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北の家で休む――室蘭、旅の終わり

――元亀二年(一五七一年)九月、室蘭。


少弐冬明は、帰ってきた。


だが、帰ってきたからといって、すぐに坂東へ向かえる身体ではなかった。


宗谷を過ぎたあたりで出した高熱は下がったものの、身体の奥には重い疲労が残っていた。


さらに船が大きく跳ねた際の転倒で、もともと悪かった腰と膝を痛めている。


歩けないほどではない。


だが歩けば痛む。


立ち続ければ腰が重くなる。


そして何より、少し動いただけで疲れた。


イネスの診断は簡単だった。


「休養」


「何日だ」


「日数を決めて休むんじゃないの」


「では、いつまでだ」


「身体が動くまで」


少弐は不満そうだった。


ライラは横でうなずいた。


「そうして」


二対一だった。


少弐は諦めた。


こうして北方を何千里も動き続けてきた男は、室蘭で初めて何もしない日々を送ることになった。


少弐にはコタンに自分の家があった。


以前の滞在時に使っていた家である。


そこへ戻る。


久しぶりに入ってみると、不思議な感じがした。


自分の家なのに、長い間留守にしていた旅人の家だった。


ライラは当然のように一緒についてきた。


少弐が立ち上がれば見る。


外へ行こうとすれば、


「どこへ?」


と聞く。


「少し歩くだけだ」


「杖は?」


「そこまでいらん」


「持って」


少弐は持った。


シレトクはそれを見て笑った。


「北では熊にも向かっていった男が」


「何だ」


「ライラには勝てない」


「勝つ必要がない」


少弐が答えると、今度はライラが黙った。


船の急務室で交わした言葉以来、二人の間には以前とは違う何かがあった。


まだ名前をつけてはいない。


だが互いに気づいている。


だからこそ、少弐もライラの世話を以前ほど拒まなくなっていた。


休んでいる間、少弐は室蘭の変化をゆっくり見ることになった。


わずか一年ほどだった。


それなのに、以前とは違う。


畑には、坂東から持ってきたものが育っていた。


じゃがいも。


最初に種芋を配ったとき、少弐自身も本当にこの土地へ根付くか分からなかった。


だが掘り起こせば、土の中から芋が出てくる。


少弐は一つ手に取った。


「できたな」


近くにいた者が笑った。


少弐も笑った。


牛もいた。


馬もいる。


まだ数は多くない。


それでも、以前にはなかった光景だった。


蔵も建った。


商館もある。


海から運ばれてきた品が蔵へ入り、北から来た品がまた船へ積まれる。


酒。


布。


鉄製品。


薬。


魚。


毛皮。


角。


様々な品が動いている。


医師もいた。


大掾が招いた医師一家は、すでに室蘭で診療を始めていた。


和人だけを診るのではない。


コタンの者も来る。


怪我。


熱。


腹痛。


出産。


薬草については逆に地元の者から教わることもある。


イネスはそこへ毎日のように顔を出した。


最初は教える側だった。


しかし数日もすると、互いの薬を机へ並べて話し込むようになった。


「それは何に使うの?」


「腹だ」


「こっちは?」


「傷」


「見せて」


イネスの画帳には、また新しい頁が増えていった。


北方航路で見てきた医療。


アイヌの薬草。


食生活。


寒冷地で起きやすい病。


船上での怪我。


イネスは旅の記録そのものも整理し始めた。


少弐が一本角を追っていた間、彼女はずっと別のものを見ていた。


人間だった。


どこで何を食べるのか。


どんな服を着るのか。


どんな傷を負うのか。


どんな薬を使うのか。


北方航路の記録は、そのまま一冊の医学・自然誌になりつつあった。


一方で、まだ存在しないものもあった。


造船基地である。


少弐は杖をつきながら湾岸を歩き、大掾たちが予定地として考えている場所を見た。


「ここか」


「まだ計画だけだ」


説明を聞く。


船を修理する場所。


木材を置く場所。


帆や索具を保管する蔵。


将来的には、小型船程度ならここで建造する。


少弐は海を見る。


「急がなくていい」


北方航路は始まったばかりだった。


商館を建てた。


蔵を建てた。


医師を置いた。


畑を作った。


牛と馬も来た。


全部を一年で完成させる必要はない。


少弐は自分自身にも、ようやく同じことを言えるようになっていた。


急がなくていい。


十月に入るころには、熱の影響はほとんど消えていた。


腰も少しずつ戻った。


膝も歩ける。


だがイネスはまだ首を縦に振らない。


「まだ」


「もう歩ける」


「歩けるのと、船で坂東まで帰れるのは別」


「なら何をすればいい」


「休む」


またそれだった。


そこで少弐は言った。


「川湯へ行く」


イネスが顔を上げた。


ライラも少弐を見る。


「寒いわよ」


「知っている」


「今から?」


「だから行く」


少弐にとって湯治は、ただ温泉へ入りたいという話ではなかった。


腰と膝を戻したかった。


身体を温める。


少しずつ歩く。


休む。


食べる。


眠る。


そしてまた湯へ入る。


無理に鍛え直すのではない。


戦える身体へ戻すために、まず普通に動ける身体へ戻す。


ライラも同行した。


シレトクもついてきた。


「俺まで行く必要あるか?」


「嫌なら室蘭にいろ」


「行く」


即答だった。


少弐が笑った。


寒い道を進み、川湯へ入る。


湯気の向こうには北の山がある。


少弐は湯につかりながら、久しぶりに何も考えない時間を過ごした。


北へ行く必要はない。


一本角は手に入った。


虎のことも大掾に任せた。


チョルガルも。


綾部も。


大穂田も。


千島列島も。


もう、自分の仕事ではない。


そう考えると、少し寂しかった。


だが同時に楽でもあった。


十一月。


室蘭へ戻った少弐は、ようやく普通に歩けるようになっていた。


まだ腰に違和感は残る。


膝も完全ではない。


しかし日常生活には支障がない。


イネスもようやく、


「無茶しないなら」


と出航を許した。


問題は暦だった。


ここから坂東へ戻る。


天候を見ながら南下する。


遅れれば年を越す。


少弐は日程を確認して言った。


「ぎりぎりだな」


年末までに坂東へ戻れる、ほとんど最後の時期だった。


少弐はシレトクに声をかけた。


「行くぞ」


「分かってる」


ライラには聞かなかった。


もう当然のようについてくる。


そして少弐は、室蘭に残ると思っていたイネスのところへ別れを言いに行った。


ところが。


「私も行く」


少弐は聞き返した。


「どこへ」


「坂東」


「ここに残るんじゃなかったのか」


イネスは医師一家のいる方を見る。


「そのつもりだった」


しばらく一緒に働いてみた。


彼らはもう室蘭に根を張り始めている。


患者も彼らを知った。


地元の薬草についても学び始めている。


イネスがいなくても診療は続く。


「私がいないと駄目な場所じゃなくなった」


それは喜ぶべきことだった。


少弐はうなずいた。


「それで坂東へ?」


「まずはね」


「その後は?」


イネスは少し笑った。


「畿内へ行きたい」


少弐が目を細める。


「なぜ」


「あなた、本来は堺でしょう?」


「そうだが」


「北をずっと見たから、今度は畿内を見たい」


寺。


町。


医師。


薬種商。


南蛮人。


堺には北方とはまるで違う医学と知識の集積がある。


それに、北方航路で作った膨大な記録を整理するにも、人と本の集まる場所は都合がいい。


「だから、とりあえず坂東まで一緒に行く」


少弐は笑った。


「結局また一緒か」


「嫌?」


「いや」


こうして出航する者が決まった。


少弐。


ライラ。


シレトク。


イネス。


マリア。


そしてエスペランサ。


ポラールは母艦へ収められている。


北へ残る者もいる。


レタㇻクは大掾とともに北方交易網を作る。


エカシロは富内で商館を預かる。


大掾の北方艦隊は千島列島と大陸沿岸の測量を続ける。


室蘭には医師一家が残る。


商館が残る。


蔵が残る。


畑が残る。


じゃがいもが残る。


牛と馬が残る。


そして、まだ紙の上にしかない造船基地の計画が残る。


少弐がいなくても、室蘭はもう動いていく。


出航の日。


少弐は自分の家を振り返った。


北方探索の途中で手に入れた、小さな家だった。


ライラが隣に立つ。


「また来る?」


少弐は少し考えた。


「来るだろうな」


「北へ行かないんじゃなかった?」


「室蘭は北じゃない」


「あなたにとっては?」


少弐は笑った。


「家だ」


ライラも笑った。


船へ向かう。


シレトクが待っている。


イネスは大量の画帳を抱えていた。


マリアはすでに出航準備に入っている。


エスペランサの帆が上がった。


一五七一年、晩秋。


北方探索を終えた一行は、ようやく坂東へ向けて室蘭を離れた。


少弐冬明は甲板に立った。


今度はライラも止めなかった。


身体は動く。


熱もない。


腰と膝にはまだ旅の痕跡が残っている。


だが、それでいい。


少弐は遠ざかる室蘭を見た。


ここから先は帰還である。


そして坂東へ戻れば、北方航路探索の任務は正式に終わる。


少し休む。


氏治に報告する。


それから――本来の任地へ戻る。


堺。


畿内。


少弐はまだ知らなかった。


自分が北の海を旅している間にも、畿内の情勢は動き続けていた。


北で追いかけたのは、一本角の海獣だった。


次に待っているものは違う。


人間同士の争いだった。


エスペランサは南へ船首を向けた。


年が変わる前に坂東へ。


北方編の最後の航海が始まった。

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