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北の大河――少弐、もう一つの航路を思いつく

樺太北端を離れた一行は、レタㇻクの案内で海峡を渡り、大陸側の海岸を北へ進んだ。


何日か沿岸を探るうち、煙の立つ場所をレタㇻクが見つけた。


「人がいる。たぶんニヴフだ」


少弐たちは船をいきなり浜へ寄せず、小舟を出した。


そこから先は、もう一行にとってこなれた一連の流れだった。


まずレタㇻクが話す。


敵意がないと分かれば少弐が姿を見せる。


酒と食べ物を贈る。


相手から魚や肉が返ってくる。


少弐が煙管を取り出す。


そして、気づけば長の家で一緒に酒を飲んでいる。


シレトクはその様子を眺めながら苦笑した。


「また始まった」


エカシロも笑った。


「この男、知らない土地ほど元気になるな」


もっとも、今回はこれまでとは勝手が違った。


少弐が長の話を聞きながらシレトクへ、


「いま何と言った?」


と尋ねても、


「知らん」


「エカシロは?」


「俺に聞くな。全然分からん」


二人とも困った顔をする。


アイヌ語ではない。


レタㇻクだけが、交易で覚えたニヴフの言葉を片言ながら理解していた。


少弐はそこで改めて実感した。


海峡を越えた自分たちは、すでにアイヌの世界とは異なる文化圏へ入っている。


それでも、酒と食事と煙草を挟めば、人間同士の距離は縮まった。


少弐はレタㇻクを介して質問を重ねた。


「ここでは何が獲れる?」


魚。


海獣。


毛皮。


少ないながら、内陸から虎の皮が流れてくることもあるという。


少弐はそこに食いついた。


「虎がいるのか」


いる、と猟師たちは答えた。


ただし珍しい。


自分たちが常に虎を狩っているというより、内陸との交換を経て海岸まで出てくるものもあるらしい。


少弐はすぐ記録させた。


「ならば樺太南部のコタンまで交易を重ねれば、虎皮が流れている可能性がある。わざわざ虎のいる森まで行く必要はないな」


そして、話題は土地へ移った。


「大きな国はあるか?」


これには明瞭な答えが返ってこない。


しかし、人の多い土地ならある。


そして――巨大な川がある。


老人が地面に棒を走らせた。


海へ注ぐ巨大な水の道。


少弐はしゃがみ込んだ。


「川か」


まだ彼らはその川の全貌も正式な名称も知らない。


少弐は記録上、ひとまずこれを**「アムール川」**と仮称することにした。


「これは、どちらへ続く?」


レタㇻクが尋ねる。


ニヴフたちは身振りを交えて上流を示した。


南西。


ずっと向こうにも人がいる。


さらに向こうにも人がいる。


少弐の指が、地面に描かれた川をゆっくりとなぞった。


「南西……」


朝鮮で見た地図を思い出す。


そして突然、顔を上げた。


「――これを遡れば、朝鮮に出るんじゃないか?」


マリアが首を傾げた。


「この川を?」


「直接かは分からない。途中から陸路になるかもしれない。だが方角はおかしくない」


これは少弐自身にもまだ仮説にすぎなかった。


しかし、もっと重要なことを思いつく。


少弐は今度は海岸線を指でなぞった。


「いや……川より、こっちだ」


「海?」


「そうだ」


少弐の頭の中で、これまで訪れた土地が一本につながり始めていた。


室蘭――宗谷――樺太――大陸沿岸――そして朝鮮。


冬は無理だ。


しかし夏ならどうか。


沿岸の集落と交渉し、水、薪、食料、修理場所を確保する。


数日おきに逃げ込める港を作る。


そうすれば、外洋を一気に横断するのではなく、沿岸航行を繰り返して朝鮮方面まで到達できる可能性がある。


「マリア」


「なに?」


「ポラールを一度戻そう」


少弐は紙を広げた。


「大掾殿に伝えてほしい」


そして、調査結果を一つずつ書き出していった。


第一。


樺太は島である。


少弐たち自身が北端まで到達し、その先に海峡を確認して大陸へ渡った。これは重要な地理情報だった。


第二。


大陸側では虎皮がわずかながら交易されている。


ならば危険を冒して虎を直接狩る必要はない。交易網を調べれば、樺太南部のコタンでも虎皮を入手できる可能性がある。


第三。


北方大陸には巨大な河川が存在する。


仮にアムール川と呼ぶ。


これを遡れば南西の人口地帯へ入り、最終的に朝鮮方面へ通じる可能性がある。


そして第四。


少弐が最も強調したのがこれだった。


大陸沿岸を南下し、補給可能な港を一定間隔で確保できれば、夏季限定ながら室蘭から朝鮮へ至る北回り航路を開設できる可能性がある。


マリアは書状を読み返した。


「つまり私に、大掾殿へこれを届けて――」


「調べてもらいたい」


少弐は頷いた。


「朝鮮で手に入れた地図、中国の地図、商人の話、何でもいい。アムール川らしき大河がどこまで続いているのか。それから、大陸沿岸を南へ行けばどんな港があるのか」


「北へ行くのは?」


「まだ行かない」


少弐は即答した。


「知らない森へ馬を連れて入って虎に食われた、では笑い話にもならん」


それを聞いていたレタㇻクが大きく頷いた。


ニヴフの猟師たちからも、北や内陸には虎が出るため不用意に進むなと警告されていた。


「だから俺たちはここで情報を集める。マリアはポラールで南へ戻ってくれ」


「どこまで?」


「まず大掾殿へ報告を。必要なら朝鮮側にも問い合わせてもらう」


マリアは少弐の書状を丁寧に畳んだ。


「一角獣を追いかけていたはずなのに、ずいぶん大きな話になったわね」


少弐は笑った。


「一角獣は逃げんだろう」


そして地面に描かれた海岸線を指した。


「だが、道は見つけた時に調べておかないと消える。」


数日後。


ポラールはニヴフの集落沖から帆を上げた。


マリアが南へ向かう。


その船には、一角獣の角よりもはるかに大きな発見が載せられていた。


樺太が島であるという報告。


アムールという未知の大河。


そして――


室蘭から樺太を経て大陸沿岸を南下し、朝鮮へ達する「北回り交易航路」という少弐の新たな構想であった。

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