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帰ってきた室蘭 ― 十貫から始める商館

大掾幹康とマリアが室蘭へ到着してから、少弐はまず二人を自分たちが滞在しているコタンの家へ迎えた。


熊騒動もようやく片付き、商館の話もこれからである。


何をするにしても、まず一息入れたかった。


炉には火が入り、外の寒さとは別世界のように暖かい。


少弐は腰を下ろすと、大掾に言った。


「まあ、とりあえず――帰ってきたな」


大掾がすぐに笑った。


「お前が言うのか」


「何がだ」


「もはや長年ここに住んでいる者みたいな言い方だぞ」


少弐も笑った。


確かにそうだった。


最初は北方探索の途中で立ち寄っただけの室蘭だった。


それが今では長とも顔馴染みになり、シレトクの縁者とも付き合い、ペナウシの戦士たちとも熊を追いかけた。


室蘭へ戻ってくると、どこかほっとするようにさえなっている。


「住みやすいぞ」


「本当に住む気じゃないだろうな」


「それも悪くない」


「北へ行くんだろう」


「だから今のうちに話しておく」


少弐はキセルに火を入れた。


ゆっくり煙を吐く。


マリアも炉の近くに腰を下ろし、二人の話を聞いていた。


少弐はキセルを指に挟んだまま、大掾を見る。


「まず商館だ」


「長から土地は認めてもらったんだな」


「ああ。だから建てる」


ただし、少弐には一つ決めていることがあった。


「できるだけ、室蘭の人に造ってもらう」


大掾が少し考える。


「坂東から大工を大勢連れてくるのではなく?」


「必要な職人は連れてきてもいい。だが、木を切る者も、運ぶ者も、縄を扱う者も、この辺りにいる」


さらにペナウシコタンにも声をかける。


「仕事として頼む」


少弐は念を押した。


「ただで手伝ってもらうな」


「金を払うのか」


「当たり前だ」


土地は長の好意で使わせてもらえる。


だからこそ、その上に建てるものまで無償の労働に頼るべきではない。


「木材も使わせてもらうなら代価を払え。働いてもらったら賃金を払え」


「足りないものは?」


「運ぶ」


鉄釘。


金具。


鋸や鑿などの工具。


現地では用意しにくいものだけを外から持ち込む。


それ以外は、できるだけ室蘭とペナウシで調達する。


大掾が頷いた。


「最初は何を建てる?」


「医務室を優先する」


商館の立派な座敷でもない。


大きな蔵でもない。


まず医務室。


「商人が来る前でも病人は出る。船乗りも怪我をする。それに――」


少弐は外のコタンを指した。


「室蘭の人も使えるようにしておきたい」


大掾が笑った。


「商館より先に医者か」


「人がいなければ商売もできん」


少弐はキセルをふかした。


「医務室。その次に商館。蔵は必要なだけ。最初から大きくしなくていい」


「分かった」


「それから牛と馬だ」


今回、大掾には坂東馬と坂東牛も連れてきてもらっていた。


だが少弐は、それをすべて室蘭で飼うつもりはなかった。


「牛はペナウシへ持っていこう」


「なぜ?」


「室蘭より内陸だ」


港として発展させる室蘭とは役割を分ける。


「ペナウシの人に育ててもらう」


もちろん、これも無償ではない。


飼育を引き受けてもらい、対価を払う。


繁殖に成功したら、その後の分配も相談する。


「馬も一緒に置くのか?」


「一部はな」


牛の管理。


荷物の運搬。


室蘭とペナウシの往来。


そのために坂東馬を使う。


「乗り方や世話の仕方も教える」


「シレトクにやったみたいに?」


「ああ」


少弐は笑った。


「室蘭には港を作る。ペナウシには畑と牧を育ててもらう」


「ずいぶん大きな話になってきたな」


「最初は牛数頭と芋だ」


「言い方次第だな」


マリアが横で笑った。


少弐はそこで懐を探った。


そしてマリアを見る。


「そうだ。マリア」


「なに?」


少弐は金を渡した。


「二十貫、預かっておいてくれ」


マリアが目を丸くした。


「私が?」


「俺が全部持って歩くよりいい」


「それはそうだけど」


「帳面もつけておいてくれ」


「そういうことね」


マリアは納得した。


少弐はその二十貫のうち十貫を分けると、大掾の前へ置いた。


「これはお前に渡す」


大掾が金を見る。


「十貫?」


「ああ」


「商館の建設費か」


少弐は首を横に振った。


「違う」


「違うのか?」


「元手だ」


大掾が少弐を見る。


少弐はキセルを口にくわえ、煙を一つ吐いた。


「十貫で全部建てようとするな」


「では?」


「増やせ」


大掾の顔が少し変わった。


「商売しろということか」


「お前、大掾だろう」


「それと商売に何の関係がある」


「海まで連れてきたんだから働け」


「上官というのは便利だな」


「便利だぞ」


少弐は笑った。


十貫を全部建物へ変えてしまえば、それで終わる。


そうではない。


南から必要な品を仕入れる。


室蘭やペナウシの品と交換する。


利益を出す。


その利益で人を雇う。


木材を買う。


建物を増やす。


蔵を大きくする。


船の修理設備も整える。


「十貫を使い切って終わるな」


少弐は言った。


「この十貫が十五貫、二十貫になって、その金で商館が大きくなるようにしろ」


大掾は金を見つめる。


「ずいぶん気軽に言ってくれる」


「だから十貫渡した」


「失敗したら?」


「何を失敗したか教えろ」


大掾が顔を上げた。


「怒らないのか」


「同じ失敗を二度したら怒る」


マリアが吹き出した。


大掾も笑った。


「分かった」


十貫を受け取る。


「では、この十貫を元手に室蘭で商売を始める」


「ああ」


「その利益で商館を建てる」


「そうだ」


「医務室を優先」


「頼む」


「室蘭とペナウシの者を雇って金を落とす」


「それも忘れるな」


大掾は一つずつ確認した。


「坂東牛はペナウシ。馬も一部を向こうへ置く」


「ああ」


「ずいぶん注文が多いな」


少弐はキセルを灰吹きへ軽く当てた。


「これからもっと増えるぞ」


「やっぱり帰ろうかな」


「帰ってきたばかりだろう」


「だからお前が『帰ってきたな』と言ったんじゃないか」


また笑いが起こった。


外では冬の室蘭の風が吹いている。


まだ商館はない。


医務室もない。


ペナウシの牧には、一頭の坂東牛も立っていない。


あるのは長から認めてもらった土地と、連れてきた牛馬。


そして――大掾の手元に渡された十貫だけだった。


少弐はもう一度キセルに火を入れた。


「小さく始めよう」


大掾が金をしまいながら答える。


「ああ」


少弐は煙の向こうで笑った。


「ただし、小さいままにするなよ」

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