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鉄砲と茶請け――兵庫津に集まる西国の兆し

宇喜多直家との最初の会見を終えた少弐冬明は、堺から兵庫津へ戻った。


清盛館は、まだ場所を定めたばかりである。


今井宗及に普請や商人の手配を頼んではいるものの、実際に使えるようになるのはまだ先だった。


そのため少弐は港近くの借居を仮の政務所としていた。


立派な御殿ではない。


しかし港が近い。


船の出入りが分かる。


商人も呼びやすい。


そして何より、少弐自身がいつでも船に乗って出ていける。


本人はむしろ気に入っていた。


借居へ戻ると、先に調査へ出していた二人が待っていた。


渡辺満。


そしてシレトク。


「ちょうどいい」


少弐は旅装を解くより先に二人を部屋へ呼んだ。


ライラも一緒に入り、少弐は播磨から備前、さらに安芸まで描かれた地図を広げる。


「それで、どうだった?」


先に口を開いたのは渡辺だった。


「気になるものが動いております」


「何だ?」


「鉄砲です」


少弐の表情が変わった。


渡辺の指が堺に置かれる。


そこから西へ。


兵庫。


播磨。


備前。


さらに安芸へ。


「堺から西へ流れる武具が増えております」


「鉄砲だけか?」


「いえ。火薬も。それに弾丸に使う鉛なども動いているようです」


少弐は地図を見つめた。


「どこまで追えた?」


「すべてではありませぬ。ただ、安芸方面へ向かう流れがございます」


「毛利か」


「断定はできませぬ」


渡辺は慎重だった。


「商人も途中で変わります。しかし安芸方向へ武具が流れていること自体は間違いないかと」


少弐は煙管を手に取った。


宇喜多直家との会話を思い出す。


毛利から使者が来ている。


味方になれと何度も求められている。


だが宇喜多を最前線へ立たせ、織田との戦で捨て駒にするつもりではないか。


直家はそう語っていた。


もちろん、少弐は直家の言葉をそのまま信じてはいない。


しかし別のところから拾ってきた情報が重なった。


「毛利は戦の準備をしているな」


渡辺が頷いた。


「某もそう見ます」


相手が誰なのか。


いつ戦うつもりなのか。


そこまでは分からない。


だが織田は丹波と若狭へ進んでいる。


その先には播磨がある。


西国の大勢力である毛利が何も考えていないはずはなかった。


「宗及殿に頼んでおいたのも無駄ではなかったな」


少弐が呟いた。


堺で大量の武器が動けば、松浦へ知らせてもらう。


その程度なら、と今井宗及から約束を取り付けてある。


渡辺の足で拾う情報。


松浦が堺で集める情報。


宗及を通じて入ってくる商人の情報。


少しずつ線がつながり始めていた。


「満」


「はっ」


「武器については引き続き気にしておいてくれ。ただ、今度は別のものを調べてほしい」


「何を?」


少弐は播磨を指した。


「人だ」


渡辺が地図を見る。


「国人衆でございますか」


「ああ」


播磨は一枚岩ではない。


多くの国人や領主がいて、それぞれが婚姻、旧主従、土地、寺社、商いによって複雑につながっている。


少弐が知りたいのは兵数だけではなかった。


「誰と誰が親しい」


指を動かす。


「誰と誰が仲が悪い」


さらに、


「誰が織田に近い」


「誰が毛利を頼っている」


「誰が宇喜多とつながっている」


「それから、どこにも深入りしたくない者」


渡辺は黙って聞いている。


「全部調べてくれ」


「戦をするためですか?」


「逆だ」


少弐は即答した。


「誰と話せば戦をしなくて済むか知りたい」


渡辺は笑った。


「承知いたしました」


「兵庫津から西へ道を通すなら、播磨の人間関係を知らないままでは動けない」


「では城より、人を見てまいります」


「頼む」


少弐は次にシレトクを見た。


「お前は?」


シレトクは待っていたように答えた。


「砂糖だ」


少弐が瞬きをした。


渡辺もシレトクを見る。


「……砂糖?」


「ああ」


「何の話だ」


「備前へ行っている」


シレトクの報告は渡辺とはまるで違っていた。


彼は鉄砲や火薬より、市場を見ていた。


北方のコタンを巡ったころから、シレトクは人が何を持ち込み、何を欲しがるかを見る癖がついている。


「堺から備前の方へ、砂糖が流れている」


「多いのか?」


「少なくない。それに高いものなんだろう?」


「砂糖は高いな」


「それだけじゃない」


「まだあるのか」


「茶の道具」


少弐の目が動いた。


「茶器か?」


「ああ。俺にはどれがいいものなのか分からない。でも、ずいぶん大事そうに運んでいた」


丁寧に包まれた茶碗。


茶入。


茶の湯に使うさまざまな道具。


そうした高価な品が、堺から備前方面へ流れている。


シレトクは腕を組んだ。


「だから備前の王は、甘いものが好きなんじゃないか」


渡辺が吹き出した。


「なぜ宇喜多殿になる」


「備前で一番偉いんだろう?」


「まあ、そうなりつつあるが」


「高いものをたくさん買えるのは偉いやつだ」


少弐は笑いながらも、シレトクの話を切り捨てなかった。


むしろ考え込んでいる。


宇喜多直家との会見でも、茶を勧められた。


あのとき少弐は警戒して一口も手をつけなかった。


ただのもてなしだと思っていた。


だが、備前へ高価な茶器と砂糖が流れている。


「茶の湯か……」


少弐が呟く。


シレトクが尋ねる。


「チャノユ?」


「客を招いて茶を点てるんだ。茶請けに甘味なんかを出して、話をする」


「ああ」


シレトクはそれなら分かるという顔になった。


北方でも、大事な客が来れば食べ物や酒を出す。


同じものを口にしながら話をする。


方法が違うだけだった。


「なら、備前の王はそういう席が好きなんじゃないか」


「宇喜多殿が?」


「ああ」


シレトクは少し考えた。


そして言った。


「茶を飲んで、甘いものを食べながら――謀を話す」


一瞬、部屋が静かになった。


渡辺が笑った。


「それはまた、宇喜多殿に似合うな」


少弐は笑わなかった。


妙に納得していた。


直家が単純に甘味を好むのかは分からない。


茶そのものが好きなのかもしれない。


だが、あの男なら――。


少人数で向かい合う。


茶を点てる。


甘い茶請けをつまむ。


表向きは穏やかな話をしながら、互いの腹を探る。


時には人払いまでして密談する。


茶席そのものを、謀を語らう場所として好んでいてもおかしくない。


「茶席で甘味をつまみながら謀を語らう、か」


少弐は煙を吐いた。


「……似合うな」


ライラが横から言った。


「あなたも甘いもの好きでしょう?」


「俺は謀を語らうために食べているわけじゃない」


「食べながら話してるじゃない」


「それはそうだが」


渡辺が笑った。


少弐は地図から目を離した。


「次に宇喜多殿と会う約束をしている」


シレトクが聞く。


「また備前の王と会うのか?」


「ああ」


「なら甘いものを持っていけ」


少弐はすぐ頷いた。


「そうしよう」


「茶の道具もだ」


「それもいい」


前回は宇喜多直家の用意した茶席だった。


そして少弐は、出された茶に一口も手をつけなかった。


次はこちらから用意する。


「堺の松浦に書状を送る」


今井宗及にも相談させる。


宇喜多直家に贈るにふさわしい茶器。


茶席に出せる上等な茶。


そして茶請けとなる甘味。


少弐自身も甘味が好きだから、選ぶのはむしろ楽しみだった。


「宇喜多殿が本当に甘党なら当たりだ」


ライラが聞く。


「違ったら?」


「俺が食べる」


「無駄がないね」


「だろう?」


少弐は満足そうだった。


しかし、シレトクの仕事はこれで終わりではない。


「シレトク」


「なんだ」


「今度は備前へ入ってくれ」


「中まで?」


「ああ」


少弐は備前を指した。


「商人のふりをしてほしい」


シレトクはすぐには返事をせず、少し考えた。


「何を売る?」


少弐が笑う。


「そこから考えるのか」


「何も持ってない商人は変だろう」


「もっともだ」


北方の毛皮。


小さな工芸品。


あるいは兵庫津で仕入れた珍しい品。


北方から来た男がそうした品を売り歩くなら、むしろ普通の和人商人を装うより自然かもしれない。


「売っていい」


「買っても?」


「いい」


「何を見ればいい?」


少弐は答えた。


「物の流れだ」


港。


市場。


商人。


備前へ何が入る。


備前から何が出る。


どこで値段が上がる。


誰が大量に買う。


どの商人が宇喜多家とつながっている。


「鉄砲を探す必要はない」


少弐は付け加えた。


「それは満や松浦が見る」


「じゃあ俺は?」


「備前の暮らしを見てこい」


シレトクは少弐を見る。


「暮らし?」


「ああ」


少弐は笑った。


「お前は鉄砲を見つけなかった。その代わり砂糖を見つけた」


渡辺も頷いた。


「確かに」


「だから同じものを見る必要はない」


少弐は二人を見る。


「満は戦を見る」


そしてシレトクを見る。


「お前は人が何を欲しがっているかを見る」


シレトクはようやく意味を理解した。


「分かった」


こうして二人の仕事は完全に分かれた。


渡辺満は播磨へ向かう。


国人衆の縁戚。


旧主従。


恨み。


同盟。


織田との距離。


毛利との距離。


宇喜多との関係。


兵庫津から西へ進むために必要な、播磨の人間関係を調べる。


一方のシレトクは備前へ入る。


商人として品物を売り買いしながら、市場と港を見る。


砂糖。


茶。


米。


塩。


魚。


布。


鉄。


船。


人が何を求め、何に金を払うのかを見る。


鉄砲と砂糖。


火薬と茶器。


一見すれば、まったく違う情報だった。


だが少弐には分かっていた。


国が戦を始めようとすれば、鉄砲と火薬が動く。


人が豊かになれば、茶器と砂糖が動く。


どちらも人間が動かしている。


そして、その流れを追えば――その国が何を考えているのかが見えてくる。


二人を送り出した後。


少弐は宇喜多直家への贈り物について書き始めた。


茶器。


茶。


甘味。


前回は煙管の煙で誤魔化して、直家の茶には最後まで手をつけなかった。


今度はこちらから茶席を作る。


少弐は筆を止めた。


「……嫌味だと思うかな」


ライラが答える。


「思うと思うよ」


「やっぱり?」


「でも持っていくんでしょう?」


「もちろん」


少弐は笑った。


宇喜多直家。


味方でも嫌な男。


だが敵にすればもっと嫌な男。


ならば何度でも会う。


茶を飲む。


甘味を食べる。


煙草を吸う。


そして互いの腹を探る。


直家が茶席で謀を語るのを好む男なら――。


「ちょうどいい」


少弐は煙管に火を入れた。


細い煙が、兵庫津の借居に上がった。


「次は俺も、その席に付き合おう」


西国の戦支度を知らせる鉄砲。


備前の嗜好を知らせる砂糖と茶器。


少弐冬明は、そのどちらも捨てなかった。


兵庫津から西へ道を通すためには――


戦の兆しも、人の好みも、同じように知る必要があった。

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