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一五七一年一月二十三日――酒宴の翌朝、室蘭の槍

室蘭へ帰還した翌朝。


前夜は長への贈り物を渡し、そのまま久しぶりの再会を祝う酒宴となった。


濁り酒に日本酒、ワイン、馬乳酒。


あれこれ持ち込んだのがいけなかった。


少弐冬明は宿を出るなり、白い息を吐いて顔をしかめた。


「……寒い。それに酒が残っている」


室蘭の冬の空気は容赦がない。


じっとしているとかえって身体が縮こまる。


少弐はしばらく首と肩を回したあと、いつも持っている杖を両手で握った。


「動かないと寒いな。ついでに酒も抜くか」


久しぶりだった。


杖を槍に見立て、構える。


腰を落とす。


一歩。


突く。


引く。


また一歩。


突く。


その様子を、少し離れたところからライラが見ていた。


最初は珍しそうに眺めていたが、やがて腕を組む。


「冬明」


「なんだ」


「それ、槍か?」


「そのつもりだ」


ライラは少し笑った。


「手伝ってやるよ」


少弐が振り返る。


「朝から元気だな」


「お前より酒に強いからな」


「……それは認める」


ライラは手頃な木の棒を一本拾った。


剣ほどの長さに持ち、軽く振って確かめる。


そして向かい合った。


少弐が突く。


ライラはかわす。


二度目。


払われる。


三度目。


今度は踏み込む前に間合いを外された。


「遅い」


「分かっている」


「腰が高い」


「分かっている」


「足も硬い」


「それも分かっている」


「じゃあ直せ」


「簡単に直れば苦労しない」


ライラが笑った。


実際、少弐の槍は上手くなかった。


少なくとも、剣を生業としてきたライラから見ればそうだった。


鋭さなら、もっと鋭い者を知っている。


速さなら、もっと速い者もいる。


美しさなど、なおさらない。


だが何度か相手をしているうち、ライラは笑わなくなった。


少弐は、やめない。


杖を弾かれれば拾う。


体勢を崩せば踏み直す。


古傷のある膝が鈍れば構えを変える。


腰が痛めば、それでも動ける方法を探す。


一度失敗した動きは、次にはほんの少し変えてくる。


二度失敗すれば、また変える。


三度でも駄目なら、四度目を試す。


華麗ではなかった。


だが、しつこかった。


恐ろしく、しつこい。


ライラが少し強く打ち込んだ。


杖が大きく弾かれる。


それでも少弐は退かない。


半歩前へ出て、短く持ち替えた杖を突き返してきた。


ライラは反射的に身をかわした。


そして、少弐を見る。


――ああ。


ようやく分かった。


この男の槍は、勝ち続けてきた人間の槍ではない。


負けても生き残った男の槍なのだ。


苦労して。


失敗して。


傷ついて。


何度も思い通りにならない目に遭って。


それでも最後には立ち上がることだけを、身体に覚え込ませた男の槍だった。


少弐は息を整えながら杖を構え直した。


「もう一本」


ライラはしばらく彼を見つめた。


外交官は槍が上手くなかった。


けれど、その槍には芯があった。


苦労と努力を幾重にも幾重にも重ね、死線をくぐってきた強さ。


痛みに耐える我慢強さ。


一度決めたら容易には曲げない頑固さ。


才能とは違う。


もっと不格好で、もっと人間臭い強さだった。


「……ほんと、頑固だな。お前」


「外交官には必要な資質だ」


「槍には?」


少弐は少し考えた。


「死なないためには、役に立った」


その答えに、ライラの表情がわずかに変わった。


けれど追及はしなかった。


代わりに木の棒を握り直す。


今度は剣士として、きちんと腰を落とした。


「いいよ」


ライラは笑う。


「酒が全部抜けるまで付き合ってやる」


「それは長くなりそうだ」


「だったら早く来い」


室蘭の冬空の下。


再び杖と木剣がぶつかった。


乾いた音が響く。


前夜の酒宴とはまるで違う形で、少弐の室蘭での新しい一日が始まった。

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