北の鷹――旅の印
室蘭での暮らしにも慣れてきたころ、少弐は長たちとの話の中で、この辺りにも鷹がいると聞いた。
それも、坂東で見慣れたものとよく似た鷹だという。
少弐はすぐに興味を示した。
「生きたまま捕らえることはできますか」
シレトクが訳すと、長は少し不思議そうな顔をした。肉が欲しいわけでも羽が欲しいわけでもない。生きた鷹が欲しいというのである。
少弐は理由を説明した。
「坂東の尾瀬という山で、新田という男が鷹を増やしています。ここの鷹を何羽か連れて帰って、新田に託したい。坂東の鷹とつがわせれば、どんな子が生まれるのか見てみたいのです」
マリアが横から、
「また始まった」
と笑った。
室蘭ではジャガイモや蕎麦を植え、今度は蝦夷地の鷹を坂東へ持っていこうというのである。
だが、少弐にはもう一つ考えがあった。
「それとは別に、一羽、自分で飼ってみたい」
「あなたが?」
ライラが目を丸くした。
「ええ。これから先、ずっと北へ行くでしょう。鷹がいれば遠くからでも私たちの目印になる。それに――」
少弐は空を見上げた。
「北から来た鷹を連れて旅をするのも、悪くない」
そこで意外なことを言ったのがライラだった。
「鷹なら、少し扱ったことがあります」
「……剣だけじゃないんですね」
「何だと思っているんですか」
ライラは呆れたように笑った。
もっとも、専門の鷹匠というほどではない。若いころに騎馬での鷹狩について行き、腕に据えたり、餌を与えたり、フードを扱ったりした経験がある程度だった。
それでも少弐たちの中では一歩先んじている。
そこで、鷹を捕ることに詳しい土地の猟師から、三人そろって扱いを教わることになった。
最初に苦労したのは少弐だった。
「重い……」
腕に据えてみると、見ているのとはまるで違う。
鷹が身体を動かすたび、爪越しに力が伝わってくる。少弐が妙に身体を固くするものだから、鷹まで落ち着かない。
「冬明、腕を動かしすぎです」
ライラが横から直す。
「鷹を持つのではなくて、止まる場所を貸す感じ」
「先に言ってください」
「今言いました」
一方、シレトクはというと――。
「こうか?」
猟師に言われた通り腕を出し、鷹を据えた。
鷹が翼を広げても驚かない。
姿勢を少し変える。
鷹も収まる。
もう一度動かす。
やはり収まる。
少弐は黙って見ていた。
ライラも見ていた。
「……上手ですね」
「そうか?」
シレトク本人だけが分かっていなかった。
革紐の扱いも一度見せれば覚える。餌を与える間合いも妙にうまい。鷹が嫌がれば無理に触らず、落ち着くまで待つ。
もともと狩猟や動物の扱いに慣れているうえ、手先が器用なのだ。
何度か繰り返したところで、少弐がぼそりと言った。
「私よりシレトクの方になついたら嫌ですよ」
シレトクは笑った。
「それは鷹に言え」
ライラまで笑い出した。
こうして計画は決まった。
捕らえられた鷹のうち繁殖に向いたものは、いずれ坂東へ送り、新田に託して尾瀬で増やす。
そして別の一羽は少弐が自ら馴らす。
ライラが経験を生かして手伝い、シレトクにも扱いを覚えてもらう。
やがて少弐たちがさらに遠い北へ向かうとき、その鷹も同行する。
坂東の旗でも、ポラールやエスペランザの帆でもない。
空を旋回する一羽の鷹を、
「あれが飛んでいるなら、少弐たちが近くにいる」
と誰もが分かるような、彼らの旅の印にしようというのであった。




