哲秀河の虎――縞の獣と、虎好きの客人
哲秀河――チョルガル・コタンでポラールの帰還を待つあいだ、少弐の関心は大河だけに向いていたわけではなかった。
長から聞いた「虎」の話が、どうにも気になっていた。
翌日も少弐は酒を持って長の家を訪れた。
火のそばへ座り、いつものようにレタㇻクを間に置く。
「昨日の虎の話なんだが、もう少し詳しく聞きたい」
レタㇻクが訳すと、長は少弐の顔を見て笑った。
また虎か。
そんな顔だった。
少弐は気にせず続ける。
「まず、虎皮は具体的にどこから来る?」
長は少し考え、何人かの男にも話を聞いた。
哲秀河の者たちがいつも自分で虎を仕留めているわけではない。
海岸から離れ、大河の上流や支流沿い、さらに南西の森林地帯へ行くほど虎の話が増える。
そこで暮らす者や狩猟民から毛皮が渡り、何度か交換されながら川を下ってくる。
少弐は地面に簡単な図を描いた。
「つまり、虎皮も川を通ってくるのか」
レタㇻクが確認する。
長は頷いた。
魚や毛皮、鉄器、布などと同じように、虎皮も交易の流れの中にあるらしい。
「虎はどんな獣だ?」
この質問には猟師たちも加わった。
大きい。
黄色い。
黒い縞がある。
熊ほど重々しく歩かない。
森では静かで、雪の上では巨大な足跡を残す。
鹿や猪を襲う。
そして、ときには人間のすぐ近くまで来ているのに、人間の側が気づかない。
「大きな猫みたいなものか」
少弐が呟く。
レタㇻクが訳すと、猟師の一人が笑って頷いた。
だが、ただの大きな猫と思うなとも付け加えた。
虎は森の中では恐ろしいほど静かだという。
少弐はさらに尋ねる。
「皮以外は?」
長が首を傾げた。
「牙。爪。頭の骨。そういうものだ」
レタㇻクが訳す。
少弐は自分の犬歯を指差し、次に爪を立てる仕草をした。
これなら言葉がなくても通じる。
「もし手に入ったら、譲ってほしい。もちろん交換する」
長はますます面白そうな顔をした。
少弐は続けた。
「それと、虎について昔から伝わる話があるなら、それも知りたい」
長がとうとう笑い出した。
何を言ったのか分からず、少弐はレタㇻクを見る。
レタㇻクも笑っている。
「お前、本当に虎が好きなんだなって」
「……違うぞ」
「昨日から虎の棲む場所を聞いて、皮を聞いて、今日は牙と爪と頭まで欲しいと言って、虎の昔話まで聞いている」
シレトクが横から口を挟んだ。
「俺でもそう思う」
エカシロまで頷いた。
少弐は少し考えた。
「そう言われると否定しづらいな」
これには皆が笑った。
だが長は、少弐をからかっているだけではなかった。
奥から昨日見せた虎皮を持ってこさせた。
それを少弐の前へ広げる。
そして酒を飲む仕草をする。
昨日少弐が持ってきた強い酒が、相当に気に入ったらしい。
レタㇻクが聞いて、訳した。
「昨日の酒をもう少しくれるなら、この皮をお前にやってもいいって」
少弐は虎皮を見た。
それから長を見る。
ただ値を吹っかけているのではない。
長は明らかに、遠くから来た妙に虎好きな客人が欲しがっているから、手元にあるものを譲ってやろうとしている。
少弐は、こういう好意には気づく男だった。
「……ありがたいな」
少弐は船から強い酒を持ってこさせた。
だが、それだけでは終わらなかった。
自分の荷物から一本のサーベルを取り出す。
坂東で作られた品だった。
実用品ではあるが、柄や金具には虎の意匠が施されている。
長は目を丸くした。
少弐は鞘にある虎の紋を指差し、それから長を指した。
「これは売り物じゃない」
レタㇻクが訳す。
「虎皮の代金でもない。酒が交換の品だ」
少弐はサーベルを両手で差し出した。
「これは、俺からあんたへの礼だ」
長はすぐには受け取らなかった。
少弐の顔を見る。
虎皮を見る。
酒を見る。
そして虎の紋章を見る。
やがて意味を理解すると、満面の笑みを浮かべた。
サーベルを受け取り、鞘から少しだけ刀身を抜く。
周囲の男たちも集まってきた。
長は虎の紋を何度も指でなぞった。
「これであの人まで虎好きになったぞ」
レタㇻクが笑う。
「それは困ったな」
少弐も笑った。
酒は虎皮との交換。
サーベルは好意への返礼。
少弐はそこを曖昧にしなかった。
だからこそ長にも、単なる物々交換とは違う意味が伝わった。
その後、長は老人たちを呼んでくれた。
虎について知っている話を、少弐のために語らせる。
ある老人は言った。
虎は森の道を人間よりよく知っている。
別の猟師は、虎を追いかけてはいけないと言った。
虎を見つけたと思った時には、虎はすでにずっと前からこちらを見ている。
そして別の老人は、虎が獲物を食べた場所から不用意に肉を持ち去れば、縞の獣がその匂いを追ってくるという話をした。
シレトクがそれを聞いて、
「山のカムイと似たところがあるな」
と呟いた。
少弐は記録した。
伝承そのものを事実と決めつけるのではない。
しかし、その土地の人間が虎とどう付き合っているかを知るには重要だった。
そして少弐は、手に入れた虎皮を眺めながら別のことを考え始めた。
「これ、何かに使えないかな」
ライラが嫌な予感でもしたように見る。
「着るの?」
「なぜ皆、俺が着ると思うんだ」
少弐は虎皮を広げた。
皮そのものなら敷物にもできる。
防寒具の襟や外套の一部にも使えるだろう。
だが少弐は、一枚しかない貴重な虎皮を細かく切る気にはなれなかった。
「これはなるべく残そう。見本にもなる」
むしろ気になったのは、これから交易で入手できるかもしれない部位だった。
「牙なら、根付か飾りにできるか」
シレトクが自分の首元を触った。
「穴を開ければ下げられる」
「爪も同じだな」
少弐は頷いた。
虎の牙や爪なら、護符や首飾り、刀装具の飾りにもできる。
頭骨が完全な状態で手に入れば、加工してしまうより自然誌標本として残すほうが価値がある。
イネスもそれには賛成した。
「頭が手に入ったら、先に絵を描かせて。歯も測りたい」
「では頭骨はイネス行きだな」
「勝手に決めないで」
「欲しいんだろう?」
「欲しいけど」
少弐は笑った。
そして虎皮の端を持ち上げる。
「皮も一枚目は切らない。坂東へ持ち帰って見せる」
虎がどんな獣なのか。
毛はどれほど密なのか。
どれほど大きいのか。
絵だけでは伝わらない。
現物には現物の価値がある。
二枚目以降が手に入るなら、そこで初めて加工を考えればいい。
少弐は指を折った。
「牙は装身具か刀装具。爪は護符。頭骨は標本。皮はまず保存――」
レタㇻクが呆れたように少弐を見る。
「やっぱり虎が好きなんじゃないか?」
少弐は虎皮を見下ろした。
少し考えてから答えた。
「……ここまで来ると、俺もそんな気がしてきた」
その言葉をレタㇻクが長へ伝える。
長は腰に差したばかりの虎紋の坂東サーベルを叩き、大声で笑った。
言葉も、生まれた土地も違う。
それでも哲秀河では、一枚の虎皮と一本の虎紋の剣が、二人の間に奇妙な友情の印として残ったのである。




