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利の道理――少弐、元就に「戦えぬ道」を説く

毛利元就は、少弐冬明をまっすぐ見ていた。


「わしに何を頼みに来た?」


少弐は一度頭を下げた。


「道を通していただきたい」


「道?」


「はい」


少弐は持参した地図を広げた。


兵庫津。


播磨。


児島。


備前。


備中。


備後。


安芸。


さらに西へ。


そして関門を越え、博多へ。


「私はいま、兵庫から西へ商いの道を作っています」


元就は黙って聞いている。


「まず児島まで話をつけました」


少弐は備前を指した。


「備前を歩いて思ったことがあります」


「申せ」


「いい物が多い」


元就が少し頷いた。


「備前焼だけではありません」


「刀か」


「はい」


備前刀。


備前焼。


どちらも土地の技術が生んだ優れた商品である。


「作る者がいる」


少弐は言った。


「欲しがる者もいる」


元就が尋ねる。


「なら何が足らん」


少弐は答えた。


「売る場所です」


元就の目が僅かに細くなる。


「場所?」


「正確には――安心して売れる場所と、そこまで運ぶ道です」


品物そのものが悪いのではない。


商人がいないわけでもない。


だが戦が起これば道が切れる。


関が増える。


海上勢力が変われば船も止まる。


領主が変われば、それまでの約束も変わる。


「いい物を作っても、安定して外へ出せなければ大きな商いにはならない」


元就は黙っている。


少弐は続けた。


「逆に、売る場所ができれば変わります」


兵庫。


堺。


博多。


その先には朝鮮。


さらに海を越えれば明や南方との交易もある。


「備前の焼物や刀が、そういう場所まで流れるようになれば?」


元就が答えた。


「銭になる」


「はい」


「職人も増える」


「はい」


「商人も寄る」


少弐は頷いた。


「だから――」


少弐の指が備前から安芸へ動いた。


「これは商いだけの話ではありません」


元就が初めて僅かに笑った。


「ようやくそこへ来たか」


少弐も笑う。


「はい」


商いが大きくなる。


職人が食える。


商人が儲かる。


領主には税が入る。


船乗りにも仕事ができる。


荷運びにも仕事ができる。


「そうなれば、おいそれと争えなくなる」


元就が少弐を見る。


「なぜだ」


少弐は答えた。


「戦を始めた瞬間、自分の銭まで止まるからです」


元就の表情が変わった。


「なるほど」


少弐は続ける。


「隣国が嫌いでもいいんです」


「ほう」


「仲良くする必要もない」


元就が面白そうに少弐を見る。


「ずいぶん変わった和平論だな」


「和平をお願いしているわけではありません」


「では何だ」


「喧嘩すると損をする仕組みを作りたい」


しばらく沈黙した。


元就は少弐から地図へ視線を移した。


兵庫。


児島。


備前。


備後。


安芸。


長門。


九州。


その先に朝鮮。


一本の道として見る。


「つまり」


元就が言った。


「備前と毛利が仲良くなる必要はない」


「ありません」


「宇喜多を信用する必要もない」


「ありません」


「だが荷は通す」


「はい」


「船も通す」


「はい」


「戦をすれば、それが止まる」


「そうです」


元就は小さく笑った。


「嫌な仕組みを考える」


少弐も笑った。


「褒め言葉として受け取ります」


元就は少し考えた。


そして、かなり手厳しく言った。


「だがな、少弐」


「はい」


「わしが備前を助けてやる道理はない」


少弐はすぐ頷いた。


「その通りです」


「宇喜多のために毛利の海を開く道理もない」


「はい」


「おぬしが十日も山賊のところで道草を食ったからといって、わしが情けをかける理由にもならん」


少弐が苦笑した。


「そこまでご存じでしたか」


「入ってくる者のことくらい調べる」


元就は当然のように答えた。


少弐はますます敵わないと思った。


だが元就は続けた。


「助ける道理はない」


一拍。


「――だが、利の道理はある」


少弐の表情が変わる。


元就は地図へ手を伸ばした。


「備前の物が西へ来る」


指が安芸へ動く。


「毛利の物も東へ行く」


さらに兵庫へ。


「兵庫から堺へ」


そして逆方向。


「西へ行けば博多」


その先。


「朝鮮か」


「はい」


元就はしばらく地図を眺めた。


「毛利が道を開けば、毛利の商人もその道を使えるな」


「もちろんです」


「船も」


「はい」


「こちらだけ通行を許して、そちらだけ儲ける話ではないのだな」


「そんな話を持ってきたら、私はここから帰れません」


元就が笑った。


「分かっておるではないか」


そして元就は、先ほど贈られた鷹羽の筆を手に取った。


指先でゆっくり回す。


「少弐」


「はい」


「わしを助け手にしようと思うな」


少弐は姿勢を正した。


「はい」


「わしの余生でおぬしを助けても意味がない」


少弐は何も言わなかった。


元就自身が、自分の老いを一番よく分かっている。


今日約束したことが、元就の死とともに消える。


それでは道とは呼べない。


「だが」


元就が地図を見る。


「これは違う」


「……はい」


「利がある」


少弐が頭を下げる。


「ありがとうございます」


「まだ礼を言うな」


元就が制した。


「わし一人が決めても意味がないと言っておる」


少弐が顔を上げる。


元就の目が再び輝いた。


「隆景を呼ぶ」


やはり小早川隆景だった。


瀬戸内の実務を担う三男。


だが元就は続けた。


「それだけではない」


「と申しますと?」


「息子どもを呼ぶ」


少弐が少し驚いた。


元就は淡々と言う。


「わしが死んでも続けるというなら、わしの後を生きる者が納得せねばならん」


毛利隆元亡き後の毛利家。


吉川元春。


小早川隆景。


そして毛利家を継ぐ輝元ら。


一人の老人との約束ではなく、毛利という家との約束にする。


少弐は深く頭を下げた。


「望むところです」


元就が笑った。


「では今日はここまでだ」


「はい」


「一度、日を改めよう」


「承知しました」


「そのとき改めて、最初から話せ」


少弐が苦笑する。


「今日の話は?」


「聞いた」


「では――」


「わしがもう一度聞きたい」


元就の目が楽しそうだった。


「息子どもが何と言うかも見たい」


少弐は笑った。


「分かりました」


立ち上がろうとしたところで、元就が呼び止めた。


「少弐」


「はい」


「帰りはどうする」


少弐は少し考えた。


「まだ決めておりません」


元就が呆れた。


「陸路で来ておいてか」


「道を見るのが目的でしたので」


「もう見ただろう」


「だいぶ」


「なら帰りは船に乗れ」


少弐が元就を見る。


「船?」


「兵庫津まで送らせる」


「よろしいのですか」


「瀬戸内に道を通したい男が、毛利の船にも乗らず帰ってどうする」


少弐は思わず笑った。


「確かに」


元就は鷹羽の筆を持ったまま言った。


「来るときは陸を見た」


「はい」


「帰りは海を見ろ」


少弐は深く頭を下げた。


「ありがたく」


こうして最初の会談は終わった。


まだ何一つ正式には決まっていない。


関銭。


船の扱い。


港。


荷の保証。


争いが起きた場合の扱い。


決めなければならないことはいくらでもある。


だが最大の一歩だけは進んだ。


毛利元就は少弐を助けるとは言わなかった。


友情とも言わなかった。


正義とも言わなかった。


ただ一言――


「利の道理はある」


と言った。


少弐には、それで十分だった。


そして次の会談には、小早川隆景だけではない。


毛利の次代を担う者たちが集められる。


少弐が作ろうとしているものが、一代限りの約束ではなくなるかどうか。


本当の交渉は――


そこからだった。

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