一五七一年二月――馬上から選ぶ、室蘭の商館
室蘭での暮らしにも慣れてきたころ、少弐冬明は長に一つ願い出た。
「少し遠くまで馬を走らせたい」
遊びだけが目的ではなかった。
商館を建てる話を進める以上、港だけ見て場所を決めるわけにはいかない。
船を着ける場所。
荷を揚げる場所。
蔵を建てる場所。
人が暮らす場所。
水を得られる場所。
そして、地元の者たちが普段使っている場所を邪魔しないこと。
それらを自分の目で確かめたかった。
長の許しを得ると、少弐はシレトクを誘った。
「馬に乗ってみるか」
シレトクは坂東馬を見上げた。
「これに?」
「これに」
「高いな」
「最初はみんなそう言う」
少弐が乗り方を教えた。
ところが当然ながら、一日二日で馬を自在に扱えるようにはならない。
結局、遠乗りの日には少弐の前にシレトクを乗せることになった。
「落ちそうになったら俺につかまれ」
馬が歩き始める。
直後、シレトクの手が少弐の衣服を掴んだ。
「……もうつかまってるじゃないか」
「揺れる」
「まだ歩いてるだけだぞ」
その横をライラが馬で進んでいた。
乗馬のできる彼女は余裕がある。
二人の様子を見ると笑った。
「冬明、その速さじゃ日が暮れるぞ」
「初心者を乗せてるんだ。仕方ないだろ」
「私はもっと速くてもいいぞ」
「お前は黙ってついてこい」
三人は海岸沿いを進んだ。
雪は思ったほど深くない。
ところどころ白く残っている程度で、馬を進めることはできた。
坂東馬たちはむしろ元気だった。
冷たい空気の中で白い息を吐き、足取りも軽い。
少弐は時折馬を止めた。
「シレトク」
「なんだ」
「お前なら、商人の家をどこに建てる?」
ここからが本当の目的だった。
シレトクは周囲を見る。
少弐が地図だけで選ぶのではない。
この土地で育った者に選ばせる。
「船が着けやすいところだけじゃなくていい。冬でも暮らせる場所がいい」
シレトクはしばらく考えた。
「あっちは風が強い」
指を差す。
「夏ならいい。でも冬は嫌だ」
少弐は頷いた。
「では外す」
さらに進む。
小さな沢を越えたところで、シレトクが再び指を差した。
「この辺は水がある」
少弐が馬を止める。
降りて土を見る。
ライラも馬から降りた。
「船から遠くないな」
「ああ」
少弐は周囲を見渡した。
「家なら?」
シレトクが答える。
「建てられる」
「蔵は?」
今度は少し考える。
少弐は説明した。
「魚や毛皮だけじゃない。米、酒、薬、縄、道具。船から降ろしたものを濡らさず置いておく、大きな建物だ」
「ああ」
それなら、とシレトクが別の場所を指した。
少し高くなっている。
「こっち」
「なぜ?」
「水が来にくい」
少弐の表情が変わった。
「なるほど」
港に近いからと、低いところへ何でも集める必要はない。
船着場は海辺。
荷を一時的に置く場所はその近く。
だが大切な品を保管する蔵は、少し高い場所へ置く。
「いいな」
少弐は持ってきた紙に印を付けた。
さらに尋ねる。
「では船を直すなら?」
シレトクが今度は海岸線を眺めた。
三人はまた馬を進めた。
岩の多い場所。
風をまともに受ける場所。
波の入り方。
冬に使いにくい場所。
シレトクは一つ一つ説明した。
少弐は質問する。
ライラは海から見た場合を考える。
「ここなら船から見つけやすい」
「でも風が悪い」
「なら、こっちは?」
「水が浅い」
三人で話しながら進んでいく。
やがて小高い場所で休憩した。
眼下には海が見えた。
少弐は地図を広げる。
そこには、今日だけでいくつもの印が増えていた。
船着場。
荷揚場。
蔵。
商家。
修理場。
そして少し離して、
医師の家。
シレトクが覗き込む。
「全部作るのか?」
「すぐには無理だ」
少弐は答えた。
「最初は小さくていい」
一軒の商家。
一つの蔵。
船を繋げる場所。
医師一家が暮らせる家。
「それだけあれば始められる」
シレトクは地図と実際の土地を交互に見た。
やがて、ある場所を指差した。
「だったら俺は、ここがいいと思う」
少弐はすぐには答えなかった。
風を見る。
海を見る。
水場までの距離を見る。
ライラにも尋ねた。
「船乗りから見てどうだ?」
ライラも海をしばらく眺めた。
「悪くない。少なくとも、冬明が地図だけ見て決めるよりはずっといい」
「余計な一言だ」
シレトクが笑った。
少弐も笑う。
そして地図に大きな丸を付けた。
「では第一候補だ」
帰り道。
少弐は少しだけ馬を速めてみた。
途端にシレトクが強くつかまった。
「速い!」
「これでも駆けてない!」
横ではライラが声を上げて笑っている。
商館候補地を探す実地調査は、こうして終わった。
だがシレトクにとってはもう一つ。
この日から彼の乗馬修行も、本格的に始まることになった。




