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西へ向かう三騎――少弐、毛利への陸路を選ぶ

元亀三年(一五七二)四月・児島


児島高家と宇喜多直家の間に約定を整えたあとも、少弐冬明は児島に残っていた。


兵庫津へ戻るのが惜しかったのである。


ここまで来た。


兵庫から播磨へ。


播磨から児島へ。


児島から備前へ。


ならば、もう少し西を見たい。


少弐は児島で借りた一室に地図を広げた。


その周囲にはライラ、渡辺満、シレトクがいる。


先ほどまで話していた備前の商いについての話が終わると、少弐は渡辺を見た。


「満」


「はっ」


「播磨の調査、シレトクに渡してくれ」


渡辺が少し驚いた。


「シレトクに?」


シレトク本人も自分を指差した。


「俺?」


「うん」


少弐は頷いた。


「満には別の仕事を頼みたい」


渡辺が察した。


「西へ?」


「そう」


少弐は地図のさらに西を指した。


安芸。


毛利。


シレトクは地図を覗き込んだ。


「俺は播磨で何を見る?」


「人だ」


「人?」


「満が調べたものを全部渡してもらえ」


播磨の国人衆。


誰と誰が親戚なのか。


誰と誰が争っているのか。


誰が毛利へ近づいているのか。


誰が織田を恐れているのか。


宇喜多とつながっている者は誰か。


そして、どちらにも深入りしたくない者は誰か。


渡辺はここまでかなり調べていた。


しかし播磨は複雑だった。


少し調べただけでは全体像が見えない。


「途中までしか分かっておりませぬ」


「それでいい」


少弐は言った。


「その途中までをシレトクに渡してくれ」


渡辺はシレトクを見た。


「できるか?」


シレトクは少し考えた。


「やってみる」


「備前の市場を見るのとは違うぞ」


「分かってる」


シレトクは先ほどまでより真剣な顔になった。


「今度は、物じゃなくて人がどこにつながってるかを見るんだろう」


少弐が笑った。


「そういうこと」


シレトクは備前で面白いものを見つけた。


刀。


焼物。


砂糖。


茶器。


何がどこへ動いているのか。


その流れから備前という国を見た。


ならば今度は、人を見る。


少弐は言った。


「ただし、満と同じやり方をしなくてもいい」


「いいのか?」


「その方がいい」


シレトクは北方で、いくつものコタンを見てきた。


知らない土地へ入り、人と話し、その土地の長や戦士、商いをする者たちの関係を見てきた。


畿内の武士とは違う目を持っている。


「誰が強いかだけを見るな」


「うん」


「誰のところに人が集まるか」


「うん」


「誰なら皆が話を聞くか」


「分かった」


「それから――」


少弐は笑った。


「誰と誰が一緒に酒を飲まないか」


シレトクも笑った。


「それなら分かる」


渡辺が苦笑する。


「国人調査を酒でやるのか」


「案外、そういうところに出るぞ」


少弐は本気だった。


シレトクに任せることが決まった。


するとライラが尋ねた。


「それで、満をどこへ連れていくの?」


少弐の指が地図を西へ滑った。


「毛利」


渡辺は驚かなかった。


ある程度予想していたらしい。


「安芸まで参りますか」


「ああ」


「船は?」


少弐は答えた。


「使わない」


今度はライラが驚いた。


「ポラールを呼ばないの?」


「呼ばない」


「フリガッタは?」


「それも使わない」


児島の港には船がある。


少弐が乗ってきた坂東フリガッタもある。


海路ならば安芸まで行く方が速い。


瀬戸内の航路を開こうとしている男なのだから、船で毛利へ向かう方が自然にも思える。


だが少弐は首を振った。


「馬で行く」


渡辺が少弐を見る。


「陸路で?」


「うん」


「なぜです」


少弐は地図を見る。


「見たいから」


「何を?」


「道を」


単純な答えだった。


兵庫から博多まで船を通す。


それが少弐の仕事である。


だが海だけを知っていては駄目だ。


港へ集まる荷は、陸から来る。


街道がある。


市場がある。


関がある。


領主がいる。


寺がある。


川がある。


そこを通って、ようやく港へ荷が届く。


「船に乗ったら港から港しか見えない」


少弐は言った。


「だから一度、陸から行きたい」


児島から西へ。


備前を抜ける。


備中へ。


さらに西へ進み、安芸を目指す。


途中で宿を取る。


市場を見る。


関を通る。


商人と話す。


道の状態を見る。


どこで荷が止まるのか。


どこで銭を取られるのか。


どこなら馬が使えるのか。


どこから船へ積み替えるのか。


それを自分の目で見る。


渡辺が頷いた。


「なるほど」


だが、少弐にはもう一つ理由があった。


「それに今回は、小田領から毛利へ行くわけじゃない」


ライラが少弐を見る。


「どういうこと?」


「小田の外交特使として行くのは変わらない」


少弐は答えた。


「でも、大艦隊を連れて毛利の港へ入る必要はないだろう」


毛利は今、戦の準備をしている可能性がある。


堺から安芸方向へ鉄砲と火薬が流れている。


その相手へ、坂東の最新船を並べて近づく。


それでは友好の使者なのか、威圧なのか分からなくなる。


「今回は話をしに行く」


だから三人。


少弐。


ライラ。


渡辺。


必要最低限の供回りだけを連れ、馬で西へ向かう。


「毛利も、その方が話しやすいだろう」


渡辺が言った。


「しかし、危険では?」


「だからお前とライラを連れていく」


ライラが腕を組んだ。


「そういう理由で私を連れていくんだ」


「一番安心だから」


ライラは少しだけ満足そうだった。


渡辺が尋ねる。


「毛利に何を求めます?」


少弐はすぐには答えなかった。


地図を見る。


安芸。


さらに西。


長門。


海峡。


その向こうの九州。


「まだ決めない」


「決めずに行くのですか」


「ああ」


少弐は煙管を取り出した。


「毛利が何を欲しがっているのか知らないから」


児島には船が刺さった。


宇喜多には茶と交易が刺さった。


なら毛利には何が刺さる?


それを知らないまま条件を決めても意味がない。


「まず会う」


少弐は言った。


「話す」


煙管に火を入れる。


「それから決める」


シレトクが尋ねた。


「毛利というのは強いのか?」


渡辺が答えた。


「強い」


「宇喜多より?」


「比べものにならん」


「小田より?」


渡辺が答えに詰まった。


少弐が笑った。


「そういう聞き方をするな」


「でも西で一番強いんだろう?」


「まあな」


シレトクは少し考えた。


「なら気をつけろ」


「分かってる」


「酒を飲みすぎるな」


「それも分かってる」


「知らないものを食べるな」


渡辺が吹き出した。


ライラも笑う。


少弐だけが少し不満そうだった。


「お前、俺を何だと思ってるんだ」


シレトクは即答した。


「知らない土地で知らないやつとすぐ仲良くなるやつ」


部屋に笑いが起きた。


少弐も否定できなかった。


やがて渡辺は、自分が集めた播磨の記録をシレトクへ渡した。


家名。


土地。


婚姻。


寺社。


争い。


噂。


まだ空白が多い。


「ここから先は頼む」


渡辺が言った。


シレトクは受け取った。


「分かった」


少弐もシレトクを見る。


「急がなくていい」


「うん」


「分からないものを分かったことにするな」


「それはしない」


「危ないと思ったら戻れ」


シレトクは頷いた。


これで役割は決まった。


シレトクは播磨へ。


物の流れではなく、今度は国人たちの人間関係を調べる。


そして――


少弐、ライラ、渡辺は西へ。


海ではない。


馬で行く。


児島から備中へ。


備中から安芸へ。


小田の軍船もない。


大勢の兵もいない。


あるのは三人と馬。


そして毛利へ渡す書状と、わずかな贈り物だけだった。


出立の朝。


少弐は児島の港を一度振り返った。


そこには坂東から持ってきたフリガッタが浮かんでいる。


高家へ譲ると約束した船だった。


「船で行った方が速いのにね」


ライラが言った。


「うん」


「それでも馬?」


「ああ」


少弐は西へ続く道を見る。


「海の道を作るなら、一度くらい陸から海を見ておきたい」


渡辺が馬へ乗った。


ライラも続く。


少弐も鞍へ上がる。


腰にはいつもの短筒。


荷には煙管。


そして外交特使としての書状。


大軍を従えた使節ではない。


三騎の旅だった。


だがその三騎が向かう先には――


中国地方最大の勢力、毛利がいる。


少弐は馬首を西へ向けた。


「行こう」


ライラが続く。


渡辺も馬を進める。


一五七二年四月。


児島で最初の海路を結んだ少弐冬明は、


今度はその海を横目に――


陸から毛利領へ向かった。

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