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海の者には船を見せよ――少弐、児島へ渡る

兵庫津から西へ道を通す。


その最初の相手として、少弐冬明が選んだのは児島だった。


陸路では行かなかった。


「あえて船で行く」


そう言って、少弐は坂東フリガッタを一隻用意させた。


ライラが尋ねた。


「船を見せたいの?」


「それもある」


少弐は笑った。


「海の者に会うのに、馬で行くのも変だろう」


兵庫津を出たフリガッタは瀬戸内を西へ進んだ。


外洋航海を主目的とするポラールやエスペランサとは違う。


もっと小さい。


喫水も浅い。


船体は軽い。


そして速い。


帆だけでなく櫂も使える。


風が弱ければ漕ぐ。


狭い水道では帆を落として櫂で細かく動く。


風が出れば帆を張って一気に走る。


坂東が西洋式帆船の技術を取り入れながら、日本沿岸での運用に合わせて発展させてきた快速船だった。


児島へ近づくころには、向こうも気づいていた。


見慣れない船が来る。


だが南蛮船ではない。


和船とも違う。


児島の船乗りたちが浜へ集まった。


船を見る目が、普通の武士とは違った。


まず船底を見る。


次に帆を見る。


舵。


櫂。


船幅。


喫水。


そして船がどれほど小さく回れるのかを見る。


少弐たちが上陸すると、歓迎の挨拶より先に船について聞かれた。


「少弐殿」


「はい」


「あれは、何という船だ?」


少弐が振り返る。


「坂東ではフリガッタと呼んでいます」


「ふりがった」


児島の者は聞き慣れない言葉を繰り返した。


「南蛮船か?」


「元は西洋の船を参考にしています。ただ、あれは坂東で造った船です」


それを聞くと、児島の男たちはさらに興味を示した。


船へ戻って見せてくれという。


少弐は断らなかった。


甲板へ上がる。


船乗りたちはすぐに散った。


一人は帆装を見る。


一人は櫂を見る。


別の者は船腹を覗き込む。


「軽いな」


「ええ」


「だが、思ったより積める」


「商船というより連絡と護衛向きです」


「この櫂は?」


「風がないときにも使います。狭いところでは便利ですよ」


児島の男が笑った。


「便利どころではない」


彼らにはすぐ分かった。


これは瀬戸内で使える。


むしろ――瀬戸内だからこそ強い。


島が多い。


潮が速い。


狭い水道がある。


風向きだけでは動きにくい場所もある。


大型帆船なら持て余す海域でも、この船なら走れる。


帆で速力を稼ぎ、必要なら櫂を使う。


小型で小回りが利く。


「これは面白い」


児島の者は完全に船へ夢中になっていた。


そして、ついに聞いた。


「少弐殿」


「はい」


「いくらだ?」


少弐は一瞬、意味が分からなかった。


「何が?」


「あの船だ」


「……買うんですか?」


「売るのか?」


いきなり商談になった。


ライラが笑いをこらえている。


少弐は少し考えた。


本来、坂東フリガッタは簡単に売るような船ではない。


まして最新型に近い。


だが――。


少弐は児島の港を見る。


兵庫津から播磨。


播磨から児島。


ここをつなぎたい。


船一隻でその道が開くなら、安いかもしれない。


「では」


少弐が言った。


「最初の一隻は、お譲りしましょう」


児島側がざわめいた。


「本当か?」


「はい」


「いくらだ?」


少弐は首を振った。


「銭はいりません」


今度は相手が警戒した。


ただほど高いものはない。


「代わりに条件があります」


「やはりな」


児島の男が笑った。


少弐も笑った。


「しばらくの間、播磨から来る船を通してほしい」


「播磨の?」


「ええ」


兵庫津から西へ向かう商船。


播磨から備前へ向かう船。


その逆。


少弐が認めた船については、児島周辺で妨げない。


必要なら港へ入れる。


水や食料を買わせる。


荷の積み替えも認める。


「永遠にとは言いません」


少弐は言った。


「まず試したい」


「何を?」


「商いが増えるかどうか」


児島の者は少弐を見る。


「船一隻と引き換えに?」


「最初の一隻です」


少弐は念を押した。


「二隻目からは買ってください」


笑いが起きた。


「抜け目がないな」


「こちらも商いですから」


だが児島側にも悪い話ではなかった。


最新の快速帆船が手に入る。


しかも少弐が求めているのは領地でも、人質でも、臣従でもない。


船を通せ。


それだけだった。


話はまとまった。


ところが少弐には、もう一つ頼みがあった。


「それと」


「まだあるのか?」


「あります」


児島の者が笑った。


「言ってみろ」


少弐はさらりと言った。


「宇喜多殿に会いに行きませんか」


笑いが消えた。


「……宇喜多?」


空気が変わった。


少弐はそれを見逃さなかった。


児島の者は明らかに嫌そうだった。


「直家か」


「はい」


「好かん」


即答だった。


少弐は少し困った。


「そこまでですか」


「噂を知らんのか?」


「知っています」


「なら分かるだろう」


謀略。


暗殺。


裏切り。


毒。


宇喜多直家について瀬戸内に流れる話は、決して穏やかなものではない。


児島の者にとって、海の向こうに勢力を伸ばす直家は単なる噂の人物でもない。


近すぎる。


宇喜多が強くなれば、次はこちらへ来る。


そう考えるのは当然だった。


「宇喜多の下につけと言うなら断る」


少弐はすぐ首を振った。


「今日は言いません」


「今日は?」


「そこは言葉の綾です」


ライラが横を向いた。


少弐は続けた。


「俺が決めることじゃない」


児島が誰に従うのか。


独立を守るのか。


宇喜多と結ぶのか。


それを小田家の外交官である少弐が命令する筋合いはない。


「ただ、一度話してほしいんです」


「なぜ?」


「兵庫から備前まで船を通すなら、あなた方と宇喜多殿がずっと睨み合っているのは困る」


率直だった。


「俺が困ります」


児島の者が呆れた。


「自分のためか」


「はい」


少弐は平然と答えた。


「でも、あなた方にも悪い話にはしません」


「何をする?」


「それを三人で話したい」


少弐。


宇喜多。


児島。


誰かが誰かへ一方的に従う話ではなく、それぞれが何を欲しいのかを出す。


「宇喜多殿が信用できないなら、信用しなくていい」


児島の者が少弐を見る。


「お前は信用しているのか?」


少弐は少し考えた。


「信頼はし始めています」


「信用は?」


「してません」


児島の者は一瞬黙り――大笑いした。


「お前、それを本人にも言えるのか?」


「言いたくはないですね」


「なら俺にも言わせるな」


しばらく笑いが続いた。


やがて児島の者は、港に浮かぶフリガッタを見た。


あの船を一隻譲るという。


播磨の船を通す代わりに。


領地を要求されたわけではない。


人質を出せとも言われない。


そして何より、少弐は最初から児島を下に見ていなかった。


船乗りとして扱った。


商いの相手として扱った。


なら――。


「分かった」


「え?」


「会うだけだ」


少弐の表情が明るくなった。


「本当ですか」


「お前にはよくしてもらった」


児島の者は少し不満そうに言った。


「だから、お前の顔を立てる」


ただし、と念を押す。


「宇喜多に従うとは言っていない」


「もちろん」


「会うだけだ」


「十分です」


少弐は笑った。


それでよかった。


最初から服属の話などする必要はない。


まず同じ席に座らせる。


茶でも飲ませる。


互いの話を聞かせる。


そこから始めればいい。


児島の者がもう一度フリガッタを見る。


「ところで少弐殿」


「はい」


「本当に、あれをもらえるんだな?」


「一隻だけですよ」


「二隻目はいくらだ?」


少弐は思わず笑った。


どうやら宇喜多直家より先に、船の方が児島の心をつかんでしまったらしい。


こうして少弐冬明は、兵庫津から西へ伸ばす最初の航路を一つ開いた。


武力ではない。


領土でもない。


一隻の船と、しばらく船を通すという約束。


そしてその代価として少弐が得たものは、航路だけではなかった。


宇喜多直家と児島。


互いに警戒していた二者を――


同じ席へ連れていく約束だった。

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