一五七一年一月二十三日――室蘭暖房評定
槍の稽古を終えた少弐冬明は、結局また寒さについて考えていた。
身体を動かしている間はいい。
だが止まれば寒い。
室蘭は想像していたほど雪深くはなかったものの、冬であることには変わりない。海から吹く風は冷たく、家の中でも火から離れれば寒さが忍び寄ってくる。
そこで少弐は、ふと思い出した。
「……床を暖めればいいのではないか」
朝鮮で見たオンドルだった。
少弐は朝鮮語を話せるし、実際に朝鮮の家にも入ったことがある。
もっとも――。
「作り方までは知らないんだよな」
使ったことがあることと、作れることはまったく違う。
兵学館なら、こういうときは宍戸や真壁あたりが図面を引き、職人を呼び、煙の流れまで計算してしまう。
少弐にはそんな芸当はできない。
「まあ……やってみるか」
これも兵学館で身についた悪癖だった。
分からないなら、とりあえず小さく作ってみる。
少弐は人の住んでいない小屋の一角を借りると、床を剥がして穴を掘り始めた。
ライラが呆れた。
「冬明。今度は何を始めたんだ?」
「暖房」
「床を壊して?」
「床を暖める」
「……説明になってないぞ」
少弐は身振りを交えて説明した。
窯で火を焚く。
その熱い煙を床の下へ通す。
暖められた床そのものが部屋を暖める。
最後に煙だけ外へ逃がす。
「朝鮮ではこういう家がある」
「作れるのか?」
「作れない」
即答だった。
ライラが額を押さえた。
それでも少弐は石を並べ、土を掘り、記憶を頼りに煙道らしきものを作った。
当然、うまくいかない。
煙が逆流した。
「煙い!」
「窓を開けろ!」
「寒い!」
「だから暖房を作ってるんだ!」
何をしているのかと、近くのアイヌたちが見物に来た。
最初は少弐がまた妙なことを始めたと笑っていた。
ところが少弐が床下を指しながら、
「火をここで焚いて、煙と熱をこの下へ通したい」
と説明すると、表情が変わった。
一人がしゃがみ込んだ。
別の男も覗き込む。
年長者が石を一つ持ち上げた。
「これでは煙が戻る」
少弐が顔を上げた。
「分かるのか?」
「風がこっちから来る」
別の者が口を挟む。
「出口をあっちにした方がいい」
すると別の男が、
「いや、そっちは風向きが変わったら駄目だ」
と言う。
少弐は目を輝かせた。
「ちょっと待ってくれ」
皆を集めた。
地面に簡単な絵を描く。
「これは朝鮮で使われている仕組みだ。俺も詳しい作り方までは知らない。ただ、火の熱を床の下へ通して家を暖める」
皆が覗き込む。
「だから聞きたい」
少弐は周囲を見回した。
「アイヌにも似たものがあるなら教えてほしい。それだけじゃない。冬に家を暖かくする方法なら何でもいい。俺たちのやり方より良いものがあれば、それも教えてくれ」
これがいけなかった。
「壁を厚くした方がいい」
「入口だ。入口から冷たい風が入る」
「床を高くしたらどうだ」
「いや低い方が暖かい」
「石をもっと使え」
「石ばかりだと駄目だ」
「獣皮を敷けばいい」
「乾いた草を入れろ」
「煙を長く通すなら煤が溜まるぞ」
「掃除する穴がいる」
「火を大きくする必要はないんじゃないか?」
「だったら煮炊きの火を使えばいい」
「それなら寝るところだけ暖めればいい」
「いや家全部だ」
「煙の出口を――」
「待ってくれ!」
少弐が両手を上げた。
誰も止まらない。
いつの間にか十人以上が集まっていた。
さらに何事かと女たちまでやって来る。
そして彼女たちは彼女たちで、
「そんなところを暖めるより寝床をこうした方がいい」
「子供が触ったら危ない」
「薪をそんなに使うのはもったいない」
と別方向から意見を出し始めた。
少弐は地面にしゃがみ込み、必死に聞いたことを書き留めていた。
「一人ずつ! 一人ずつ頼む!」
無理だった。
ライラは少し離れたところで腹を抱えて笑っている。
「笑ってないで助けろ!」
「お前がみんなに聞いたんだろ!」
「こんなに集まるとは思わなかった!」
とうとう少弐は板を一枚持ってきた。
そして大きく線を引いた。
火。
床。
煙。
風。
寝床。
薪。
項目を分ける。
「よし! 火について意見がある者はこっち! 風についてはこっち! 寝床は――」
「冬明」
ライラが笑いながら言った。
「兵学館みたいになってきたな」
少弐は一瞬黙った。
周囲を見る。
地面には石と木材。
途中まで作って失敗した煙道。
それを囲んで、朝鮮のオンドルについて議論するアイヌたち。
ポルトガル人やモロッコ系の船乗りまで覗き込み始めている。
少弐は頭を掻いた。
「……こういうつもりじゃなかったんだがな」
けれど、その顔は楽しそうだった。
完成品を持ってきて教えるのではない。
朝鮮から一つの知恵を持ってくる。
アイヌが自分たちの冬の経験を持ち寄る。
船乗りが風と煙について口を出す。
そして実際に作って、失敗する。
直す。
また試す。
兵学館で何度も見てきた光景だった。
少弐は立ち上がった。
「よし。全部試そう」
「全部?」
ライラが聞き返す。
「ああ」
少弐は失敗作のオンドルを杖で指した。
「小さいのをいくつか作ればいい。どれが一番暖かくて、薪が少なくて済んで、煙が戻らないか比べる」
今度はアイヌたちが面白がった。
あれを試そう。
これも作ろう。
だったらこっちの材料を使おう。
再び一斉に話し始める。
「だから一人ずつ話してくれ!」
少弐の声が室蘭の冬空に響いた。
こうして室蘭で最初に始まった共同事業は、商館でも交易所でもなかった。
朝鮮のオンドルを少弐がうろ覚えで再現しようとしたことから始まった――




