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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 債権

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82/217

[債権譲渡と相殺]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)


 夕方。


 私は、佐伯さんにもらった杉の本立てを机の右端に置きました。


 宅建のテキスト。


 民法のノート。


 今日の債権譲渡通知書の控え。


 全部立ててみる。


「……おお」


 立った。


 当たり前だけど。


 昨日まで机の上で地層を形成していた紙の山が、ちゃんと縦になっている。


 文明とは、こういうところから始まるのかもしれません。


「お前、さっきから本立て眺めて何ニヤニヤしてんだ」


 真壁さんが後ろから声をかけてきました。


「人類の進歩を感じています」


「片づけただけだろ」


「片づけを軽視する者に文明を語る資格はありません」


「十八の小娘に文明を取り上げられた」


 真壁さんが缶コーヒーを開けます。


 私はそれを無視して、ノートの真ん中に大きく書きました。


  債権譲渡と相殺


「今日の復習か?」


「はい」


 私は鉛筆を持ち直しました。


「前編では勢いで『百五十万円をぶつければいいんです』って言いましたけど」


「勢いだったのかよ」


「法律は、勢いだけで人の百五十万円を消しちゃ駄目ですから」


「もっと早く気づけ」


「なので、きちんと整理します」


 私はまず、今日の登場人物を書きました。


 A 三和材木


 B 佐伯さん


 C 東亜債権管理


 そして矢印を一本。


 A(三和材木)

   ↓ 200万円の売買代金債権

 B(佐伯さん)


「まず、三和材木は佐伯さんに対して、二百万円の売買代金債権を持っていました」


「木材代だな」


「はい」


 次に、逆向きの矢印。


 B(佐伯さん)

   ↓ 150万円の工事代金債権

 A(三和材木)


「でも、佐伯さんも三和材木に対して、百五十万円の工事代金債権を持っていた」


「互いに金を払えって言える状態か」


「そうです」


「だったら差し引けばいい」


「それが相殺です」


 私は大きく丸を描きました。


  相殺


  AがBに200万円請求できる。


  BもAに150万円請求できる。


      ↓


  150万円分を相殺。


      ↓


  Bが実際に払う残額は50万円。


「ここだけなら簡単なんですよね」


「小学生の引き算だな」


「問題は、ここにCが乱入することです」


「乱入って」


「法律問題って、だいたい第三者が入ってきた瞬間に難しくなるじゃないですか」


「まあ、それはそうだな」


 私は新しい矢印を書きました。


 A(三和材木)


   200万円の債権を譲渡


      ↓


 C(東亜債権管理)


「これで、佐伯さんに二百万円を請求する債権者が、AからCに変わります」


「で、Cが言ったわけだ」


 真壁さんが低い声を作った。


「『三和材木への百五十万円? そんなの知りませーん。うちには二百万払ってくださーい』」


「そんな間抜けな言い方ではありませんでした」


「内容は同じだろ」


「まあ、そうです」


 私は頷きました。


 そして、大きく書きました。


  ここで問題。


  Bは、Aに対する150万円の債権を使って、


  Cから請求された200万円と相殺できるのか?


「これが今日のテーマです」


「答えはできるんだろ?」


「今回の佐伯さんの場合は、できます」


「なぜ?」


「そこです」


 私はノートを一度閉じるふりをしました。


「終了」


「おい」


「試験なら今の『なぜ?』が全部なんです」


 もう一度開きます。


 超重要。


 債権譲渡と相殺では、


 まず


 「反対債権をいつ取得したか」


 を見る。


「反対債権?」


「今回なら、佐伯さんが三和材木に対して持っていた百五十万円の工事代金債権です」


「なんで反対って呼ぶんだ?」


「向きが反対だからです」


「そのままだな」


「法律用語って、ときどき拍子抜けするくらいそのままです」


 私はA、B、Cを書き直しました。


 A → B


 AはBに200万円請求できる。


 ところが、


 B → A


 BもAに150万円請求できる。


「このBからAへ向かう債権が、反対債権です」


「なるほど」


「そして、この反対債権を――」


 私は赤鉛筆を取りました。


  譲渡の対抗要件が備わる前から持っていたか。


「ここを見る」


「対抗要件?」


「簡単に言えば今回なら、債権譲渡の通知が佐伯さんに届いた時です」


「今日の事件だと?」


「佐伯さんが工事代金債権を取得したのは去年」


「うん」


「債権譲渡の通知を受けたのは一昨日」


「うん」


「だったら?」


「通知のずっと前から百五十万円の債権を持ってた」


「正解です」


 私は丸をつけました。


 通知前に取得した反対債権


      ↓


 譲受人Cに対しても相殺を主張できる。


「つまり」


 真壁さんが考えながら言いました。


「Aが債権をCに譲っただけで、Bがそれまで持ってた相殺の権利まで奪われたら困るってことか」


「そうです!」


 私は思わず鉛筆を机に打ちつけました。


「そこが一番大事なんです」


「机傷つけんなよ」


「すみません」


 私は声を落としました。


「たとえば、佐伯さんはこう考えていたわけです」


 三和材木に二百万円払う。


 でも三和材木から百五十万円もらう。


 だから実質、五十万円払えばいい。


「そういう期待がある」


「相殺できるっていう期待か」


「はい」


「なのにAが勝手に債権をCへ売った途端――」


 真壁さんが指を鳴らしました。


「はい、二百万全額払ってください。百五十万円は倒産しそうなAから勝手に取り立ててください」


「そうなったら困りますよね」


「困るどころじゃねえな」


「だから、通知前から持っていた反対債権については、その相殺への期待を保護するわけです」


 私はノートに書きました。


 【基本ルール】


 債務者Bが、債権譲渡の対抗要件具備時より前に、


 譲渡人Aに対する反対債権を取得していた。


      ↓


 Bは、その反対債権による相殺を、


 譲受人Cに対抗できる。


「ここで一つ質問」


 真壁さんが言いました。


「はい」


「佐伯さんは、通知を受ける前に『相殺します』って言ってなかったよな?」


「言ってません」


「だったら駄目じゃないのか?」


「駄目じゃありません」


「なんで?」


「通知前に、相殺の意思表示まで済ませておく必要はないからです」


 私はそこを二重線で囲みました。


 超重要!


 通知前に、


 実際に「相殺します」と意思表示している必要はない。


「今日、東亜の人もそこを突いてきましたよね」


「ああ」


「『通知前に相殺の意思表示してませんよね』って」


「あれ、もっともらしかったな」


「もっともらしいから怖いんです」


 私は続けました。


「必要なのは、通知より前に反対債権を取得していることです」


「じゃあ通知を受けた後で初めて相殺って言ってもいい」


「はい」


「Cから請求された時でも?」


「要件を満たしていれば、できます」


 真壁さんが頷きました。


「なるほどな」


「だから過去問で――」


 私は問題文らしく書きました。


 『Bは、Aから債権譲渡の通知を受けるまでに、


 相殺の意思表示をしていなかった。


 したがって、通知後はCに相殺を主張できない。』


「これは?」


「誤り」


「正解です」


「俺、宅建受かるんじゃないか?」


「まだ一問です」


「夢くらい見させろ」


「不動産屋が土地以外の夢を売らないでください」


     *


「じゃあ、もう一段いきます」


「まだあんのか?」


「ここからが嫌なところです」


「嫌なのかよ」


「宅建って、分かったと思った瞬間に『ただし』が出てくるんですよ」


 私はノートに大きく書きました。


  では、反対債権の弁済期が、


  通知後に来る場合は?


 真壁さんが眉を寄せた。


「どういうことだ?」


「たとえば」


 私は日付を書きました。


 1月1日


 BがAに対する100万円の債権を取得。


 2月1日


 AからBへ債権譲渡の通知。


 3月1日


 Bの100万円債権の弁済期到来。


「通知が来た二月一日の時点では、Bの債権はまだ支払期限前です」


「つまり、その時点じゃまだ相殺できない?」


「そうです。相殺適状になっていない」


「じゃあ駄目じゃないか」


「と思うでしょう?」


「その言い方はできるな」


「できます」


「法律、意地悪だな」


「同感です」


 私は丸を書きました。


 反対債権を通知前に取得している


      ↓


 その弁済期が通知後に来ても、


 一定の要件のもとで相殺できる。


「大事なのは、通知時点ですでに相殺の条件が全部揃っていたかだけではありません」


「反対債権そのものをいつ取得したか」


「はい」


「だから昔の判例問題で、通知前から反対債権を持っていれば、その後相殺適状になった場合でも相殺できるって話が出るのか」


 私は真壁さんを見ました。


「……真壁さん」


「なんだ」


「今日、賢くありません?」


「普段をなんだと思ってんだ」


「怖い営業マン」


「もう缶コーヒーやらねえぞ」


「知的な怖い営業マンです」


「遅い」


     *


 私はページをめくりました。


「次。これも試験で狙われます」


「今度はなんだ?」


「確定日付」


「ああ。通知に確定日付があったらどうなるとかいうやつか」


「はい」


 私は過去問風に書きました。


 AがBに対する1,000万円の債権をCへ譲渡した。


 Bは、それ以前からAに対する1,000万円の反対債権を持っている。


 AはBに対して、


 確定日付のある証書で債権譲渡を通知した。


 問題。


 確定日付のある通知だから、


 BはCに相殺を主張できない。


「これは?」


「……できる」


「正解」


「確定日付があっても?」


「あります」


「じゃあ確定日付、何のためにあるんだよ」


「そこをごちゃ混ぜにさせるのが問題作成者の仕事です」


「性格悪いな」


「受験生だった私は何度も引っかかりました」


 私は整理しました。


 確定日付のある通知


  ↓


 主に債権譲渡を第三者に対抗するための問題。


 一方、


 債務者Bが譲受人Cに相殺を主張できるか


  ↓


 反対債権をいつ取得したかが重要。


「つまり」


 真壁さんが指で表をなぞります。


「『確定日付があります』って書いてあっても、それだけで相殺不可にはならない」


「その通りです」


「試験問題って、関係ありそうな言葉をわざと混ぜてくるんだな」


「はい」


「嫌な商売だ」


「問題作成を商売扱いしないでください」


     *


 そこで、所長が奥から出てきました。


「ずいぶんやってるな」


「所長」


 私はノートを見せました。


「債権譲渡と相殺を整理してます」


「ほう」


 所長は眼鏡をずらして読みました。


「通知前に取得した反対債権なら、譲受人にも相殺できる」


「はい」


「通知前に相殺の意思表示まで済ませる必要はない」


「はい」


「確定日付があるからといって、直ちに相殺できなくなるわけでもない」


「はい」


 所長が頷きました。


「じゃあ栞」


「はい?」


「通知を受けた後に、BがAに対する債権を取得したら?」


「原則としては、その債権でCに相殺を主張できません」


「なぜだ?」


 私は少し考えました。


「もうCが債権者になったと知った後だから」


「そうだ」


 所長が椅子を引きました。


「通知前ならBには相殺への期待がある。しかし通知を受けた後なら話が違う」


 私は書きます。


 通知前


 「Aに払う金と、Aからもらう金を相殺できるだろう」


   ↓


 Bの期待を保護する必要がある。


 通知後


 「もうこの債権はCへ譲渡された」とBは知っている。


   ↓


 その後になってAに対する債権を取得して、


 何でもCへの支払いと相殺できるとする必要はない。


「なるほど」


 真壁さんが頷きました。


「そうしないと、通知を受けた後でわざとAへの債権を買ってきて、Cへの支払いを潰すこともできそうだな」


「そうなんです」


 私は大きく書きました。


 【原則】


 対抗要件具備後に取得した反対債権では、


 譲受人に相殺を対抗できない。


「これで終わり?」


 真壁さんが聞いた。


「――と言いたいところですが」


「出たな」


「何がです?」


「ただし」


 所長が笑いました。


 私は深いため息をつきました。


「はい。ただし、です」


「法律は本当にただし書きが好きだな」


「私の前世の敵です」


「前世?」


「独り言です」


     *


 私はページの上に、大きく書きました。


  ※現行民法では重要な例外あり。


「ここは、昔の過去問だけ読んでいると危ないところです」


 私は説明を続けました。


「現在の民法では、通知などの対抗要件を備えた後に取得した反対債権でも、一定の場合は相殺できます」


「さっき原則できないって言ったじゃねえか」


「法律は一回安心させてから落とします」


「信用できねえな」


「でも理屈はあります」


 私はまず一つ目を書きました。


 例外①


 対抗要件具備時より前の原因に基づいて、


 後から発生した債権。


「たとえば?」


「通知前にすでに契約が成立していて、その契約を原因として、通知後にBのAに対する債権が発生したような場合です」


「債権そのものができたのは後でも、種は前からあった」


「そうです」


「種?」


「その言い方、分かりやすいです」


 私は横に書き足しました。


 通知前に「種」がある


    ↓


 通知後に反対債権が発生


    ↓


 一定の場合、相殺できる。


「そしてもう一つ」


 私は二つ目を書きました。


 例外②


 譲受人が取得した債権の発生原因である契約に基づいて、


 生じた反対債権。


「……日本語が急に法律になったぞ」


「私もそう思います」


 少し噛み砕きます。


「AとBとの一つの契約関係から、AのBに対する債権と、BのAに対する債権の両方が発生するような場合です」


「同じ契約から出てきた兄弟みたいな債権か」


「いいですね。それ」


 私はノートに書きました。


 同じ契約から生まれた債権同士


    ↓


 結び付きが強い。


    ↓


 通知後に反対債権が発生しても、


 相殺への期待を保護する場合がある。


「ただし」


 所長が言いました。


「通知後に、他人の債権をわざわざ譲り受けてきた場合は別だ」


「はい」


 私はさらに赤字で書きました。


 重要!


 対抗要件具備後に、


 Bが「他人の債権を取得した」場合は、


 この例外による相殺は認められない。


「そりゃそうか」


 真壁さんが言った。


「通知が来てから、どこかの奴が持ってるAへの債権を安く買ってきて、それでCへの支払いを消せたらおかしい」


「その理解で大丈夫です」


「つまり試験で『通知後に反対債権取得』って出ただけで、即アウトにしたら駄目なのか」


「現行法では、そこが大事です!」


 私は赤鉛筆で三重丸をつけました。


 危険な覚え方


 通知前取得 → 相殺できる


 通知後取得 → 絶対に相殺できない


 ではない。


 正確には――


 ① 対抗要件具備前に取得


   → 原則として相殺できる。


 ② 対抗要件具備後に取得


   → 原則として相殺できない。


 ただし、


 ・対抗要件具備前の原因に基づく債権


 ・譲渡された債権と同じ契約から生じた一定の債権


 については、相殺できる場合がある。


「これ、昔の過去問と今の条文が混ざったら大変だな」


「そうなんです」


 私は頷きました。


「だから、古い問題を勉強する時は、旧法・当時の判例を前提にした問題なのか、現行民法で解く問題なのかを意識した方がいいです」


「昔の正解肢を丸暗記するなってことか」


「はい」


「理由を理解しろ、と」


「そうです」


 前世の私は、これをやらずに何度も沈みました。


 過去問の答えを覚えて。


 別の角度から聞かれて。


 盛大に間違える。


 宅建受験生あるあるです。


 たぶん。


     *


「じゃあ」


 私は、今日の事件に戻りました。


「佐伯さんで確認します」


 ノートに書く。


 A 三和材木


 B 佐伯さん


 C 東亜債権管理


 A → B


 木材代200万円


 B → A


 建具工事代150万円


「佐伯さんが百五十万円の工事代金債権を取得したのは?」


「去年」


「債権譲渡の通知は?」


「一昨日」


「どちらが先?」


「反対債権」


「したがって?」


「佐伯さんはCに百五十万円の相殺を主張できる」


「そういうことです」


 私は計算を書きました。


 CからBへの請求 200万円


 Bの反対債権   150万円


      相殺


       ↓


 残額       50万円


「綺麗だな」


 真壁さんが言いました。


「何がです?」


「二百万が五十万になるところ」


「法律は手品じゃありませんよ」


「東亜の連中から見りゃ手品みたいなもんだろ」


「最初からそういう状態の債権を譲り受けただけです」


 そこへ所長が口を挟みました。


「今の言い方が大事だ」


「え?」


「Cが二百万円の新品の債権を手に入れたわけじゃない」


 所長は私のノートに線を引きました。


「Aが持っていた債権が、Cへ移っただけだ」


「……あ」


「だから、Bがそれ以前から持っていた相殺の利益との関係も問題になる」


 私は、その言葉をノートの余白に書きました。


 債権譲渡は、


 債権を「新品」にする制度ではない。


「これ、覚えやすいです」


「そうか」


「はい」


「じゃあもう一つ覚えとけ」


 所長が言いました。


「何ですか?」


「債権譲渡と相殺の問題で迷ったら、何を確認する?」


 私は考えました。


 そして書きました。


 ① 誰が誰に債権を持っているか。


 ② どの債権が譲渡されたか。


 ③ 譲渡の対抗要件が備わったのはいつか。


 ④ Bが反対債権を取得したのはいつか。


 ⑤ 通知後取得なら、現行民法469条2項の例外に当たらないか。


 ⑥ 相殺できる状態にあるか。


「こんなところでしょうか」


「十分だ」


「所長」


「なんだ」


「珍しく褒めましたね」


「取り消すぞ」


「法律行為ですか?」


「ただの嫌がらせだ」


 真壁さんが笑いました。


     *


 私は最後に、今日のポイントをまとめました。


 【栞の試験直前メモ】


 ■一番大事


 債権譲渡と相殺では、


 まず「反対債権をいつ取得したか」を確認する。


 ■原則①


 Bが対抗要件具備前からAに対する反対債権を取得している。


    ↓


 Bはその債権による相殺をCに対抗できる。


 ■注意


 通知前に「相殺します」と意思表示しておく必要はない。


 ■さらに注意


 反対債権の弁済期が通知後に到来する問題でも、


 単純に「通知時に相殺できなかったからアウト」とは考えない。


 ■確定日付


 確定日付ある通知がされたことだけで、


 通知前からある反対債権による相殺ができなくなるわけではない。


 ■原則②


 対抗要件具備後に取得した反対債権


    ↓


 原則、Cに相殺を対抗できない。


 ■ただし現行民法では例外あり


 通知等の後に取得した債権でも、


 ① 対抗要件具備前の原因に基づいて生じたもの


 ② 譲渡された債権の発生原因である契約に基づいて生じたもの


 なら、相殺できる場合がある。


 ただし、


 対抗要件具備後に他人の債権を取得してきた場合は別。


 そして最後。


 試験で迷ったら――


  「通知はいつ?」


  「反対債権はいつ?」


 この二つの日付をまず確認する。


「……よし」


 私は鉛筆を置きました。


「終わったか?」


「終わりました」


 真壁さんがノートを覗きます。


「結局、今日の事件を一行で言うと?」


 私は少し考えました。


「三和材木が債権を他人に譲ったからって、佐伯さんが前から持っていた百五十万円まで消えるわけじゃない」


「長い」


「じゃあ真壁さんなら?」


 真壁さんは缶コーヒーを一口飲みました。


「借金を売っても、反対の借金までは消えねえ」


 私は黙りました。


「……」


「なんだよ」


「それ、今回の題名にします」


「勝手に使うな」


「著作権料払います?」


「いらん」


「では無償譲渡ということで」


「覚えた法律を何にでも使うな」


 所長が新聞の向こうで笑いました。


 私は、佐伯さんにもらった杉の本立てを見ました。


 今日、あの人を助けたのは、


 「百五十万円もらえる」という権利でした。


 まだ現金になっていない。


 手元には一円もない。


 けれど、それでも権利は権利です。


 相手が持っている債権が別の人へ移ったからといって、その存在まで消えるわけではない。


 債権は見えません。


 紙幣みたいに手でつかめない。


 土地みたいに指差すこともできない。


 だからこそ、難しい。


 AからB。


 BからA。


 AからC。


 テキストの上では、矢印が飛び交うだけです。


 でも、その矢印の先には人がいます。


 二百万円を払えと言われた佐伯さん。


 百五十万円を払っていない三和材木。


 その債権を譲り受けた東亜債権管理。


 そして、自分たちの貯金を崩そうとしていた佐伯さんの奥さん。


 法律が守っているのは、矢印ではありません。


 その矢印を信じて生活してきた人間の方なのだと思います。


「栞」


「はい?」


 真壁さんが、私の杉の本立てを指差しました。


「もういっぱいじゃねえか」


「……本当ですね」


 昨日まで横積みにしていた本を全部立てたら、もう隙間がありません。


「佐伯さんにもう一個頼むか?」


「そうします」


「ちゃんと金払えよ」


「もちろんです」


「相殺とか言うなよ」


「言いませんよ」


 私は少し考えました。


「ただ、代金債権を譲渡された場合には――」


「言うな」


「まだ何も言ってません」


「顔が言ってる」


 所長がまた笑いました。


 昭和六十三年。


 債権なんて目には見えないものが、人から人へ渡っていく世界で。


 私は今日、一つだけ覚えました。


 債権が動いたら、まず日付を見る。


 通知はいつ。


 反対債権はいつ。


 そこを整理すれば。


 絡まって見えた矢印も、案外きれいにほどけていく。


 そして法律は――。


 誰かが債権を譲ったというだけで、それまで積み上げてきた他人の権利まで、勝手になかったことにはしない。


 そう思うと。


 昨日まで嫌いだった「債権譲渡と相殺」という六文字が、


 ほんの少しだけ、


 まともな日本語に見えてきました。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。

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