[使用者責任]法理編 栞とお勉強
夕方の事務所で、私はノートを開きました。
今日の事件を、もう一度整理する。
東亜住宅販売の営業社員、村上さん。
会社の営業車で得意先へ向かう途中、私用で病院へ寄ろうとして事故を起こした。
会社は言った。
「本人が勝手にやったことです」
でも、それだけで会社が責任を逃れられるとは限らない。
「……使用者責任、か」
私はノートの一番上に、大きく書きました。
使用者責任
「なんか名前だけ見ると偉そうだな」
「うわっ」
振り返ると、真壁さんがいました。
「後ろから覗かないでください」
「俺の机に戻る途中だ」
「絶対見に来ましたよね」
「何まとめてんだ?」
「今日の復習です」
「また法律か」
「また法律です。不動産屋なので」
「お前、事務見習いだろ」
「法律は役職表を見ません」
私はペンを持ち直しました。
「まず、使用者責任って何か、からです」
「それくらいは分かるぞ。社員が仕事中に事故ったら、会社も責任を負うんだろ?」
「だいたい正解です」
「だいたい?」
「真壁さんの説明は、試験なら選択肢を一個ひねられた瞬間に死にます」
「怖い言い方すんな」
私はノートに書きました。
使用者責任とは――
ある事業のために他人を使用する者が、
被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害について、
一定の場合に賠償責任を負う制度。
「要するに?」
「社員が仕事で人に損害を与えたら、社員本人だけじゃなく、会社も責任を負うことがある」
「最初からそう言え」
「今言いました」
「長かった」
「法律は一度長く言ってから短くするんです」
「面倒な世界だな」
「同感です」
私は、ノートに三人を書きました。
A 被害者
B 被用者
C 使用者
今日なら、
A 川瀬さん
B 村上さん
C 東亜住宅販売
「まずここです」
私はBからAへ矢印を引きました。
B――→A
不法行為による損害賠償責任
「事故を起こした本人、村上さんは当然、責任を負います」
「うん」
「そして一定の要件を満たせば――」
CからAへ、もう一本。
C――→A
使用者責任
「会社も責任を負う」
「なるほどな」
「ここで最初の試験ポイントです」
私は赤鉛筆に持ち替えました。
超重要
使用者責任が成立しても、
被用者本人の不法行為責任は消えない。
「今日も言ってたな」
「はい」
「会社が払うなら、本人は責任なし――じゃない」
「そうです」
たとえば、営業マンが営業中に前方不注意で歩行者をはねた。
営業マン本人は、
自分の不法行為について責任を負う。
さらに、その営業マンを使って事業をしている会社にも、使用者責任が成立することがある。
「つまり被害者からすると?」
「会社にも、本人にも請求できる」
「そうです」
私は大きく丸をつけました。
被用者Bにも請求できる。
使用者Cにも請求できる。
「じゃあ川瀬さん、両方から金を取れるのか?」
「そこです」
私は真壁さんを指差しました。
「良い質問です」
「先生みたいな言い方やめろ」
「じゃあ缶コーヒー一本で回答します」
「金取る気か」
もちろん、二重取りはできません。
損害が百万円なら、
被害者が会社から百万円の賠償を受けた後、
さらに社員本人から百万円取って、
合計二百万円。
――とはなりません。
「そりゃそうだろ」
「そうなんです。でも試験では、ここが文章になると急に難しく見えるんですよ」
私は書きました。
被用者または使用者の一方が損害を賠償すれば、
その賠償された範囲で、被害者の損害は填補される。
したがって、他方についても、その範囲で賠償義務は消滅する。
「要するに」
「二重取り禁止」
「雑だな」
「でも覚えやすいでしょう」
「まあな」
使用者と被用者の関係は、試験教材では「連帯して責任を負う」というイメージで処理されることがあります。
ただし厳密な法律用語では、典型的な連帯債務そのものというより、同じ損害を填補する関係にある「不真正連帯債務」と説明されます。
「不真正……なんだ?」
「今日は忘れていいです」
「おい」
「宅建で大事なのは名前より効果です」
私は指を二本立てました。
「一つ。被害者は使用者にも被用者にも請求できる」
「うん」
「二つ。どちらかから満額もらえば、それ以上同じ損害について二重にもらえない」
「それなら分かる」
「試験ではまず、それで十分です」
◇
「じゃあ、そもそも会社はいつ責任負うんだ?」
真壁さんが聞きました。
「今日みたいに勝手に寄り道した場合でも?」
「そこが二つ目の大事なところです」
私はノートに書きました。
事業の執行について
「これが使用者責任のキーワードです」
「仕事中ってことか?」
「単純に勤務時間内かどうかだけではありません」
「じゃあ何だ?」
「外から見ます」
私は今日の営業車を思い出しました。
「たとえば村上さんの場合」
営業時間中。
営業社員。
会社所有の営業車。
車体には会社名。
もともとは得意先に向かっていた。
「でも本人は病院に寄ろうとしてた」
「はい」
「私用だろ?」
「本人の内心ではそうです。でも使用者責任では――」
私は赤鉛筆で囲みました。
外形から見て、
職務行為の範囲内に属すると認められるか。
「これが重要なんです」
「外形?」
「見た目です」
「最初からそう言え」
「法律用語を一回言わせてください」
つまり。
従業員が会社の命令に違反していた。
会社に無断だった。
本人は自分のためにやっていた。
そういう事情があっても、
外から見れば会社の仕事として行われたように見える場合、
使用者責任が成立することがあります。
「じゃあ会社が『禁止してました』って言っても駄目なのか?」
「それだけでは駄目です」
「今日の東亜住宅販売だな」
「まさにそれです」
私は、ノートの端に書きました。
会社内部
「私用禁止!」
「無断運転禁止!」
↓
第三者
「そんな社内規則、知りません」
「……確かにな」
「被害者は、会社の就業規則を持って歩いてるわけじゃありませんから」
「そんな歩行者いたら嫌だな」
そういうことです。
使用者が会社内部で、
「これは禁止していた」
と言っても、外形上、事業の執行に見えるなら、それだけで使用者責任を否定できるとは限らない。
私は今日の事件を一行でまとめました。
会社の営業車+営業社員+営業時間+営業途上
↓
私用の寄り道があっても、
外形上は職務行為と判断される可能性がある。
「じゃあ逆に、完全に遊びなら?」
「外形上も仕事といえないところまで離れれば、使用者責任は否定され得ます」
「どこが境目なんだ?」
「そこは具体的な事情次第です」
「ずるい答えだな」
「法律で『事情による』って、だいたい本当に事情によるんです」
◇
私は次の見出しを書きました。
③ 使用者はいつでも責任を負うのか?
「負うんじゃないのか?」
「例外があります」
「ほう」
民法上、使用者は、
被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、
または、
相当の注意をしても損害が生じたであろうとき、
使用者責任を免れる余地があります。
「今日、所長が言ってたやつか」
「はい」
「ちゃんと人を選んで、ちゃんと監督してました、ってやつ」
「そうです」
私はノートにまとめます。
原則
使用者 → 責任を負う
例外
①被用者の選任・監督について相当の注意をした
または
②相当の注意をしても損害が生じた
↓
使用者が免責される余地
「じゃあ会社は簡単に逃げられるじゃないか」
「ところが実際には、この免責はかなり厳しく判断されます」
「まあ、『ちゃんと見てました』って言うだけなら誰でも言えるしな」
「そういうことです」
今日の東亜住宅販売なら。
営業車を営業社員に日常的に使わせていた。
鍵を本人に管理させていた。
営業途中の行動について特別な確認もしていなかった。
そんな事情があるのに、事故が起きた瞬間、
「本人が勝手にやりました」
だけでは済みにくい。
「使用者責任ってさ」
真壁さんが言いました。
「会社が悪いことしたから罰する、って制度じゃないんだな」
「そうなんです」
私は少し嬉しくなりました。
「そこ、大事です」
「また先生になった」
「我慢してください」
使用者責任の背景には、
会社は従業員を使うことによって利益を得ている。
ならば、その事業活動から生じる危険についても、一定の負担を負わせるのが公平だ。
という考え方があります。
「利益だけ会社、事故だけ社員、じゃ駄目ってことか」
「まさに今日、私が言ったやつです」
「得意そうな顔すんな」
「復習できた顔です」
◇
そして。
私は今日、一番ややこしいところに二重線を引きました。
④ 使用者と被用者の「求償」
「出たな」
「出ました」
「求償って要するに何だ?」
「立て替えた分について、最終的な負担を調整することです」
「それでいいじゃねえか。求償なんて言葉いらんだろ」
「法律家に怒られます」
まず一方向。
村上さんが川瀬さんに百万円の損害を与えた。
東亜住宅販売が、使用者責任として百万円を支払った。
「会社が払った」
「はい」
「じゃあ会社は村上に『お前が事故ったんだから百万円全部返せ』って言えるのか?」
「――常に全額は駄目です」
ここです。
私は大きく書きました。
使用者が被害者に賠償した場合、
被用者に求償できる。
ただし――
信義則上相当と認められる限度。
「出た。法律っぽい日本語」
「これ、ほぼそのまま覚えた方がいいです」
「意味は?」
「簡単に言えば、事情全部を見て、公平な範囲まで」
「最初から――」
「今回は法律の言葉も覚えてください」
たとえば。
会社が無理な勤務をさせていた。
安全管理が杜撰だった。
営業車について十分な保険を用意していなかった。
社員の過失は比較的軽かった。
そんな場合でも、
「運転したのお前だから全部払え」
では公平とは限りません。
一方で。
社員が故意に近いほど危険な運転をした。
重大な規則違反をした。
何度も注意されていた。
そんな事情があれば、社員側の負担が大きくなることもある。
「つまり、何割って最初から決まってない?」
「決まってません」
「半分?」
「それも決まってません」
「三割?」
「だから決まってません」
「じゃあ試験で『会社は二分の一を求償できる』って出たら?」
「誤りです」
「おお」
「具体的な割合を勝手に固定してきたら疑ってください」
私は書きました。
× 常に全額求償できる
× 必ず二分の一求償できる
○ 信義則上相当と認められる限度で求償できる
「これは覚えやすいな」
「宅建ではかなり大事です」
◇
「でも今日、お前もう一個変なこと言ってたよな」
「変とは失礼な」
「村上が先に全部払った場合、会社にも請求できるとか」
「ああ」
私は少しだけペンを止めました。
ここだけは、昭和六十三年の机の上に書くには、少々未来すぎる。
前世――というより私の持っている未来の記憶では、最高裁が後になって、この点をはっきり認めることになる。
令和二年。
……昭和の事務所で令和の判例を知っている十八歳。
改めて考えると、私、相当気味が悪いですね。
「どうした?」
「いえ。未来について考えてました」
「また始まった」
私は構わず書きました。
逆方向。
被用者Bが被害者Aへ先に損害を賠償した場合。
B――→A
全額賠償
この場合、被用者Bは使用者Cに対し、
損害の公平な分担という観点から、
相当と認められる額について求償できる。
「社員から会社にも?」
「はい」
「会社から社員だけじゃなく?」
「そうです」
これは大事です。
使用者→被用者
だけ覚えてはいけない。
被用者→使用者
の方向もある。
「なんで?」
「理由は同じです」
会社は被用者を使って利益を得る。
その活動によって生じる危険も、一定程度会社側が負担すべき場合がある。
それなのに、
会社が先に払った時だけ負担を分ける。
社員が先に払った時は全部社員持ち。
では、支払った順番だけで最終負担が変わってしまう。
「それは変だな」
「でしょう?」
最高裁も、被用者が第三者の損害を賠償した場合に、事情を踏まえて損害の公平な分担という観点から相当と認められる額を使用者へ求償できるとしています。
私は左右に並べました。
【会社が先に払った】
使用者C
↓
被用者Bへ求償
↓
信義則上相当と認められる限度
【社員が先に払った】
被用者B
↓
使用者Cへ求償
↓
損害の公平な分担から相当と認められる額
「左右対称みたいなもんか」
「イメージとしては、それでいいです」
「じゃあ先に払った方が損するわけじゃない」
「そこを最終的に調整するのが求償です」
私は赤鉛筆で囲みました。
超重要
使用者→被用者 ○
被用者→使用者 ○
どちらも、
「全部押しつける」のではなく、
公平な負担を考える。
令和2年2月28日の最高裁判決は、使用者が被用者の活動から利益を得ており、その事業の拡張によって第三者への危険も増大させていることなどから、使用者が被用者との内部関係でも損害の全部または一部を負担すべき場合があるとしました。
「栞」
「はい?」
「お前、なんでまだ起きてもいない裁判みたいな顔して説明してんだ?」
「気のせいです」
「今、令和二年って書きかけなかったか?」
「気のせいです」
「昭和六十三年だぞ」
「知ってます」
「消したぞ今」
「見ないでください」
危ない危ない。
未来知識の漏洩事故まで使用者責任で処理できるかは、たぶん民法七百十五条でも無理です。
◇
私はノートをめくりました。
「次。過失相殺です」
「まだあんのか」
「使用者責任そのものとは少し離れますけど、過去問で一緒に出ます」
「ならやれ」
「急に受験生みたいですね」
「お前が毎日問題出してくるからだよ」
事故では、被害者側にも落ち度があることがあります。
その場合、裁判所は損害賠償額を定める際、その過失を考慮できます。
「被害者本人が悪かったら減らす、だろ?」
「ポイントはそこです」
私は「本人」に×をつけました。
被害者本人だけとは限らない。
問題になるのは、
「被害者側の過失」。
「側?」
「はい」
たとえば被害者が幼児だった場合。
幼児自身に交通事故について十分な判断能力がなくても、
その幼児を監督していた親などに過失があれば、
一定の場合、その過失を被害者側の過失として考慮することがあります。
「子供本人は悪くないのに?」
「本人の過失という話ではないんです」
「被害者“側”か」
「そうです」
私は大きく書きました。
過失相殺
× 被害者本人の過失だけ
○ 被害者側の過失が問題となることがある
「この“側”を落とすと危ないです」
「法律って一文字で人を落とすよな」
「宅建試験は特にそうです」
◇
「あと、過去問で一緒によく出るものがもう一つ」
「まだあるのか」
「即死です」
「急に重いな」
私は少し声を落としました。
交通事故で被害者が即死した。
では、本人には慰謝料請求権などの損害賠償請求権が発生しないのか。
答えは、
発生すると考えます。
「死んでるのに?」
「そこが一見不思議なんです」
事故によって生命を侵害された瞬間に、本人に損害賠償請求権が発生し、
その権利が相続人に承継される。
「もし違う扱いにすると」
私は続けました。
「事故の五時間後に亡くなった人なら請求権を相続できるのに、即死した人ならできない、って変な差が出ますよね」
「確かに」
「だから、即死でも本人の損害賠償請求権を観念して、相続されると考えます」
私は書きました。
× 即死だから本人の慰謝料請求権は発生しない
○ 即死でも損害賠償請求権が発生し、相続の対象となり得る
「こういうの、理屈で覚えると忘れにくいんです」
「お前、前は丸暗記してたのか?」
「そして忘れてました」
「駄目じゃねえか」
「だから今、生まれ変わって勉強してるんです」
「妙に説得力あるな」
◇
そこへ所長がやってきました。
「今日は使用者責任か」
「はい」
「見せてみろ」
私はノートを渡しました。
所長は黙って読みます。
一分。
二分。
長い。
この人が黙って読むと、採点されている感じがして胃に悪い。
「……栞」
「はい」
「長い」
「そこ!?」
「真壁が読まん」
「俺を基準にしないでくださいよ!」
「じゃあ最後に整理しろ」
「整理?」
「試験で問題を読んだ時、何を見るかだ」
私は少し考えました。
所長が紙を一枚取りました。
「まず、人を分けろ」
そして書く。
A 被害者
B 被用者
C 使用者
「次」
BからAへ矢印。
B → A
被用者本人の不法行為責任
「次」
CからA。
C → A
使用者責任
「次」
CからB。
C → B
使用者が支払った場合の求償
「最後」
BからC。
B → C
被用者が支払った場合の求償
「……あ」
私は思わず声を上げました。
これだけで、かなり整理できる。
所長が続けます。
「問題文に人間が三人も四人も出てきたら、文章のまま読むな」
「矢印にする?」
「そうだ」
真壁さんが腕を組みました。
「法律って、人間関係の交通整理なんだな」
「珍しく良いこと言いますね」
「珍しくは余計だ」
「じゃあ今日二回目です」
「もっと悪い」
所長は最後に、紙の下へ書きました。
使用者責任の攻略
① 被用者本人にも責任がある
② 使用者にも責任が成立することがある
③ 「無断だった」だけで使用者が当然に免責されるわけではない
④ 事業の執行かどうかは、外形から判断する
⑤ 一方が賠償すれば、その範囲で二重取りはできない
⑥ 使用者から被用者への求償
→信義則上相当と認められる限度
⑦ 被用者から使用者への求償もあり得る
→損害の公平な分担から相当な範囲
⑧ 選任・監督について相当の注意をした場合等には、使用者が免責される余地がある
「これだけ押さえれば」
所長が言いました。
「大半の問題は、人間関係を追えば解ける」
「……確かに」
「数字や難しい言葉から入るな。まず、誰が被害者で、誰が事故を起こして、誰がその人間を使っていたのかを見る」
「はい」
私は所長の紙を、自分のノートに貼りました。
「所長」
「なんだ」
「これ、分かりやすいです」
「そうか」
「字も私より綺麗です」
「法律以前の問題だな」
「まだ言います!?」
真壁さんが笑いました。
「栞。結局、今日の事件を一言で言うと何なんだ?」
「一言?」
「試験前日に一個だけ覚えるなら」
「うーん……」
私は少し考えました。
そしてノートの一番下に書きました。
使用者責任――
会社は、
「社員が勝手にやった」
だけでは逃げられない。
でも社員も、
「会社が責任を負うから」
と逃げられない。
そして最終的な負担は、
会社か社員のどちらか一方へ何でも押しつけるのではなく、
公平に調整する。
「……長いな」
「一言って無理ですよ!」
「ならもっと短く」
「じゃあ――」
私はその下に、もう一行。
利益を得るなら、危険も分ける。
真壁さんが、それを読んで黙りました。
「……それなら覚えられる」
「でしょう?」
「珍しく上手い」
「珍しくは余計です」
その時、所長が自分の机から声を飛ばしました。
「ただし、栞」
「はい?」
「それを試験答案に書くなよ」
「分かってます!」
事務所に笑い声が響きました。
私は缶コーヒーを開けました。
今日、事故を起こしたのは村上さんだった。
だから村上さんに責任がある。
それは当然です。
でも。
村上さんの働きによって、会社は利益を得ていた。
営業車を用意したのも会社。
営業へ送り出したのも会社。
会社の名前を背負わせて、社会の中で仕事をさせていたのも会社。
ならば。
都合のいい時だけ、
「うちの社員です」
都合の悪い時だけ、
「一個人が勝手にやりました」
では、少し虫が良すぎる。
かといって。
会社が責任を負うからといって、実際に不注意で事故を起こした本人まで無責任になるわけでもない。
誰か一人に全部を背負わせるのではなく。
誰が、どこまで負担するのが公平なのか。
使用者責任とは、たぶん、そのための制度なのだ。
私はノートを閉じました。
昭和六十三年。
会社の看板が、今よりずっと大きく見えた時代。
今日覚えた民法のルールは、奇妙なくらい単純でした。
看板を使って利益を得るなら。
何か起きた時だけ、その看板を外してはいけない。
「栞」
「はい?」
「明日の内見、俺が車出すぞ」
真壁さんが言いました。
「分かりました」
「念のため聞くが」
「はい」
「事故ったら俺だけの責任か?」
「まず事故らないでください」
「仮定の話だ」
「所長にも請求を検討します」
「おい所長!」
「安全運転しろ」
「誰も俺を守ってくれねえ!」
私は笑いました。
――大丈夫です、真壁さん。
民法はちゃんと守ってくれます。
相当な限度で。
たぶん。
以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。




