二つの父の顔――清盛館の妙な茶席
毛利両川を迎える日が近づくにつれ、清盛館は慌ただしくなった。
吉川元春。
小早川隆景。
毛利元就を支える二人の息子である。
本来なら、シレトクに二人の好みを探らせたいところだった。
だが今はいない。
室蘭へ暇をもらって帰っている。
少弐は改めてシレトク不在の不便さを感じたが、何も材料がないわけではなかった。
「そういえば……」
安芸で元就とキセルをふかしながら聞いた昔話を思い出した。
元就は戦の話をするとき、息子たちの話もよくした。
そこから考えれば、だいたいの人物像は見えてくる。
小早川隆景。
茶の湯や漢籍を好み、話せば意外なほど明るい。
知略に長けた男だから、もっと陰気で何を考えているか分からない人物かと思っていたが、元就の話から受ける印象は少し違った。
一方の吉川元春。
鷹を好む。
刀を好む。
武具を見る目もある。
戦の話となれば目の色が変わる。
少弐は二人について書いた覚書を並べた。
「違うな」
「二人が?」
ライラが尋ねる。
「ああ。だが、似ている」
「どっち?」
「両方だ」
ライラが怪訝そうな顔をする。
少弐は笑った。
「元就公を二つに分けて、それぞれ一面を濃くしたような息子たちなんだろう」
元春には、元就の武人としての顔。
隆景には、元就の知略と教養を楽しむ顔。
もちろん、それほど単純ではない。
だが少弐にはそう思えた。
「ならば」
少弐は立ち上がった。
「茶席を作ろう」
ライラが少弐を見る。
「普通の?」
「まさか」
嫌な予感がした。
そして当日。
吉川元春と小早川隆景が清盛館を訪れた。
毛利両川を迎えるには、清盛館は確かに小さい。
だが少弐は、それを恥じるつもりはなかった。
豪華な館を見せたいのではない。
ここから何が始まっているのかを見てもらいたかった。
一通り館を案内し、播磨の商いについて話したあと、少弐は二人を茶席へ招いた。
隆景は少し興味を示した。
「茶を?」
「ええ」
「それはありがたい」
元春も座る。
少弐は平然としている。
ところが、出てきた器を見て隆景が止まった。
「……これは茶碗か?」
「違います」
少弐は即答した。
元春が器を手に取る。
「穴が空いておるぞ」
底に、小さな穴がある。
「四国で見つけた酒器です」
「酒器?」
「はい」
少弐は楽しそうに説明した。
本来は酒を飲むための、少々ふざけた器だった。
底に穴がある。
指で塞いでいる間はいい。
だが一度指を離せば、中身が漏れる。
つまり注がれたら最後。
飲み続けるか、一気に飲み干すしかない。
隆景が器と少弐を交互に見る。
「……それで茶を?」
「はい」
「なぜ?」
「面白いからです」
元春が吹き出した。
「隆景、お前向きの茶席らしいぞ」
「兄上も同じ器です」
「何?」
少弐は二人の前へ同じ器を置いた。
茶が注がれる。
もちろん熱すぎては危ないので、少し冷ましてある。
それでも問題は変わらない。
指を離せない。
隆景が苦笑する。
「少弐殿」
「はい」
「これは茶の作法のどこにある?」
「四国です」
「答えになっておらぬ」
元春が笑っている。
その元春も茶を注がれた。
「あ」
底から一滴。
元春は慌てて指で穴を塞いだ。
今度は隆景が笑った。
「兄上、武芸ではどうにもなりませぬな」
「お前も同じものを持っておろう」
「私はまだ指を離しておりません」
「ならばいつ飲む」
二人が顔を見合わせる。
少弐は澄ました顔で自分の普通の茶碗を持っていた。
元春が気づいた。
「待て」
「何でしょう」
「なぜお前だけ普通なのだ」
「亭主ですから」
「ずるいぞ」
「茶の湯とは亭主の趣向を楽しむものだと聞きました」
隆景がとうとう声を上げて笑った。
「なるほど。これは一本取られた」
結局、二人とも腹を決めた。
指を離す。
茶が落ちる前に口へ運ぶ。
そのまま飲み続ける。
元春が先に飲み干した。
「……茶を飲んで、なぜ戦を終えたような気分になる」
少弐は真顔で答えた。
「四国の文化です」
「絶対に違う」
隆景が笑った。
妙な茶席だった。
だが、それで空気は完全にほぐれた。
そこで少弐は言った。
「では、茶菓子を」
今度こそ普通のものが出る。
二人はそう思った。
ところが運ばれてきたのは菓子ではなかった。
まず備前焼。
続いて伊万里焼。
さらに朝鮮人参。
最後に――
虎皮。
元春が目を丸くする。
隆景もさすがに呆れた。
「少弐殿」
「はい」
「これのどこが茶菓子なのだ」
「食べられませんね」
「当たり前だ」
少弐は笑った。
「ですが今日お二人に見ていただきたかったものです」
空気が少し変わった。
備前。
九州。
朝鮮。
そして遥かな北方。
清盛館にいながら、異なる土地から来た品が一つの座敷に並んでいる。
隆景が伊万里焼を手に取った。
器の形。
釉。
焼き。
裏まで見る。
「これが九州から?」
「はい」
続いて朝鮮人参。
「こちらは朝鮮」
そして虎皮。
「これは北方です」
元春が毛皮を撫でる。
「父上がもらったものと同じか」
「同じところから来たものです」
少弐は言った。
「これは見本ではありません」
二人が見る。
「お二人への贈り物です」
隆景が眉を上げた。
「すべて?」
「はい」
「茶菓子ではなかったのか」
「茶菓子ということにしておけば、堅苦しくないでしょう」
元春が笑った。
「妙な男だな、お前は」
その元春が、ふと思い出したように言った。
「そういえば父上の鷹」
少弐が反応する。
「大鷹ですか」
「ああ。ずいぶん気に入っておるぞ」
「それはよかった」
「俺にも見せろと言ったら、自分の鷹を探せと言われた」
元春は笑っている。
「よほど気に入ったらしい」
少弐は一瞬考えた。
そして、すぐに言った。
「では、また仕入れましょう」
元春が少弐を見る。
「何?」
「よい大鷹が見つかれば、お二人の分も用意します」
隆景まで顔を上げた。
「私もか?」
「もちろん」
「私は兄上ほど鷹好きではないぞ」
「ならば、隆景殿が気に入るものを探します」
「何を?」
「それを調べるのも、次に会う楽しみにしておきます」
隆景は少弐を見た。
少弐は笑っている。
「見つかったら、また私が届けに行きます」
元春が笑った。
「また安芸へ来るつもりか」
「嫌ですか?」
「いや」
「ならば決まりです」
少弐はさらりと言った。
「また会って話しましょう」
元春と隆景は顔を見合わせた。
いつの間にか、次に会う約束ができている。
これが少弐という男だった。
臣従しろとは言わない。
同盟を結べとも言わない。
起請文を書けとも言わない。
鷹を届ける。
茶を飲む。
煙草を吸う。
商いの品を見る。
そのたびに、
――では、また。
と次の約束を一つ置いていく。
やがて両川は安芸へ戻った。
そして元就の前で、清盛館での出来事を話した。
妙な茶席。
底に穴の空いた四国の酒器。
茶菓子と言いながら出てきた備前焼と伊万里焼。
朝鮮人参。
虎皮。
そして元春が鷹の話をした途端、少弐が次の鷹を探すと言い出したこと。
元就はキセルをふかしながら聞いていた。
「それで」
元就が尋ねた。
「また会うことになったのか」
元春が答える。
「……なりましたな」
「隆景」
「はい」
「お前もか」
隆景は苦笑した。
「気がつけば」
元就はしばらく黙っていた。
そして――
笑い出した。
「やられたな」
「何がです?」
元春が聞く。
元就は煙を吐いた。
「お前たちは優秀だ」
息子二人を見る。
「戦もできる。政もできる。人を見る目もある」
そこで笑みを深くした。
「だが、あやつの腹黒さとは少し違う」
隆景が眉を上げる。
「腹黒いのですか、あの男は」
「腹黒い」
元就は即答した。
「ただし――」
少し考える。
「わしのような腹黒さではない」
元春が笑った。
「父上が自分で言われますか」
「事実だからな」
元就は気にしない。
「敵を罠へ落として逃がさぬ、という類ではない」
元就はキセルを指で回した。
「気づけば隣に座らされておる」
輝元が横で聞いていた。
「祖父上のように?」
元就が孫を見る。
「余計なことを言うな」
だが否定はしなかった。
少弐は脅さない。
奪わない。
臣従も迫らない。
ただ相手が好きそうなものを見つける。
話す。
笑う。
そして帰り際には必ず、
――また会いましょう。
と言う。
元就はまた煙を吐いた。
「不思議にしたたかな男よ」
そう言って、楽しそうに笑った。
庭では、少弐から贈られた大鷹が止まり木にいた。
その姿を見た元春が言った。
「しかし父上」
「何だ」
「その鷹、本当に我らには貸してくださらぬので?」
元就は即答した。
「自分のを少弐に探してもらえ」
また笑いが起こった。
清盛館で交わされたのは、盟約ではない。
それでも毛利と少弐の間には、次に会う理由がまた一つ増えていた。




