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友の友――播磨に広がる輪

兵庫津の館へ戻った少弐は、ライラとともに次の仕事へ取りかかった。


毛利との会見に備えるためである。


集めるべきものは多かった。


播磨から西の情勢。


瀬戸内の海上勢力。


毛利と周辺国人との関係。


そして何より、毛利が坂東をどのような勢力として見ているのか。


少弐は兵庫津の館に腰を据え、ライラとともに資料を整理していった。


一方、播磨そのものについては別の二人へ仕事を任せた。


渡辺とシレトクである。


「播磨全体を見てくれ」


少弐は二人を前に言った。


「城を落とす必要はない。誰が誰とつながっているかを知り、話せる相手とは話せ」


渡辺が尋ねた。


「こちらへ寝返らせるので?」


「いや」


少弐は首を振った。


「友を増やす」


渡辺は眉を寄せた。


シレトクも少弐を見る。


「家臣にするのではない?」


「しない」


少弐は即答した。


「播磨には播磨の家がある。先祖から土地を守ってきた者に、突然坂東の家臣になれと言って誰が喜ぶ」


少弐が二人に求めたのは、城の兵数を数えることだけではなかった。


市を見ろ。


道を見ろ。


港を見ろ。


その土地で誰が富を生み出しているのかを見ろ。


武士だけを見るな。


商人、職人、船主、寺社。


それらを結べば、戦をせずとも国は動く。


渡辺は従来どおり、人間関係を探った。


誰と誰が縁戚なのか。


どの国人が反目しているのか。


どの寺が仲介役になれるのか。


誰が誰を信用しているのか。


一方のシレトクは、少し違った。


彼は商いの話から入った。


北方で覚えたやり方だった。


室蘭。


樺太。


アムール。


そこでは相手に服属を迫っても意味がなかった。


――これをすれば、あなたが得をする。


それを示すほうが早かった。


播磨でも同じだった。


兵庫津を使えば何を売れるか。


坂東から何が来るか。


瀬戸内へ何を出せるか。


港を整えれば誰が儲かるか。


道を直せばどの市が大きくなるか。


シレトクは少弐の威光を振りかざすより先に、商売の利を説いた。


そして最後に言う。


「興味があるなら、少弐に会えばいい」


そのやり方は、思いのほか効いた。


やがて播磨の有力者たちが、少しずつ兵庫津の館を訪れるようになった。


その中には黒田をはじめ、無視できぬ者たちもいた。


彼らは当然、警戒していた。


坂東から来た有力者が自分たちを呼ぶ。


普通なら臣従を求められる。


あるいは起請文を書かされる。


そう考えるのが当然だった。


ところが少弐は違った。


「家臣にならなくていい」


最初にそう言った。


相手が驚く。


少弐は続けた。


「俺は播磨を取りたいわけではない」


「では、何を?」


「栄えてほしい」


ますます分からない。


少弐は笑った。


「坂東が栄えて、播磨が貧しくなるより、坂東も播磨も栄えたほうがいいだろう」


そして酒を出した。


「俺の家臣になる必要はない。この地で生きればいい」


杯を差し出す。


「ただ、この地に生きる友としてなら歓迎する」


奇妙な勧誘だった。


所領を約束するわけでもない。


家格を保証するわけでもない。


臣従を迫るわけでもない。


むしろ、


――家臣にならなくていい。


と言われる。


代わりに、


――友になろう。


と言われる。


最初に館を訪れた者たちは戸惑った。


しかし帰るころには、少弐から聞いた商いの話を持ち帰った。


兵庫津。


堺。


坂東。


瀬戸内。


さらにその先には九州、琉球、朝鮮があり、北へ行けば蝦夷、樺太、そのさらに向こうの海まで続いている。


少弐が見せる世界は、播磨一国よりはるかに広かった。


やがて噂が広がった。


「あの男は臣従を求めぬ」


「では何を求める?」


「友になれと言う」


「何だ、それは」


「俺にも分からん」


それでも人は来た。


友が友を連れてきた。


その友が、さらに別の友へ話した。


武士だけではなかった。


商人が来た。


船主が来た。


寺の者が来た。


鍛冶が来た。


少弐は相手によって話を変えた。


商人には商いを。


武士には領地の安定を。


寺には道と人の往来を。


船主には港を。


そして誰にも臣従を求めなかった。


四月が進むにつれ、兵庫津の館には毎日のように誰かが訪れるようになった。


渡辺は人を結び、


シレトクは利を結び、


少弐は最後に友として迎えた。


いつしか少弐は、播磨が一つの大きな輪になり始めたように感じていた。


ところが――


輪が広がれば広がるほど、その中心近くにいた二人の間には、小さな亀裂が生まれていた。


渡辺とシレトクだった。


最初は些細なものだった。


「その男にはまだ話すな」


渡辺が言う。


「どうして?」


「信用できるか分からん」


「でも商売はできる」


「商売ができることと、信用できることは違う」


シレトクは首を傾げた。


「味方にしなくていい。少弐は友でいいと言った」


その言葉が、渡辺には妙に引っかかった。


また別の日には、シレトクがある国人へ接触しようとすると、渡辺が止めた。


「そこは俺が調べている」


「もう話せる」


「まだ早い」


「何が足りない?」


「人間だ」


「人間?」


「お前は利ばかり見すぎる」


今度はシレトクが黙った。


「人は得だけで動かん」


渡辺は言った。


「恨みでも動く。意地でも動く。親兄弟のためでも動く」


それは正しかった。


だがシレトクにも言い分がある。


「だから、ずっと調べる?」


「必要ならな」


「それでは遅い」


二人とも間違ってはいなかった。


だからこそ厄介だった。


少弐も次第に気づき始めた。


渡辺は人の裏を読む。


シレトクは人の前に利益を置く。


渡辺は疑うことから始める。


シレトクは話すことから始める。


二人を合わせれば強い。


実際、播磨での仕事は驚くほどうまくいっていた。


しかし成功すればするほど、


――自分のやり方のほうが正しい。


そう思う場面も増えていった。


そして四月の終わり。


播磨での働きかけが、いよいよ次の段階へ進もうとしていたころだった。


夕刻、シレトクが一人で少弐を訪ねてきた。


いつもの報告ではなかった。


「少弐」


「どうした」


シレトクはしばらく黙っていた。


「頼みがある」


「珍しいな。言ってみろ」


「一度、室蘭へ帰りたい」


少弐は顔を上げた。


予想していなかった言葉だった。


「室蘭へ?」


「うん」


シレトクは頷いた。


「仕事が嫌になったか」


「違う」


即答だった。


「渡辺が嫌いになった?」


今度は答えが遅れた。


「……それも違う」


少弐は何も言わず待った。


やがてシレトクが言った。


「これから、もっと大きくなる」


「播磨の仕事が?」


「うん」


シレトクにも分かっていた。


今ならまだ、友を増やしている段階だ。


だが、この輪がさらに大きくなれば政治になる。


国人同士の利害。


毛利。


織田。


周辺諸国。


そして少弐の存在そのもの。


一度本格的に動き始めれば、簡単には離れられなくなる。


シレトクはしばらく黙ったあと、言った。


「本格的になる前に、少し暇が欲しい」


少弐は黙って聞いていた。


シレトクは窓の外へ目を向けた。


兵庫津の港が見える。


多くの船。


人。


荷。


声。


豊かな港だった。


だが彼が育った海とは違う。


「一度、室蘭の空気を吸いに帰りたい」


その言葉だけは、妙に素直だった。


「海を見たい。山も見たい。知っている人の顔も見たい」


少弐はしばらくシレトクを見ていた。


北方から連れてきた男は、いつの間にか播磨の国人を相手に商いと政治を語るようになっていた。


それだけ急いで、遠くまで来たのだ。


「分かった」


少弐は頷いた。


シレトクが顔を上げる。


「いいの?」


「帰ってこい」


「うん」


「帰る場所がある者に、帰るなとは言えん」


少弐は少し笑った。


「それに、お前の仕事はこれから長くなる」


シレトクも小さく笑った。


しかし少弐には分かっていた。


これは単なる里帰りではない。


渡辺との間に生まれた亀裂も、確かに理由の一つだった。


離れれば消える亀裂なのか。


戻ってくれば、もっと大きくなるものなのか。


それはまだ分からない。


こうして四月が終わろうとしていた。


兵庫津には人が集まり、


播磨には友の輪が広がり、


少弐の周囲はかつてないほど賑やかになっていた。


それなのに、その輪を作った一人の男は、北の海を思い出していた。


播磨がまとまり始めた、そのときだった。


シレトクはしばしの暇をもらい、再び室蘭の風を吸うため、北へ帰ることになったのである。

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