ入る者が増えました」
少弐は理解した。
「山賊になったか」
何人かが頷いた。
元は武士である。
弓が使える。
刀が使える。
山道を知る。
戦にも慣れている。
だが主を失った。
所領を失った。
あるいは村そのものが荒れ、扶持が出なくなった。
武器はある。
腹は減る。
そうなれば街道へ出る。
荷を奪う。
最初は食うためだったものが、やがて本当の山賊になる。
少弐は庭の端を見た。
「甚兵衛」
「へえ?」
赤木甚兵衛が顔を出した。
今では一応、清盛館の守備兵らしい格好をしている。
「こっちへ来い」
「俺ですかい?」
「お前以外に誰がいる」
甚兵衛が庭を横切ってくる。
集まった国人たちの中には、甚兵衛を知っている者もいた。
少弐が言った。
「山賊が増えているそうだ」
「そのようで」
「お前、会ってこい」
甚兵衛が首を傾げた。
「討つんで?」
「違う」
少弐は即答した。
「説いてこい」
「何を?」
「こっちへ来い、と」
庭がざわついた。
甚兵衛まで目を丸くする。
「召し抱えるんで?」
「ああ」
「山賊を?」
「食えなくて山へ入った元地侍ならな」
少弐は庭にいる者たちへ説明した。
兵庫津を栄えさせたい。
荷を動かしたい。
ならば街道の安全が必要だ。
山賊を一人ずつ討つこともできる。
だが元地侍なら、そもそも戦える人間である。
「山で荷を奪わせるくらいなら、その荷を守らせればいい」
甚兵衛が笑った。
「なるほど」
「飯と銭を出す」
「条件は?」
「村を襲わない。商人を襲わない。命令を守る」
「それだけ?」
「まずはな」
少弐は甚兵衛を見た。
「それと――」
「何です?」
「できるだけ、お前みたいなのを連れてこい」
甚兵衛が止まった。
「俺みたいなの?」
「そうだ」
「どういう意味で?」
「見るからに乱暴そうな奴」
庭のあちこちから笑いが漏れた。
甚兵衛は少弐を睨んだ。
「殿」
「何だ」
「俺を何だと思ってるんです?」
「清盛館の守備兵」
「今、明らかに別の意味でしたぜ」
少弐も笑った。
「腕が立つ。山を歩ける。荒事にも怯まん。それでいて話せば分かる。そういう奴が欲しい」
甚兵衛は腕を組んだ。
「それは難しいですぜ」
「そうか?」
「俺みたいに品行方正で真面目な男は、そうそう山にはおりません」
今度は庭中から笑いが起こった。
少弐も声を上げて笑った。
「ならば、多少質が落ちても我慢する」
「ひどい話だ」
笑い声はしばらく続いた。
だが、その場にいた播磨の者たちは気づき始めていた。
少弐は山賊の話を、単なる治安問題として聞いていない。
商いにつなげる。
街道につなげる。
人の使い道につなげる。
戦乱によってこぼれ落ちた者まで、播磨を動かす側へ戻そうとしている。
少弐は庭を見渡した。
毛利両川を迎えるために整えた清盛館。
そのおかげで、ようやく人を迎えられる館らしくなった。
ところが播磨の者を集めてみれば、早くも館には入りきらなかった。
少弐は少し笑った。
それも悪くないと思った。
立派な座敷に少人数で座るより、
海の者も、
山の者も、
国人も、
地侍も、
商人も、
同じ庭に集まって話している。
こちらのほうが、今の清盛館には似合っていた。
梅雨空の下。
整えられたばかりの庭を埋め尽くして、清盛館で初めての大きな播磨評定は続いていった。




